第279話 会談 1
文字数 2,252文字
ドゥナガール仲爵の城は街から外れた小高い山の上に建てられている。
ドゥナガール家が古い名家である証とも言えるだろう。
山の麓にある城下町へはルンカー造りの一本道、内城壁を出ると富裕層が住む中層があり中城壁を出れば下町が広がっている。
下町ももちろん新しい外城壁で守られている。
居館は増築を繰り返しているので少しいびつな外観だ。
当然中もつぎはぎに次ぐつぎはぎで迷路のようだし、増築の時期によって建材も違う。
中心部分はルンカーではなく石積みで、城の古さがよく判る。
その石積み部分に謁見の間はあった。
照明に使っていたのだろう獣脂の臭いと煤で全体が陰鬱にくすんだ大広間に、重鎮らしい男たちが左右に居並ぶ中をケイロとホークを従えて数段高い場所に設置された椅子をめがけて進んでいく。
広間の照明は僕が技術提供した一つ四十W相当の魔道具照明 を柱ごとに設置するという贅沢な使い方をして照らしている。
階段の数歩手前で止まって左足を引き、片膝をついて目を伏せて利き手に佩刀を持つ……。
階級的には仲爵と無爵の僕とはいえ、同盟相手だぞ。
これじゃまるで臣下の扱いじゃないか。
まぁ、こんなところで癇癪起こすなんて子供みたいなことはしない。
とりあえずは仲爵が出てくるまでは大人しくしといてやる。
(本当に出てくるまで?)
(…………)
どれくらい待たされただろう?
ファンファーレが鳴らされて壇上に人の気配が現れる。
「よくきたな。面をあげるがよい」
と、きたもんだ。
僕は返事をせず、下を向き続ける。
斜め後ろからケイロがつついてくるがそれも無視だ。
広間がざわつき始めるのもまた無視する。
「面をあげよ」
意図的に低音を作り威圧的に発語するのをあえて聞き流す。
「無礼者! 仲爵様が面をあげよと申している。はよう面をあげよ!」
と、側近らしい男が、前方左手から声をかけるのにボソリと独り言の体で答える。
「無礼はどちらか」
「なに!?」
僕は初めて顔を上げるが、あえて仲爵ではなく声を発した男に向かう。
「私は仲爵殿の臣下ではない。無爵ではあるが一領を有する領主であり、同盟相手であるぞ。そこもと如きに命ぜられるいわれはない」
「ぬぐっ……」
サンタクロースばりに白ヒゲを蓄えた老将はまなじりあげて睨みつけてくるが、気迫で負けぬようにこちらからも睨み返すと、サッと視線を主人に移したようだ。
「殿、このような無礼者……」
「いや、ロイ殿の言う通りだ。控えよ」
「……はっ」
「改めてジャン・ロイ殿、よう参られた」
そこで初めて仲爵を見上げる。
「お初にお目にかかります。ズラカルト領を治めておりますジャン・ロイと申します。以後、お見知り置きを」
「ふむ、ドゥナガール領主アショリヤ・ドゥナガールである。遠路御苦労であったな」
「いえ、同盟を結びましたものの、領内の混乱にまかせてご挨拶にもお伺いいたしませなんだご無礼をお許しください」
「領内はもうよいのか?」
「戦後の混乱は落ち着きました」
「それは重畳」
「仲爵様の方は、アシックサル季爵からのちょっかいが頻繁だとか?」
「それよ。そなたの領には兵を繰り出してはこぬのか?」
「いえ、この二年の間に二度三度と砦を襲われております」
「やはりな」
やはりってのはどう言う意図を持った表現なんだ?
「他領に攻め入るお心当たりでも?」
と訊ねてみると、周囲を四つの領地に囲まれているアシックサル領はハングリー区から続く痩せた土地であるため、財政状況が厳しく重税だけでは立ち行かないので他領への略奪行為を行なっているのだという。
「残りの二領の状況はお判りになられているのでしょうか?」
「ヒョートコ男爵は砦を破られ領地の三分の一を失い、オッカメー季爵も砦を一つ奪われたそうだ。かくいう我が領内の砦も一つ一度奪われておる。奪還するのに随分と犠牲を出した」
「それもこれも」
と、仲爵の言葉を継いで、白ヒゲじいさんが僕をなじってくる。
「我らと同盟を結んでおきながら怪しげな魔道具をアシックサルなどに売りつける田舎者のせいだ」
いやいや、どうしてそういう理解になる?
「なんのことでしょうな?」
「言うに事欠いて『なんのことでしょう』とは厚顔なる言」
「仲爵殿、怪しげな魔道具とはいったいどのようなものでしょうか?」
知ってるけどね。
ここは外交の場だ。
物事には手続きというものがあるのだよ。
どうせこのじいさん、戦バカの脳筋武官だろ?
「今年に入ってからのアシックサル軍が突如、魔道具と思われる兵器を使い出してな。我らは『弾ける球』と呼んでおるのだが……」
と、小姓にあたるのだろう青年に目配せをする。
青年は一度下がってボーリング大の物体を二人がかりで持ってくる。
ボーリングかぁ、前世では高校時代とか会社のイベントとかでよくやったなぁ。
ああ、領地に帰ったら職人に頼んでボーリングセット作ってもらおう……じゃなかった。
サイズ感も材質も違うけど、確かに手榴弾だな。
「これは見様見真似で作らせた模造品なのだが、これが季爵軍から転がってきて弾けると中から石飛礫 が飛び出してきて兵たちを倒していくのだ」
「なるほど」
今度は僕が、ケイロに目配せをする。
ケイロは懐からソフトボール大の手榴弾を取り出して一歩、僕より前に出て手榴弾を捧げ持つ。
さっきの青年がそれをおそるおそるおしいただいて仲爵のもとへと持っていく。
「これは?」
「我が軍の魔法使いが開発した魔道具手榴弾 でございます」
そして僕は、手榴弾の技術が流出した経緯を話す。
ドゥナガール家が古い名家である証とも言えるだろう。
山の麓にある城下町へはルンカー造りの一本道、内城壁を出ると富裕層が住む中層があり中城壁を出れば下町が広がっている。
下町ももちろん新しい外城壁で守られている。
居館は増築を繰り返しているので少しいびつな外観だ。
当然中もつぎはぎに次ぐつぎはぎで迷路のようだし、増築の時期によって建材も違う。
中心部分はルンカーではなく石積みで、城の古さがよく判る。
その石積み部分に謁見の間はあった。
照明に使っていたのだろう獣脂の臭いと煤で全体が陰鬱にくすんだ大広間に、重鎮らしい男たちが左右に居並ぶ中をケイロとホークを従えて数段高い場所に設置された椅子をめがけて進んでいく。
広間の照明は僕が技術提供した一つ四十W相当の魔道具
階段の数歩手前で止まって左足を引き、片膝をついて目を伏せて利き手に佩刀を持つ……。
階級的には仲爵と無爵の僕とはいえ、同盟相手だぞ。
これじゃまるで臣下の扱いじゃないか。
まぁ、こんなところで癇癪起こすなんて子供みたいなことはしない。
とりあえずは仲爵が出てくるまでは大人しくしといてやる。
(本当に出てくるまで?)
(…………)
どれくらい待たされただろう?
ファンファーレが鳴らされて壇上に人の気配が現れる。
「よくきたな。面をあげるがよい」
と、きたもんだ。
僕は返事をせず、下を向き続ける。
斜め後ろからケイロがつついてくるがそれも無視だ。
広間がざわつき始めるのもまた無視する。
「面をあげよ」
意図的に低音を作り威圧的に発語するのをあえて聞き流す。
「無礼者! 仲爵様が面をあげよと申している。はよう面をあげよ!」
と、側近らしい男が、前方左手から声をかけるのにボソリと独り言の体で答える。
「無礼はどちらか」
「なに!?」
僕は初めて顔を上げるが、あえて仲爵ではなく声を発した男に向かう。
「私は仲爵殿の臣下ではない。無爵ではあるが一領を有する領主であり、同盟相手であるぞ。そこもと如きに命ぜられるいわれはない」
「ぬぐっ……」
サンタクロースばりに白ヒゲを蓄えた老将はまなじりあげて睨みつけてくるが、気迫で負けぬようにこちらからも睨み返すと、サッと視線を主人に移したようだ。
「殿、このような無礼者……」
「いや、ロイ殿の言う通りだ。控えよ」
「……はっ」
「改めてジャン・ロイ殿、よう参られた」
そこで初めて仲爵を見上げる。
「お初にお目にかかります。ズラカルト領を治めておりますジャン・ロイと申します。以後、お見知り置きを」
「ふむ、ドゥナガール領主アショリヤ・ドゥナガールである。遠路御苦労であったな」
「いえ、同盟を結びましたものの、領内の混乱にまかせてご挨拶にもお伺いいたしませなんだご無礼をお許しください」
「領内はもうよいのか?」
「戦後の混乱は落ち着きました」
「それは重畳」
「仲爵様の方は、アシックサル季爵からのちょっかいが頻繁だとか?」
「それよ。そなたの領には兵を繰り出してはこぬのか?」
「いえ、この二年の間に二度三度と砦を襲われております」
「やはりな」
やはりってのはどう言う意図を持った表現なんだ?
「他領に攻め入るお心当たりでも?」
と訊ねてみると、周囲を四つの領地に囲まれているアシックサル領はハングリー区から続く痩せた土地であるため、財政状況が厳しく重税だけでは立ち行かないので他領への略奪行為を行なっているのだという。
「残りの二領の状況はお判りになられているのでしょうか?」
「ヒョートコ男爵は砦を破られ領地の三分の一を失い、オッカメー季爵も砦を一つ奪われたそうだ。かくいう我が領内の砦も一つ一度奪われておる。奪還するのに随分と犠牲を出した」
「それもこれも」
と、仲爵の言葉を継いで、白ヒゲじいさんが僕をなじってくる。
「我らと同盟を結んでおきながら怪しげな魔道具をアシックサルなどに売りつける田舎者のせいだ」
いやいや、どうしてそういう理解になる?
「なんのことでしょうな?」
「言うに事欠いて『なんのことでしょう』とは厚顔なる言」
「仲爵殿、怪しげな魔道具とはいったいどのようなものでしょうか?」
知ってるけどね。
ここは外交の場だ。
物事には手続きというものがあるのだよ。
どうせこのじいさん、戦バカの脳筋武官だろ?
「今年に入ってからのアシックサル軍が突如、魔道具と思われる兵器を使い出してな。我らは『弾ける球』と呼んでおるのだが……」
と、小姓にあたるのだろう青年に目配せをする。
青年は一度下がってボーリング大の物体を二人がかりで持ってくる。
ボーリングかぁ、前世では高校時代とか会社のイベントとかでよくやったなぁ。
ああ、領地に帰ったら職人に頼んでボーリングセット作ってもらおう……じゃなかった。
サイズ感も材質も違うけど、確かに手榴弾だな。
「これは見様見真似で作らせた模造品なのだが、これが季爵軍から転がってきて弾けると中から石
「なるほど」
今度は僕が、ケイロに目配せをする。
ケイロは懐からソフトボール大の手榴弾を取り出して一歩、僕より前に出て手榴弾を捧げ持つ。
さっきの青年がそれをおそるおそるおしいただいて仲爵のもとへと持っていく。
「これは?」
「我が軍の魔法使いが開発した魔道具
そして僕は、手榴弾の技術が流出した経緯を話す。