第278話 会談前夜
文字数 2,220文字
念のために部屋をくまなく調べて一応の安全確認をしたあとに優雅に果実酒を飲んで一息ついた頃、タイミングよくケイロが部屋を訪れる。
明日の会談の打ち合わせのためだ。
けれど、ケイロはなかなか話しはじめようとしない。
なにかを警戒しているようだ。
「物理的にも魔法的にも問題はない。それでも気になるというのなら、魔法使いどもに部屋の四隅に静寂 の呪文を唱えてもらうが?」
静寂の魔法は空気の振動を抑える魔法だ。
確認をとるより先に魔法使いたちは部屋の四隅に魔法を固定する。
これで部屋の中心で話した言葉は静寂の魔法に阻まれて外には漏れないだろう。
「今回の会談、ドゥナガール仲爵はなにを求めているのか判っているのか?」
その質問に最初に答えたのはセーカイだった。
「ドゥナガール領に放った密偵の報告によれば、アシックサル季爵が執拗に砦を攻めている由。つい先日、一度は砦の一つが陥落したとか。今は取り返したようですが、甚大な被害だったようです」
「アシックサル軍はハングリー区の砦にも幾度となく仕掛けてきているから、ドゥナガール側にも仕掛けているだろうとは思っていたが、そこまで激しく戦っているのか」
「それが……」
と、言いにくそうにケイロが言葉を継ぐ。
「アシックサル軍が手榴弾 を使っていたとか」
「……そうか、いずれそうなるだろうとは思っていた」
「というと?」
「ルビレルが戦死した砦の攻防戦は知っているか?」
「オルバックJr《ジュニア》.が謀叛した例の?」
「そうだ。おそらくその際、市街戦でいくつか紛失しているという報告あった。不発だったかなにかで残った手榴弾でも入手したのだろう」
先進技術を分解、解析してその原理、製造技術を獲得し自らのものとする分解工学 は、文明発展の原動力だ。
ましてや圧倒的な兵器は戦乱の世にあって野心を持った人間には喉から手が出るほど欲しい。
「我が領内にも仲爵の密偵は入り込んでいる。手榴弾の風聞くらいは耳にしていたであろう。あれが自軍に向けられたとなれば、呼び付けられても仕方あるまい」
「では」
「いつかは技術供与せねばなるまいと思っていた。手榴弾だけではなく爆弾 の技術もくれてやる用意がある」
「それは……」
と、言葉を失ったのはセイ。
爆弾の破壊力を知っている人間なら「だろうな」という反応だ。
「要求されなければ提供はしない。しかし、ため池造成は我が領の公共事業だ。あちこちで行われているからな。むしろ手榴弾より爆弾の方が知られていてもおかしくない」
「確かに」
「どのみち、どちらも初期型は魔法使いが魔力を込めねば発動しない代物だ。魔法使いの数がものをいう魔導兵器なら、我が軍の方が物量で押せる分優位性を確保できる」
実際には魔道具に魔力を流すことができるほどの魔力感能力があれば魔法そのものが行使できなくてもいいので、「魔法使い」までは必要ないんだけど、これも秘匿情報の一つだ。
「それと、おそらく出兵の要請があるでしょう」
「アシックサル領へ侵攻しろと?」
「はい」
「ふん、手榴弾の相手は私にしろということか」
「一緒に攻めるのではないのでしょうか?」
「どうだろうな?」
「お館様は一緒には攻めないとお考えなのですな?」
正直、一緒に攻めるのはこっちから願い下げだ。
ドゥナガール仲爵は五つの他領と接しているけど、僕は二領としか接していない。
そのうちの一つがドゥナガール領であり、もう一つがアシックサル領である。
もし、同時に攻め入るとすれば、南北同時に攻めるのが戦略的には定石だろう。
敵戦力を分散させられるからだ。
そうなると、アシックサル軍に勝ったとしても僕は仲爵に出口を塞がれてしまう可能性がある。
いや、僕ならそうする。
「なるほど、それは是が非でも避けたいですな」
まぁ、僕には前世知識というアドバンテージがある前提で考えうる戦略なんだけど、逆に言えば仲爵にとっては袋の鼠にしたことで窮鼠猫を噛むなんて手痛い反撃を喰らう可能性がちらつかないはずもない。
手榴弾や爆弾以外にどんなものを用意しているか、それを考えたらこの案は慎重に検討すべき案件だ。
「しかし、お館様にだけ戦わせるというのでは同盟とは言えないでしょう。やはり、仲爵もアシックサル領への進行をするのではありませんか?」
「ドゥナガール領は他にも三領主と領地を接している。そうだったな? ケイロ」
「はい。うち二つは同盟領ですが、もう一つは不可侵協定を結んでいる関係です」
「お館様も悪どいお人だ」
「サイゾー、お館様の悪口はよせ」
「セイ、よいのだよ。実際悪どいことを企んでいるのだからな」
「どいうことでしょう?」
「セイ様、お館様はドゥナガール仲爵に不可侵協定を破棄させようと考えておられるようです」
「そんなことができるのか?」
「戦国乱世ですよ。どこの領主も確実に勝てると踏めれば同盟の破棄だって躊躇はしないでしょう」
「問題は確実に勝てるかどうかですが」
「それを考えるのは私ではない。ただ、三領と同盟しているというのだ。私ならこれを利用するな」
「ではお館様、仲爵殿をうまく口車に乗せてくださいませ」
「私が交渉ごとが苦手なのを知っていて言うのか」
なんのために外務大臣に任命したと思っているんだ。
こんなことなら無理矢理にでもチローを連れてくるんだった。
「さて、そろそろお暇いたしましょう。皆様方もごゆっくり」
そう言ってケイロは部屋を出て行った。
ぐっすり寝られるだろうか?
明日の会談の打ち合わせのためだ。
けれど、ケイロはなかなか話しはじめようとしない。
なにかを警戒しているようだ。
「物理的にも魔法的にも問題はない。それでも気になるというのなら、魔法使いどもに部屋の四隅に
静寂の魔法は空気の振動を抑える魔法だ。
確認をとるより先に魔法使いたちは部屋の四隅に魔法を固定する。
これで部屋の中心で話した言葉は静寂の魔法に阻まれて外には漏れないだろう。
「今回の会談、ドゥナガール仲爵はなにを求めているのか判っているのか?」
その質問に最初に答えたのはセーカイだった。
「ドゥナガール領に放った密偵の報告によれば、アシックサル季爵が執拗に砦を攻めている由。つい先日、一度は砦の一つが陥落したとか。今は取り返したようですが、甚大な被害だったようです」
「アシックサル軍はハングリー区の砦にも幾度となく仕掛けてきているから、ドゥナガール側にも仕掛けているだろうとは思っていたが、そこまで激しく戦っているのか」
「それが……」
と、言いにくそうにケイロが言葉を継ぐ。
「アシックサル軍が
「……そうか、いずれそうなるだろうとは思っていた」
「というと?」
「ルビレルが戦死した砦の攻防戦は知っているか?」
「オルバックJr《ジュニア》.が謀叛した例の?」
「そうだ。おそらくその際、市街戦でいくつか紛失しているという報告あった。不発だったかなにかで残った手榴弾でも入手したのだろう」
先進技術を分解、解析してその原理、製造技術を獲得し自らのものとする
ましてや圧倒的な兵器は戦乱の世にあって野心を持った人間には喉から手が出るほど欲しい。
「我が領内にも仲爵の密偵は入り込んでいる。手榴弾の風聞くらいは耳にしていたであろう。あれが自軍に向けられたとなれば、呼び付けられても仕方あるまい」
「では」
「いつかは技術供与せねばなるまいと思っていた。手榴弾だけではなく
「それは……」
と、言葉を失ったのはセイ。
爆弾の破壊力を知っている人間なら「だろうな」という反応だ。
「要求されなければ提供はしない。しかし、ため池造成は我が領の公共事業だ。あちこちで行われているからな。むしろ手榴弾より爆弾の方が知られていてもおかしくない」
「確かに」
「どのみち、どちらも初期型は魔法使いが魔力を込めねば発動しない代物だ。魔法使いの数がものをいう魔導兵器なら、我が軍の方が物量で押せる分優位性を確保できる」
実際には魔道具に魔力を流すことができるほどの魔力感能力があれば魔法そのものが行使できなくてもいいので、「魔法使い」までは必要ないんだけど、これも秘匿情報の一つだ。
「それと、おそらく出兵の要請があるでしょう」
「アシックサル領へ侵攻しろと?」
「はい」
「ふん、手榴弾の相手は私にしろということか」
「一緒に攻めるのではないのでしょうか?」
「どうだろうな?」
「お館様は一緒には攻めないとお考えなのですな?」
正直、一緒に攻めるのはこっちから願い下げだ。
ドゥナガール仲爵は五つの他領と接しているけど、僕は二領としか接していない。
そのうちの一つがドゥナガール領であり、もう一つがアシックサル領である。
もし、同時に攻め入るとすれば、南北同時に攻めるのが戦略的には定石だろう。
敵戦力を分散させられるからだ。
そうなると、アシックサル軍に勝ったとしても僕は仲爵に出口を塞がれてしまう可能性がある。
いや、僕ならそうする。
「なるほど、それは是が非でも避けたいですな」
まぁ、僕には前世知識というアドバンテージがある前提で考えうる戦略なんだけど、逆に言えば仲爵にとっては袋の鼠にしたことで窮鼠猫を噛むなんて手痛い反撃を喰らう可能性がちらつかないはずもない。
手榴弾や爆弾以外にどんなものを用意しているか、それを考えたらこの案は慎重に検討すべき案件だ。
「しかし、お館様にだけ戦わせるというのでは同盟とは言えないでしょう。やはり、仲爵もアシックサル領への進行をするのではありませんか?」
「ドゥナガール領は他にも三領主と領地を接している。そうだったな? ケイロ」
「はい。うち二つは同盟領ですが、もう一つは不可侵協定を結んでいる関係です」
「お館様も悪どいお人だ」
「サイゾー、お館様の悪口はよせ」
「セイ、よいのだよ。実際悪どいことを企んでいるのだからな」
「どいうことでしょう?」
「セイ様、お館様はドゥナガール仲爵に不可侵協定を破棄させようと考えておられるようです」
「そんなことができるのか?」
「戦国乱世ですよ。どこの領主も確実に勝てると踏めれば同盟の破棄だって躊躇はしないでしょう」
「問題は確実に勝てるかどうかですが」
「それを考えるのは私ではない。ただ、三領と同盟しているというのだ。私ならこれを利用するな」
「ではお館様、仲爵殿をうまく口車に乗せてくださいませ」
「私が交渉ごとが苦手なのを知っていて言うのか」
なんのために外務大臣に任命したと思っているんだ。
こんなことなら無理矢理にでもチローを連れてくるんだった。
「さて、そろそろお暇いたしましょう。皆様方もごゆっくり」
そう言ってケイロは部屋を出て行った。
ぐっすり寝られるだろうか?