第17話 まさかの前世は現世より時間差があった
文字数 2,219文字
一人で出来る事はたかが知れている。
僕が冬の間にやっていたことといえば、食うことと寝ることとリリムを相手に冬の夜長に時間を潰すことだけだったと言っていい。
まさに生きるのに精一杯ってやつだ。
協力者が増えると出来る事が増える。
たった七人増えただけで出来る事は飛躍的に増えた。
けれど人間にできる作業量ってのはやっぱりたかが知れていて、やりたい事はたくさんあるのに時間がない。
そこで大切になるのが作業に優先順位をつけて時間を管理する事なわけだ。
二日目の農作業は午前中に切り上げて、午後からは炭焼きの窯から炭を出して空いた窯にルンカーを並べて焼く作業にあてる。
「これが炭ってやつか」
ジャリが炭を運びながら興味深そうににおいを嗅いだりしている。
この辺りの住民だとせいぜいが木材が燃え残った消し炭くらいしか知らないだろう。
「水に濡らしちまうと、火付も悪くなるから雨露しのげる場所にしまわなきゃならないぞ」
とりあえずの保管場所は僕の住む小屋。
今回の分は入り切るだろう。
他に保管場所がないから仕方ないけど、自分の部屋が自分のもの以外に占領されるのはちょっとモヤっとする。
まあ、炭には脱臭効果があって最近こもってきた臭い対策になるかと期待するのも気休め程度。
ほんと、寝るスペースしか残りそうにない。
地震なんか来て炭が崩れてきたら間違いなく下敷きだな。
…………。
そういえば、現世で地震にあったことがない。
窯から炭を出した後は役割分担だ。
ルダーとジャリでルンカーを窯の中に積み、残りは炭を小屋に運ぶ。
小屋の中で積むのは僕とヘレン。
この作業が夕暮れ時までかかって、ヘレンとクレタがそれぞれに一抱えの炭を持って村に晩飯作りに戻ってもルンカーの方はまだ終わらない。
窯の中は狭いから手伝いたくても邪魔になるだけと、手持ち無沙汰の僕たちが水車小屋での片付けなんかをしていると、低く長く森の奥から音が聞こえてきた。
「な・何?」
カルホがプルプルと小刻みに震えながらジャスにしがみつく。
「森の主だよ」
と、僕は答える。
時々ああやって鳴くのだ。
僕も一人暮らしになった頃はビクビクものだったけれど、主は絶対森から出てこない。
雑木林という人間のテリトリーにも出てこない。
主は領域さえ侵さなければこちらに危害を加えないんだ。
…………。
あの鳴き声は一種の危害かな?
日が完全に沈む頃、ようやくルンカーを積み終えて火入れ。
小屋から種火を持ってきて炭に焚きつけたらようやく晩飯だ。
今日は夜通し火を焚く予定だそうで、明日の農作業が待っているルダーと僕が、ジャリが食べ終わるまで火の番をすることになった。
「明日は一日中農作業ができそうだね」
小屋の囲炉裏で沸かした野草茶を手渡し、ルダーに話しかける。
「やりたい事はいろいろあるのだろう?」
「まぁね。でも、作物は時期を逃すと育たないじゃない?」
「フレイラは全て秋に回してもいいんだぞ?」
「せっかく二期作できるのにしないのはもったいないよ。食糧生産はなるべく早く軌道に乗せないと」
「なんだろうな? 一見堅実なようで、反面どこかに焦りがあるようだぞ」
なんか、さすが年の功って感じだなぁ……。
「ルダーって前世いくつまで生きてたの?」
「俺か? 還暦は過ぎてたな」
あ・やっぱり。
「そういうジャンはいくつまで生きてた」
「四十半ば」
「そりゃ、なかなか」
いやいや、含みのある笑いすんなよ。
「前世に心残りはあったの?」
「心残りがあったとすれば、あと半年足らずで新世紀ってところで亡くなったことかな」
なんですと!?
「その言い方だと亡くなったのは1999年?」
「2000年だよ」
そうか、2001年から二十一世紀か。
……という事は、戦中派?
そりゃ、百の姓を地でいけるワケだ。
「ジャンは時代が違うのか?」
「ああ、僕は2017年だった」
てなことでそれからはジャリが戻ってくるまでの間ずっと「二十一世紀がどんな時代だったのか」を根掘り葉掘り聞かれたワケだけど……そうよね、すっかり暗くなっちゃうよね。
ルダーの前世はまだバブルの名残が残ってて世紀をまたげば不況も終わると思ってたかもしれないもんな。
僕もなんとなくそう思ってたもん。
ジャリがクレタとカルホを連れて戻ってきたので僕たちは村に戻り、遅い晩飯を食べる。
ヘレンは、炭の火力に感動したらしく、いかに早く湯が沸いたかとか、「ホラ、まだ火が残ってる」なんてことを僕たちに話し続けた。
僕らから見ればまだまだ質の悪い炭だ。
窯で炭をくべていた時に随分と煙に燻 されて大変だったからルダーも納得がいかなかったらしくすぐにでも再挑戦したそうだった。
もちろん畑仕事優先だって理解しているから口には出さなかったけどね。
「ジャスは?」
と、僕が聞けば
「明日は遅れた分の畑仕事を頑張るからってもう寝たよ」
と、ヘレンが答える。
なるほど、いい心がけだ。
意外と真面目で仕事熱心だよね。
ジャスもジャリももっとこう……不良系の匂いがしたのだけれどな。
「わたしもそろそろ寝てもいいかしら?」
娘のアニーが舟を漕いでいて今にも膝から落ちそうなのを気にしている。
「いいよ、おやすみ」
「おやすみぃ……」
眠さで舌足らずな挨拶をしたアニーを抱えて自分のテントにヘレンが戻っていく。
「……さて、さっきは脱線しちまったけど、今後の方針の話をしようじゃないか」
望むところだ。
僕が冬の間にやっていたことといえば、食うことと寝ることとリリムを相手に冬の夜長に時間を潰すことだけだったと言っていい。
まさに生きるのに精一杯ってやつだ。
協力者が増えると出来る事が増える。
たった七人増えただけで出来る事は飛躍的に増えた。
けれど人間にできる作業量ってのはやっぱりたかが知れていて、やりたい事はたくさんあるのに時間がない。
そこで大切になるのが作業に優先順位をつけて時間を管理する事なわけだ。
二日目の農作業は午前中に切り上げて、午後からは炭焼きの窯から炭を出して空いた窯にルンカーを並べて焼く作業にあてる。
「これが炭ってやつか」
ジャリが炭を運びながら興味深そうににおいを嗅いだりしている。
この辺りの住民だとせいぜいが木材が燃え残った消し炭くらいしか知らないだろう。
「水に濡らしちまうと、火付も悪くなるから雨露しのげる場所にしまわなきゃならないぞ」
とりあえずの保管場所は僕の住む小屋。
今回の分は入り切るだろう。
他に保管場所がないから仕方ないけど、自分の部屋が自分のもの以外に占領されるのはちょっとモヤっとする。
まあ、炭には脱臭効果があって最近こもってきた臭い対策になるかと期待するのも気休め程度。
ほんと、寝るスペースしか残りそうにない。
地震なんか来て炭が崩れてきたら間違いなく下敷きだな。
…………。
そういえば、現世で地震にあったことがない。
窯から炭を出した後は役割分担だ。
ルダーとジャリでルンカーを窯の中に積み、残りは炭を小屋に運ぶ。
小屋の中で積むのは僕とヘレン。
この作業が夕暮れ時までかかって、ヘレンとクレタがそれぞれに一抱えの炭を持って村に晩飯作りに戻ってもルンカーの方はまだ終わらない。
窯の中は狭いから手伝いたくても邪魔になるだけと、手持ち無沙汰の僕たちが水車小屋での片付けなんかをしていると、低く長く森の奥から音が聞こえてきた。
「な・何?」
カルホがプルプルと小刻みに震えながらジャスにしがみつく。
「森の主だよ」
と、僕は答える。
時々ああやって鳴くのだ。
僕も一人暮らしになった頃はビクビクものだったけれど、主は絶対森から出てこない。
雑木林という人間のテリトリーにも出てこない。
主は領域さえ侵さなければこちらに危害を加えないんだ。
…………。
あの鳴き声は一種の危害かな?
日が完全に沈む頃、ようやくルンカーを積み終えて火入れ。
小屋から種火を持ってきて炭に焚きつけたらようやく晩飯だ。
今日は夜通し火を焚く予定だそうで、明日の農作業が待っているルダーと僕が、ジャリが食べ終わるまで火の番をすることになった。
「明日は一日中農作業ができそうだね」
小屋の囲炉裏で沸かした野草茶を手渡し、ルダーに話しかける。
「やりたい事はいろいろあるのだろう?」
「まぁね。でも、作物は時期を逃すと育たないじゃない?」
「フレイラは全て秋に回してもいいんだぞ?」
「せっかく二期作できるのにしないのはもったいないよ。食糧生産はなるべく早く軌道に乗せないと」
「なんだろうな? 一見堅実なようで、反面どこかに焦りがあるようだぞ」
なんか、さすが年の功って感じだなぁ……。
「ルダーって前世いくつまで生きてたの?」
「俺か? 還暦は過ぎてたな」
あ・やっぱり。
「そういうジャンはいくつまで生きてた」
「四十半ば」
「そりゃ、なかなか」
いやいや、含みのある笑いすんなよ。
「前世に心残りはあったの?」
「心残りがあったとすれば、あと半年足らずで新世紀ってところで亡くなったことかな」
なんですと!?
「その言い方だと亡くなったのは1999年?」
「2000年だよ」
そうか、2001年から二十一世紀か。
……という事は、戦中派?
そりゃ、百の姓を地でいけるワケだ。
「ジャンは時代が違うのか?」
「ああ、僕は2017年だった」
てなことでそれからはジャリが戻ってくるまでの間ずっと「二十一世紀がどんな時代だったのか」を根掘り葉掘り聞かれたワケだけど……そうよね、すっかり暗くなっちゃうよね。
ルダーの前世はまだバブルの名残が残ってて世紀をまたげば不況も終わると思ってたかもしれないもんな。
僕もなんとなくそう思ってたもん。
ジャリがクレタとカルホを連れて戻ってきたので僕たちは村に戻り、遅い晩飯を食べる。
ヘレンは、炭の火力に感動したらしく、いかに早く湯が沸いたかとか、「ホラ、まだ火が残ってる」なんてことを僕たちに話し続けた。
僕らから見ればまだまだ質の悪い炭だ。
窯で炭をくべていた時に随分と煙に
もちろん畑仕事優先だって理解しているから口には出さなかったけどね。
「ジャスは?」
と、僕が聞けば
「明日は遅れた分の畑仕事を頑張るからってもう寝たよ」
と、ヘレンが答える。
なるほど、いい心がけだ。
意外と真面目で仕事熱心だよね。
ジャスもジャリももっとこう……不良系の匂いがしたのだけれどな。
「わたしもそろそろ寝てもいいかしら?」
娘のアニーが舟を漕いでいて今にも膝から落ちそうなのを気にしている。
「いいよ、おやすみ」
「おやすみぃ……」
眠さで舌足らずな挨拶をしたアニーを抱えて自分のテントにヘレンが戻っていく。
「……さて、さっきは脱線しちまったけど、今後の方針の話をしようじゃないか」
望むところだ。