第243話 それは架空の忍法修行だから

文字数 2,339文字

(ええと……)

 と、リリムが思い出しながら言うことにゃ、最初の使者三人のうちの一人と次にやってきた二人の使者の一人、そして目の前のチョーンからよく似た雰囲気を感じたということだ。
 なるほど。
 自分の記憶の限り、同じ顔、体格の人間は一人もいなかった。
 上手く化けたものだ。
 しかしだ、今改めて考えてみるとそれはよっぽど注意深く観察していないと見落として当然かも知れないが、なにもかもバラバラすぎだったかも知れない。
 この件に関してはオギンもなにも言ってくれていないから、気づかなかった可能性が高い。
 オギンをも出し抜いたのだとすれば、隠密行動のスペシャリストってことだ。
 僕も下剋上領主として何度も修羅場を潜ってきた経験から気配を感知する能力は身についた。
 けれど、それは人の気配が判るだけ。
 せいぜいが殺気かそうじゃないかの区別がつく程度だ。
 気配で、個人を特定するなんて漫画の世界の話だけだと思ってたんだけど、リリムにはその区別がつくんだ。
 さすがファンタジーな存在。
 僕は思いの外落ち着いた態度のチョーンをしばらく不敵な笑みで見つめていたんだけど、

「チョーン・マーゲイ……な」

 と、呟いてみせる。

「私の諜報網によれば、ズラカルト配下にそのような名前の人物は存在していない」

 チョーンは少し縮こまり、下を向きながらこう答えた。

「どれほど有能な諜報員であっても完璧とは行きますまい」

「それはそうだが、代官の代理を務めるほどの人物を調べられぬような無能ではないぞ」

「…………」

「いや、代官代理になるほどの人物、無理に探らずとも風聞に伝わってくるとは思わんか?」

「…………」

「腹の探り合いはここまでとしよう」

 そういうと、チョーンは改めて身を固くする。

「私はそもそも平民出、能力があれば出自など関係なく登用する事を基本方針としている」

「素晴らしいお考えです。しかし、それでは身内に災いを招き入れる事にはなりませんか?」

 おお、実力主義・能力主義を頭から否定せず、素晴らしいと言える柔軟性。
 同時に出自に関係なく登用することのデメリットもこんな僅かの時間で理解するなんて、これはなかなかの逸材じゃないか?
 しかも、変装が得意だなんて最高じゃないか!

 …………。

 いや、これは経験則に基づいた判断なんじゃないか?
 むしろメリットデリットが判っているとでも言いたげな言種(いいぐさ)だぞ。
 まるで僕の方が思考誘導をされているようだ。
 なにがしかの言質を取ろうとしているようで油断ならないが、ここは乗っておこう。
 不敵に笑って

「なるな」

 とだけ言う。

「……それでも能力のあるものを積極的に登用する理由をお聞かせ願いたい」

「簡単なこと。不利益を気にして利益を手放すことが愚かしいと思っているからだ」

 チョーンは黙って僕を見つめる。
 気恥ずかしいが僕も視線を外さない。
 これは無言のディベートだ。
 目を逸らした方が負けになる。
 まぁ、この勝負は(はな)から僕が有利だ。
 最奥の寒村で反旗を翻してから十年足らずで幾度もの征伐軍を撃退して逆にズラカルト領を侵蝕。
 開戦すれば(がい)(しゅう)(いっ)(しょく)、今やズラカルト軍は防戦一方で逆に主導権を握っている。
 その原動力が能力主義にあることは認めたくなくたって教養があれば判るはずだ。
 それを頑なに否定するか、兜を脱いで軍門に降るか。
 僕はそう言う腹づもりでチョーンを見つめている。
 注意しているのは、威圧的な気配を抑えるために余裕のある微笑を浮かべる努力だけ。
 気を抜くと肩に力が入って眉間に皺が寄りそうだ。
 笑顔ってどんな感情より表情筋使うんだよね。
 早く観念してくれないかな?

 …………。

 いかんいかん、圧が上がる。
 とはいえリラックスのための深呼吸はダメだ。
 あくまで自然体に、王者の風格で対峙する意識を強く持つんだ。
 何分経った?
 あ・いや、これは前世の単位だな。
 しかし、一時間、半時間、四半時間、八半時間は大雑把すぎだな。
 度量衡と一緒に使いやすい単位を考えて導入するか……。
 あー、それも大事だけど、こんなこと考えてたら勝負に負けちゃうな。
 気合い入れ直さなきゃ。
 いや、気合い入れすぎてもダメなんだよ。
 忘れちゃダメだろ。
 威圧はダメ。
 包容力を笑みに込めて相手を見返すんだ。
 早く降参しろっ!

「ジャン様はなぜ、そのような話を?」

 もっと主語述語を明確に話してよ。
 それとも、これも僕を試すため?

「能力のあるものを積極的に登用するために」

「それは、わたくしのことと自惚れてもよろしいのですか?」

「そうだな。そう受け取ってもいい」

「ありがたき幸せ」

「それは私に降るということでよいのだな?」

「はい」

「では、正式に名乗ってもらおうか」

 ま、オギンから聞いてるから知ってるけどね。
 たぶん。

「失礼いたしました。わたくしトーハ・マウンターと申します。以後お見知り置きを」

 はい、ビンゴ!
 さすがは僕の御庭番だ。
 さて

「では、改めて問う。ビートという男を知っているな?」

「はい、遺憾ながらわたくしの不肖の弟子にございます」

 ということは

「トーハは諜報技術を持っているのだな?」

「はい。なんでも祖父が異界の賢者(転生者)から直に教えを乞うたとかで、すでに大人だった自分にはできなかったという修行を小さい頃からつけていただきました」

 …………。

(どうしたの? ジャン)

(なんか、嫌な予感というか……)

「それはどんな修行だ?」

「毎日苗木を飛び越えるものや、水の上を走るなどといったもので……」

 いや、それ忍者小説のトンデモ修行!

「できるのか!?

「残念ながら才能なく。人の背丈以上に伸びた木を越えることはできませんでしたし、水上も二十シャルと走ることができませんでした」

 いや、十分すごいだろ!?
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