第236話 今までだってそれなりに問題はあったけど
文字数 2,335文字
「まず、町中にある井戸ですが、使い物になりません。一応、鉱山へ向かう途中に川が流れているのですが、そこも下流に向かうにしたがい汚れて下町、スラムのあたりでは飲料には利用できないものになってます」
「じゃあ、町の住人はどうやって飲料水を確保しているんだ?」
「水商人が町に入る前の川から汲んで売っています」
「スラムでは買える者も少なかろう」
「へい。なので多くの住人は井戸や川の水を甕 などで漉 して沸かして飲んでいます」
どうしよう。
ここは今までの町以上に集中的にテコ入れしないとヤバいぞ。
「それでは疫病などが頻繁に発生するのではないか?」
「よくお判りで。町の住人の半数以上は恒常的な下痢に悩まされ、夏場は頻繁に流行 病 が発生するようです」
「町の人口は?」
その問いにはオギンが答える。
「八百六十人ほどです」
「町の規模を考えると千五百人はいてもいいはずですがね」
と、トビーが補足する。
確かに建物の密度を考えれば、それくらいいても不思議じゃないな。
それが千人を下回っているというのだから、どれほど劣悪な環境なのかって話だ。
「イラード、チロー。駐留する文官の人選は?」
そう質問していると、天幕にチカマックとウータが入ってきた。
二人とも入ってくるなり鼻の頭にシワを寄せる。
「イディ、ユルマー、アキの三人を推薦いたします」
到着の挨拶を後回しにイラードが質問に答えると、ウータが
「駐留文官に女性を入れるのですか?」
と、口を挟んできた。
「これは普段女性にもしかるべき仕事と地位をと申しているウータ殿とは思えぬご発言ですな」
と、イラード。
随分と皮肉たっぷりな物言いだ。
イラードは昔から戦場などに女性が出てくるのを好まない傾向にあるからな。
「アキは衛生兵として従軍してきた者です。お館様の公衆衛生と医療知識に明るいものを選べという条件に最も適した人物です」
「それはそうなのでしょうが、場所柄を考えると適した人選とも思えないのです」
なるほど。
ここは、ウータの主張を受け入れるべきだな。
しかし、イラードを納得させる必要がありそうだ。
「チロー。お前はどう思っている」
「はぁ、能力的に最適だと思うのですが、場所柄……ですか」
「なるほど、場所柄ね」
そこにチカマックがポンと手を叩いてウータに賛同する。
「イラード殿。イラード殿は町へお入りになりましたか?」
「いや、入ってはいません」
「オギンは?」
「お館様に従って先日」
「忍者部隊の棟梁として情報も持っておられよう。町の現状とオギンの見解を聞きたい」
「鉱山労働に従事している者の三割が懲役労働者、二割が割のいい労働報酬を稼ぐのに流れてきた無宿者ならず者。四割がこの町で生きていくために働いているスラムの住人で、最後の一割が監督官などの下級貴族です。そしてそれ以外の住人は彼らの落とすお金で暮らしている衣食住に携わる者たちです」
「それではお世辞にも治安のよい環境とは言いがたいですね」
チローにはウータの言いたいことが読めてきたようだ。
ただでさえ治安の悪い町の占領だ。
軍が駐留していたって決して安全とは言い難いだろう。
まして政策を推進するのが女性だなんてことになれば、文化水準の高くないこの世界のジェンダー意識でどんな事態が想定されるか?
ウータの危惧は十分考慮すべき問題だ。
イラードがいまいち察しが悪いのは効率や能率を重視しすぎるきらいがあって感情論がスッと腑に落ちてこないからだろう。
ここら辺が「冷徹な能吏」という印象になっちゃう所以だろうな。
でも、感情論的なことだけじゃなくて能率論でも理解できることだからな。
気をつけなきゃ失脚しちゃうぞ。
ほんと気をつけくれよ。
僕はお前をかっているんだからな。
「治安の悪い占領地で戦闘要員ではなく衛生兵のしかも女性を文官としておくとなれば、彼女を守るために一定数の信頼がおける武官を護衛につけなければいけませんね」
「なるほど。チロー殿のいう通りだ。しかし、元々占領地の治安維持部隊として二隊の人員を配属する手筈をとる旨、チロー殿も了承していたではないか」
「それは治安維持部隊としてでしょう? それとは別に常時一組くらいはアキにつけなければならないのではないかという話です」
僕の軍の編成は十人一組、五組で一隊と決まっている。
二人は事前に二隊百人を治安維持に残すという腹案を持っていたようだ。
ちょっと足りないんじゃないかと思うけど、それは置いといて。
アキという女性を町の文官に任命するなら常時十人護衛につけなきゃいけないんじゃないか? とチローは言っているわけだ。
そしてこの十人が二十時間(この世界の一日)ずっと護衛するなんてできないから、二交代三交代できるだけの人員を別途確保する必要があるんじゃありませんか? という問いかけだな。
「なるほど、無駄に人員を割くことになるな」
そこだけじゃないんだけどな。
「では、同じ衛生兵の中から候補に挙がっていたオルドブーリッジを推挙いたしましょう。いかがかな? チロー殿」
「それでよろしいかと」
「では、駐留部隊を残してすぐさま転戦ですかな?」
「チカマックには悪いが、もう数日ここに駐留する」
「ほぅ、いかなる理由で?」
「仮の庁舎をここに建て、施政方針を立てておかねばなるまい」
役人としてそれなりに経験を積んでいるからイラードたちが選んだんだろう三人とはいえ、責任ある立場を任されるのは初めてだろう。
その最初の赴任地が問題しかない場所では少々荷が勝ちすぎている。
だからある程度指示を出してやる必要があると思ったんだよ。
それと、あの劣悪な環境で寝起きさせるのは忍びないから最低限心安らげる場所は作ってあげなきゃという領主心です。
「じゃあ、町の住人はどうやって飲料水を確保しているんだ?」
「水商人が町に入る前の川から汲んで売っています」
「スラムでは買える者も少なかろう」
「へい。なので多くの住人は井戸や川の水を
どうしよう。
ここは今までの町以上に集中的にテコ入れしないとヤバいぞ。
「それでは疫病などが頻繁に発生するのではないか?」
「よくお判りで。町の住人の半数以上は恒常的な下痢に悩まされ、夏場は頻繁に
「町の人口は?」
その問いにはオギンが答える。
「八百六十人ほどです」
「町の規模を考えると千五百人はいてもいいはずですがね」
と、トビーが補足する。
確かに建物の密度を考えれば、それくらいいても不思議じゃないな。
それが千人を下回っているというのだから、どれほど劣悪な環境なのかって話だ。
「イラード、チロー。駐留する文官の人選は?」
そう質問していると、天幕にチカマックとウータが入ってきた。
二人とも入ってくるなり鼻の頭にシワを寄せる。
「イディ、ユルマー、アキの三人を推薦いたします」
到着の挨拶を後回しにイラードが質問に答えると、ウータが
「駐留文官に女性を入れるのですか?」
と、口を挟んできた。
「これは普段女性にもしかるべき仕事と地位をと申しているウータ殿とは思えぬご発言ですな」
と、イラード。
随分と皮肉たっぷりな物言いだ。
イラードは昔から戦場などに女性が出てくるのを好まない傾向にあるからな。
「アキは衛生兵として従軍してきた者です。お館様の公衆衛生と医療知識に明るいものを選べという条件に最も適した人物です」
「それはそうなのでしょうが、場所柄を考えると適した人選とも思えないのです」
なるほど。
ここは、ウータの主張を受け入れるべきだな。
しかし、イラードを納得させる必要がありそうだ。
「チロー。お前はどう思っている」
「はぁ、能力的に最適だと思うのですが、場所柄……ですか」
「なるほど、場所柄ね」
そこにチカマックがポンと手を叩いてウータに賛同する。
「イラード殿。イラード殿は町へお入りになりましたか?」
「いや、入ってはいません」
「オギンは?」
「お館様に従って先日」
「忍者部隊の棟梁として情報も持っておられよう。町の現状とオギンの見解を聞きたい」
「鉱山労働に従事している者の三割が懲役労働者、二割が割のいい労働報酬を稼ぐのに流れてきた無宿者ならず者。四割がこの町で生きていくために働いているスラムの住人で、最後の一割が監督官などの下級貴族です。そしてそれ以外の住人は彼らの落とすお金で暮らしている衣食住に携わる者たちです」
「それではお世辞にも治安のよい環境とは言いがたいですね」
チローにはウータの言いたいことが読めてきたようだ。
ただでさえ治安の悪い町の占領だ。
軍が駐留していたって決して安全とは言い難いだろう。
まして政策を推進するのが女性だなんてことになれば、文化水準の高くないこの世界のジェンダー意識でどんな事態が想定されるか?
ウータの危惧は十分考慮すべき問題だ。
イラードがいまいち察しが悪いのは効率や能率を重視しすぎるきらいがあって感情論がスッと腑に落ちてこないからだろう。
ここら辺が「冷徹な能吏」という印象になっちゃう所以だろうな。
でも、感情論的なことだけじゃなくて能率論でも理解できることだからな。
気をつけなきゃ失脚しちゃうぞ。
ほんと気をつけくれよ。
僕はお前をかっているんだからな。
「治安の悪い占領地で戦闘要員ではなく衛生兵のしかも女性を文官としておくとなれば、彼女を守るために一定数の信頼がおける武官を護衛につけなければいけませんね」
「なるほど。チロー殿のいう通りだ。しかし、元々占領地の治安維持部隊として二隊の人員を配属する手筈をとる旨、チロー殿も了承していたではないか」
「それは治安維持部隊としてでしょう? それとは別に常時一組くらいはアキにつけなければならないのではないかという話です」
僕の軍の編成は十人一組、五組で一隊と決まっている。
二人は事前に二隊百人を治安維持に残すという腹案を持っていたようだ。
ちょっと足りないんじゃないかと思うけど、それは置いといて。
アキという女性を町の文官に任命するなら常時十人護衛につけなきゃいけないんじゃないか? とチローは言っているわけだ。
そしてこの十人が二十時間(この世界の一日)ずっと護衛するなんてできないから、二交代三交代できるだけの人員を別途確保する必要があるんじゃありませんか? という問いかけだな。
「なるほど、無駄に人員を割くことになるな」
そこだけじゃないんだけどな。
「では、同じ衛生兵の中から候補に挙がっていたオルドブーリッジを推挙いたしましょう。いかがかな? チロー殿」
「それでよろしいかと」
「では、駐留部隊を残してすぐさま転戦ですかな?」
「チカマックには悪いが、もう数日ここに駐留する」
「ほぅ、いかなる理由で?」
「仮の庁舎をここに建て、施政方針を立てておかねばなるまい」
役人としてそれなりに経験を積んでいるからイラードたちが選んだんだろう三人とはいえ、責任ある立場を任されるのは初めてだろう。
その最初の赴任地が問題しかない場所では少々荷が勝ちすぎている。
だからある程度指示を出してやる必要があると思ったんだよ。
それと、あの劣悪な環境で寝起きさせるのは忍びないから最低限心安らげる場所は作ってあげなきゃという領主心です。