第323話 被害状況と戦後処理

文字数 2,556文字

 さて、戦後処理だ。

「報告を」

 戦闘終了から三日が経っている。
 当日は住人の生存確認や砦に残っている敗残兵狩りが朝まで続き、翌日から本格的な後片付けが始まった。

「まずは味方の損害から」

 と、会議の席で報告するのは例によってイラード。
 それによると、重傷五二九人、死者一四七人。
 相手に四倍する兵力を擁し、魔法兵を多く抱えて速やかな治癒が開始できる我が軍においてこれほどの死者が出たというのはやはり本格的な攻城戦だったからだろうか?
 いや、過去に何度も攻城戦をおこなってきたがここまで被害が拡大したことはなかったはずだ。
 弾ける球はなかなかに脅威だったということか、あるいは今までが敵に恵まれてきたということなのだろうか?

「重傷者は原隊復帰できそうか?」

「現時点ではなんとも……」

「せめて日常生活に支障が出ない程度まで回復してくれればよいが」

 と、温情を見せたのはグリフ族の族長リュ・ホゥだった。
 この戦争には同族救出を目的として参戦、救出後も助けたグリフ族の戦士と共に従軍して多大な戦果を上げてきたとノサウスの報告で知っている。
 負傷者戦死者の中にはグリフ族も少なからず含まれていたゆえの悔やみの言葉なのだろう。

「次にアシックサル軍ですが、戦死者一二一人。投降兵一九〇人。守将カイセインとともに逃げ帰ったことが確認できたのはおよそ七〇人ほどと思われます」

 合して三八〇人か、事前の報告では援軍含めて四五〇くらいいると思われていたのだから七〇人くらい行方不明ということだ。
 逃げ落ちたものも多いだろうが隠れ潜んでいる奴も少なくないんだろう。

「居残った非戦闘員が百五〇人ほどおりますが、いかがいたしますか?」

「本人たちの意向を汲んでやれ」

 無理やり連れてこられたものもいるだろう。
 将や兵を慕ってついてきたものもいるに違いない。
 ここにしか居場所がないものだっているはずだ。
 好きにすればいい。

「では家屋の被害状況の報告に移ります」

 裏門は突入の際に破壊したが表門はほとんど無傷、兵舎は一部損壊しているけれど一般居住区は大きな損傷はないということだった。
 僕も見回ったかぎり裏門の修復さえ済ませば引き続き砦として利用可能だと判断してる。
 武器と防具も接収済み。
 鍛治師のサイコップの鑑定によればまずまずの出来だというが、我が軍の武器に比べて勝るということもないそうだ。
 さすがはサイコップ率いる鍛治職人集団。
 任せている甲斐があるというものだ。
 遺骸の処理にはもうしばらくかかるという話だ。
 この世界にはアンデッドが存在する。
 すべての死体がそうなるわけではないそうだけど、放置するとアンデッド化する可能性が高くなるとかで通常はできるだけ速やかに火葬する。
 しかし、戦争の際はそうもいかないので長期戦になると戦闘にアンデッドが加わってくることがあるそうな。
 ちなみに不思議な話でアンデッド化するのは亜人を含めた人種のみだというのだから判らない。
 どういう理屈でアンデッドになるんだろうね。
 一説によれば、神が死者に対する敬意を人種に教えるためにアンデッドが生まれたとする教えがあるそうだけど、(むご)い神様がいるものだ。
 いや、なにもしてくれないばかりか人の迷惑になる神ばかりの世界もあったから、それよりは随分とマシなのかもな。
 ま、前世の僕は無神論者だったのだけど。
 もっとも日本人の御多分に洩れず正月には初詣に行き盆と彼岸には墓参り、クリスマスには枕元にプレゼントがある家だったぞ。

 閑話休題。

 戦争の後始末としての死体処理はまず遺体の回収から始まる。
 集められた遺体から身元を特定して一人一人記録をつけ、遺品を添えて味方なら一体一体火葬して遺品と遺骨を親族の元へ持って帰る。
 敵の遺骸はまとめて火葬し、まとめて一箇所に埋葬する。
 砦などの場合、大抵は近くに埋葬場所が設けられていて、そこに葬られるのだ。
 火葬といっても前世のように立派な火葬場があるわけもなく、積み上げられた死体を木で囲み、申し訳程度に油をかけて火をつけるだけなのでなかなか焼骨にならないし、人の焼ける嫌な臭いが立ち込める。
 大規模な戦闘ともなれば火葬作業が十日も十五日もかかるなんて記述を読んだことがあるくらい鬱々としてしまう仕事だ。
 それを今、この瞬間にも淡々とこなしているものたちがいる。
 感謝しかない。
 話題を変えよう。

「兵糧はどうか?」

 死体処理の話の直後に飯の話とか、正直自分でもどうかと思うが大事な話だ。

「輜重隊が持ってきた分は従来の報告通りでございます」

 報告は当然輜重隊隊長のルダーから行われる。

「サイコップ殿がいち早く備蓄庫を押さえてくれたので、砦の兵糧は来年の収穫までの分は保証できます」

「それは、何事もない場合か? それとも籠城可能なほどなのか?」

「ギラン殿の心配ももっともだ。ルダー殿、どうなのですか?」

 備蓄している食料というのはいざという時のための穀物や干し肉など非常時の保存食を指す。
 もっとも、それらは日常の食卓に供され、次の収穫期に補充されるというのが、この国の慣例となっている。
 砦と言っても何から何まで砦の中で完結するものではないし、またさせるものでもない。
 だいたいが、いつ攻められるか判らないので砦の内側で申し訳程度に野菜を作りクッカーを飼っている程度。
 生鮮……と言えるほどの鮮度はこの世界の文明水準から望めないものの食料は定期的に運ばれてくるのが普通だ。
 もちろん、収穫物は季節によって違い、冬場の食卓はほとんどが保存食になる。

「籠城となりますと少々心許ないかもしれませんな。砦に幾人兵を置くかによりますが、仮にアシックサル軍同様の三五〇人が籠っていられるのは五、六ヶ月と言ったところでしょう」

 この世界の暦は一年十三ヶ月、一月二十五日。
 備蓄量としてはまずまずか? いや、守備兵三五〇は少ない気もする。

「戦闘続きの砦の備蓄だ。そんなところだろうて、な? ギラン殿」

「ノサウス殿のいうとおりだ」

 ノサウスだけでなくラビティアまで納得している以上、ギランもそれ以上のことは言えなかったようだ。
 乗合ホルス車事業をしている実業家としてそろばん弾いたらギランも納得せざるを得なかった、と見るべきかもしれない。
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