第26話 僕十有五而志于学(僕、十有五にして学に志す)

文字数 2,150文字

 宴がおひらきになり、僕は自宅に戻ってきた。

 …………。

 ぼろっちい小屋だけど。
 寝床にあぐらをかいてため息ひとつついたら、久しぶりに薪を囲炉裏に()べる。
 炎が上がって部屋の中が明るくなったのを確認して、僕は書物を漁り出す。
 村の復興が始まってからこっち今までほとんど家の中で仕事してなかったし、あんまり気にしてなかったけど、室内の灯りは必要だよな。
 村が襲われる前はどうしてたっけ?
 ああ、日暮れとともに寝てたかも。
 そして日が登るとともに起き出して農作業だった。

 …………。

 今とほとんど変わってないや。
 あれ?
 冬の夜長はどうしてたかな?
 そんなこと気にもしないで暮らしてたな。

「僕も灯りの魔法くらい使えればいいのにさ」

 と、愚痴を言っても始まらないかと思いきや。

「仕方ないなぁ」

 と、天使の声……いやいや、妖精の救いの声が。
 リリムがよく聞き取れない声で呪文を唱えると、パッと部屋の中が明るくなった。

「すぐ消えちゃうけどね」

 イヤイヤ、謙遜しなくていいよ。
 魔法が使えるだけですごいことじゃないか。
 転生者なんて都市伝説級の存在なんだろ? 魔法使いって。
 今日はもう夜も遅いし、明日も早い。
 なにがあるのかざっと確認するだけだから。
 まだ文字の読めない僕に判ったのは手習い用の五十音的な文字表と地図くらい。
 あとはたぶん絵本というか絵物語的な巻物だな。
 この辺はたぶん伝説とかの類だと思う。
 伝説伝承ってのは大抵子供に語って聞かせる教訓話や歴史的事象だからね。
 いわゆる覚えやすい物語に脚色した歴史のお話だ。
 あまりに脚色しすぎて現実とかけ離れちゃって教訓が伝わらないものが多いのだけどね。
 前世での話だけどここでもそう変わらないだろ。
 ってことでまずはこれからってとこだろうな。

 …………。

 ところでこれを使ってどう覚えればいいんだ?

「リリム?」

「なぁに?」

「先生なしにどうやって覚えればいいと思う?」

「誰か読める人探せば?」

 なるほど、なるほど。
 ──って、そんな奴おるかい。
 そらぁアレやで、ちっちきちぃやで。

「なにそれ?」

 あ・このやろ、また心の中読みやがったな。

 !

 そうか、最初の村人たちはともかく、キャラバンにいた連中なら一人くらい文字の読める奴がいるだろう。
 なるほど、なるほど。
 そんなことを独りごちしていると魔法の灯りが弱くなり、やがて消える。
 仕方ない。
 この件は明日確認するとしよう。
 そして、室内での灯りの確保も考えなきゃな。
 ジョーから送られてきた荷物の中には松明はあったけれど、ランプの類いはなかった。
 これはこの国にはまだそんなものはないってことなのか、それとも普通には手に入らないほど高価なのか。
 油が希少でランプだけあっても仕方ないってのも理由として考えられるよな。
 ああ、考えるのは明日にしよう。
 寝床で横になるとさすがに肉体労働者。
 すぐにぐっすり眠りこけ、あっという間に朝が来た。
 僕は日課の水汲みをして、昨日選り分けた文字表だけを持って村へ出勤。
 いつもの朝礼とミーティングの時に文字表を広げる。

「この中に文字の読める人はいますか?」

 すると、案の定最初の七人からは誰も手が挙がらない。
 判ってたよ。
 田舎の識字率なんてそんなもんだ。
 で、新規組五人の中で手が上がったのはなんとびっくり、ザイーダ一人。
 こりゃ驚いた。
 いや、まったく。

「じゃあ、悪いが僕に文字を教えてくれないか」

「ほんと悪いね」

 ほんと君も口が悪いね。

「まぁ、仕方ない。ジョー様とやりとりするのに村長が文盲じゃ話になんないからね」

 できればあと一人(ひとり)二人(ふたり)読める方がいいなぁ……よし。

「ついでに子供たちも一緒に頼む」

「え? 教えてもらえるの!?

「やたー!!

「アニーもやるぅ!」

 おーおー、食いつく食いつく。
 クレタもカルホもアニーも目がキラッキラだよ。
 日本でも小学校に入学するくらいまではみんな勉強大好きだからな。
 息子も入学前にひらがなカタカナ覚えてた。
 すぐ嫌いになるんだけど。
 あれは教え方の問題だよな。
 学習指導要領ってのがびっくりするくらい子供達から学習意欲を奪っていくんだ、きっと。
 僕も歴史と国語以外は嫌いで嫌いで仕方なかった。
 特に英語が駄目だったなぁ。
 でも、社会に出てから必要に迫られて日常会話レベルなら普通に話せるようになった。
 必要に迫られれば人間なんとかなるもんだ。
 商談に必要だったから、結局苦労はしたんだけど。

「そんなことやってる暇があったら、仕事しろよ」

 と言ったのはジャリなんだけど、どこにだってそういう大人はいるもんだねぇ。
 だから前世世界には「義務教育」って考え方があったんだ。
 教育は権利であって国や親は子供の権利を守る義務があるってやつ。
 学びたいと言う子がいたらそれを邪魔しちゃいけないんだぞ。

「さて、今日の仕事の割り振りだけど」

 と、ジャリを半ば無視して話し始める。
 ルダーとサビー、イラード、ガーブラは僕と一緒に午前中は炭用の木を切る仕事。
 ジャリとジャス、ユーミン姉妹はルンカー作り。
 オギン、ザイーダはヘレン親子と畑仕事だ。
 午後はみんなで三軒目を建てながら僕らは読み書きの練習。

「──ということで、今日も一日頑張りましょう」
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