第111話 内政は駆け足で その2

文字数 2,648文字

 識字率は相変わらず低迷している。
 未成年に限っていえば学者先生を雇って教育している成果が上がっていて八割を超えているけれど、成人の識字率は五割に届いていない。
 算術は貨幣経済の浸透もあって盛況なんだけどね。
 読めるのは数字と計算記号だけって人が多い。
 文化人枠は軍人枠より人材不足で困る。
 戦闘はナチュラルボーンでも強い奴は強いんだけれど、物を考える方は知識というバックボーンがあってこそのものってことがよく判る。
 人材不足は解消の目処すら立たない。
 最近じゃ人口流出を危惧したズラカルト男爵が領民の移動を制限しているらしく、僕の噂を頼ってやってくる人が少なくなった。
 やっと、対策に本腰入れて来たってことかな?
 遅いけどね。
 なんでも、他領からの旅人どころかキャラバンまで規制しているそうで、高い通行料を支払わされているようだ。
 そんなわけでジョーには

「早いとこ下克上してくんないかな?」

 なんてせっつかれているんだけど、まだオグマリー区十三ヶ村のうち三つしか抑えていないんだから先は長い。
 ただ、オギンとキャラを放って集めた情報によれば、こちら側に寝返りたい村は多いようだ。
 まあ、そう仕向けるために二人には流言飛語を広めてもらっているわけで、成功しているということだけれども。
 オグマリー区には区の行政長官オルバックのいるオグマリー市と、村の他に二つの町と商都ゼニナルがある。
 現在の目標はオグマリー区全域の掌握で、どうやって攻略するかに頭を悩ませているところだ。

 頭を悩ませている事は他にもまだまだたくさんあるさ。

 例えば前世の記憶が蘇ったクレタ。
 なんか、僕より世代が上だったようで、すげぇやりにくい。
 とりあえず、昭和の頃から医者として働いていたのだけれど、過労でポックリという前世らしい。

転生特典(ギフト)に完全記憶ってのがあるんだけど、医療知識は万全?」

「万全だけど、現代医療による治療はほとんど不可能よ? 設備・器具が違いすぎるんだから」

 ですよねー。

「この環境でオペとか言われてもブラックジャックだって難しいからね」

 例えがJIN─仁─じゃないところが昭和よね。
 そんなこんなで、半年ほどソルブ夫妻に現世の医術を教えてもらい、この春からセザン村に派遣した。
 もちろん妹のカルホと一緒だ。
 ただその際、ちょっとした騒動があった。

 ずっとルビンスの世話をしてもらっていたんだけど、どうもルビンスのことを好きになっていたようだ。
 ルビンスの方でも心にくく思っていたようで、双方から相談された時には「まじかぁ!」と唸ってしまったもんだ。
 あー、僕が初めて旅をした時に寂しそうな顔で見送りに出てくれたのは、ルビンスと離れ離れになることに対するものだったんだとようやく合点がいったもんだ。
 しかし、残念ながらルビンスには別件の命令を出したばかりだったので一緒にしてあげることができず、ずいぶんむくれられた。

 しょうがないべや、聞いてないもん。

 てか、ルビンスのやつ成人前のクレタに……いつからだ!? 変態紳士め。

 え? 僕!?

 僕はほら、立場というものもあったし、婚約を交わして成人まではというか、その……ええい、ルビンスの仕事が終わったら正式に結婚でもなんでもすりゃあいいじゃないか!

 そのサラとはまだ正式な結婚はしていない。
 さっきも言った通り立場というものがある。
 流浪の姫君とはいえ、さすがに世間的には単なる謀反人でしかない僕との契約は体面や今後の政略から言っても差し障る。
 いや、むしろ僕の方で政略的な思惑があって式を上げていないのだ。
 少なくとも下克上でオグマリー区くらいは掌握して世間的に領主と認めさせないとサラの出自を背景にしていると見られてしまいかねない。
 プライドだけの問題なら気にしないんだけど、例えば「実力もないのにサラに取り入って権力を(かさ)にきている」とか敵対勢力はともかく味方に思われちゃうと治世に関わってくるからさ。
 これでもいろいろ考えているのだよ。

 考えているといえば、法整備だ。
 王家衰退で戦国乱世に突入しているとはいえ曲がりなりにも王国だったわけで、法律は存在しているはずだけれど明文化されたものが手に入らない。

 どうやって管理しているんだ?

 もちろん法治国家であるとはこれっぽっちも思っていないし、きっと権力者が都合よく解釈したり場合によっちゃ自分に都合よく変えて来たんだろうけど、約束事として後の揉め事に発展しないように明文化しているはずだと思うんだ。
 領民に下知するためにも文字を読める役人に文章を手渡して触れて回らせるもんだろ。
 口頭口伝なんて伝言ゲームみたいになっちゃうべ?

 たぶん少なくともズラカルト家には写なりなんなりあると思うんだよなぁ。

 なぜ、こんなに明文化された法律を必要としているかといえば、僕の領内で僕が政治を行う上で必要なルールを明確化するためだ。
 既存の法律と慣例を把握しておかなきゃ自分じゃいいと思っても領民にとって悪法になってしまう恐れがある。

 ということで、ルビレルとルビンスにジョーを加えて覚えている限り、思い出せる限りこの国の法律と慣例を書き出してもらっているわけだ。
 で、それを参考にとりあえず必要最低限の領内法制定作業を行なっている。
 とりあえずは口頭で説明していた税制、前世歴史の授業で習った租庸調制度をこの世界に合わせて修正して先日公布したところだ。

 なんと言っても人間社会の基本は農業だ。
 生き物は食わなきゃ生きていけない。
 人種(ひとしゅ)は農業を確立したが、近代化されていない農業は自然環境におおいに依存するため生産が極めて不安定だ。
 だから国家・社会にとって食料の安定供給を実現するための農業は最重要課題であり政策の中心である。

 ぶっちゃけ飯さえ食わせておけばとりあえず社会は安定するんだ。
 社会の秩序はその先で考えればいい。

 ということで、まず最初に税制を整備したわけだ。
 繰り返すけど農本社会で農業生産品を確保するためのルールは最重要課題である。

 そして、現在は刑法を制定する作業をしている。

 罪と罰、そして誰がどう裁くかは国家権力の根幹なんだよね。
 私刑を許すと秩序が保てない。
 鎌倉幕府も建武新政府もここが信用されずに崩壊した。
 民意は民主主義国家じゃなくたって権力維持には重要なファクターである。
 僕はこの世界で生き続けることを神から宿命づけられているんだ。
 民衆から引き摺り下ろされない努力はしなくちゃ。
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