第311話 虚虚実実
文字数 2,230文字
「改めて、軍を分けるのですか?」
訝しむイラードに僕は効率を説く。
「村と町の慰撫に全軍まとまって動くのはいかにも非効率だ。住民を安心させたらそれでいいのだから、手分けした方がよかろう」
「アシックサル軍と接敵する可能性は?」
「お前たちが遅れをとるとは思わんが?」
「イラード、その時は勲功だと思って受け取ればよいのよ」
ダイモンドがガハハと笑ってこともなげにいう。
でも、なんとなく僕の意図を見抜いている気がするなぁ。
オクサもダイモンドと二度ほど視線を交わしていたし、この辺の戦略的機微に関してはやっぱり商隊の用心棒と騎士の差なのかもしれないな。
なんて考えていると
「では、ここで無駄に時間をとってもいられまい。お館様」
「む?」
「部隊編成はこのオクサにお任せいただけますか?」
「そうだな……オクサ」
「はい」
「これを機会にそなたを軍務大臣に任命する。その才、存分にふるって見せろ」
(あらら? 前は防衛大臣とか言ってなかった?)
(陣中にあって防衛もないでしょ)
(まあ、そうね)
「これは望外のご指名。身命懸けて励みましょう」
軍は七つに分けられた。
オクサ・ダイモンド・ラビティアの三剣にサビー・イラード・ガーブラの三銃士がそれぞれ一軍を任され、本隊の僕の軍は副官としてウータが配された。
今回はチャールズもラバナルも僕の隊に配属だ。
「軍は一旦東へ放射状に拡がって南下でよろしいでしょうか?」
うん、やはりオクサは僕の意図が判ってら。
そう、僕はこの機に乗じてオッカメー領をできれば半ばまで実効支配してしまおうと企図している。
そのための住民慰撫である。
軍事力で制圧するのではなく正義の味方、警察権力として町の動揺を抑えるということを建前に我が軍の管理下に置こうというのだ。
だから、通った町には部隊を一隊駐屯させている。
「お館様」
と、声をかけてきたのはチャールズ。
北東の空を指差している。
目を凝らすとどうやら飛行手紙のようだ。
方角からいってドゥナガールの領都からに違いない。
手元に舞い降りた飛行手紙を開くと案に違わず外交官からの手紙だった。
「手紙にはなんと?」
と、イラードが訊いてくる。
「仲爵殿が軍を起こしたそうだ」
「では、お館様の予想通りガラッパーチ男爵が動いたのですね」
「そのようだ」
そのやりとりを聞いていたダイモンドは、大きな音を立てて膝を叩く。
「では、こうしてはいられませんな。我々は速やかに行動に移しましょう」
ことここに至って、どうやらイラードは僕らの意図を理解できたようだ。
苦虫を噛み潰したように顔を歪めて悔しがる。
「そうだな。改めて軍は東へ放射状に展開する。北からダイモンド、ワタシ、ラビティア、イラード、サビー、ガーブラ。お館様はこのまま南下願いますよう」
「判った。ああ。皆、定時連絡として毎日行軍終了後に飛行手紙でその日の出来事を報告するように」
みんなは短く応じると、それぞれの軍をまとめて散っていく。
「さて、ラバナル」
「なんじゃ?」
「これより我が軍は非道なるアシックサル軍の侵略から住民を解放する救世の軍である。派手に、堂々と町や村を助けにまわるぞ」
「派手に。堂々と……ふはははは。手加減なしでよいのじゃな?」
む。
「住民を巻き込まなければな」
と、釘だけは刺しておかなきゃ。
「なるほど。ふむ、なるほど」
大丈夫だろうか?
翌日には外交官からドゥナガール軍出陣までの経緯が詳細に綴られた飛行手紙が届いた。
それによると、オッカメー季爵の窮状を知ったガラッパーチ男爵はドゥナガール仲爵が再三の救援要請にも一向に応じる気配のないことを確認し、季爵領に侵攻、瞬く間に二、三の町を陥したという。
季爵は東西から領土を侵略されていることを滔々と説き、改めて同盟相手として援軍を出すことを要請。
ようやく仲爵が動いたと思えば電光石火でオッカメー領に大軍を送り込んだようだ。
相当周到に部隊を用意していたに違いない。
外交官は手紙の最後に仲爵軍に内通者を数人潜り込ませたので今後の報せは彼らから届くだろうと認 めていた。
その詳報が届いたのは、部隊を分けて最初に到着した町をその日のうちにアシックサル軍から解放した翌日。
手紙によれば部隊は仲爵本人に率いられてまずは領都に赴き季爵と会談を果たし、オッカメー軍と共に改めて東進して次々と町を解放しているというものだった。
同時にタイクバラを大将とした分隊がオッカメー季爵領の西に進路を取り、僕ら同様に町の慰撫にあたっていると書かれている。
チッ、考えることは一緒か。
ミュードルってやつが裏で糸を引いているに違いない。
というか、一連の仲爵の動きは絶対ミュードルの入れ知恵だろう。
まぁ、想定の範囲内なので構わないけどね。
さてさて、これは急いでアシックサル軍をオッカメー領から追い出さなきゃいけなくなったぞ。
なるはやですませなきゃな。
たしか次の町の先が砦だったはずだ。
戦後処理もそこそこに残す部隊に後事を任せて先を急ぐ。
次の町は前の町から逃げてきた兵たちから事態を知ったようで、門を固く閉ざして籠城の構えを見せている。
「面倒じゃ、魔法でパパパとすませてもよいな?」
いやいや、ダメでしょラバナル。
「素通りしよう」
「お館様!?」
そこまで驚くことかい? ウータ。
「この程度の町に籠る軍など脅威ではない。先を急ぐぞ」
僕は軍を普段の行軍となんら変わらない風を装って町の前を素通りさせる。
訝しむイラードに僕は効率を説く。
「村と町の慰撫に全軍まとまって動くのはいかにも非効率だ。住民を安心させたらそれでいいのだから、手分けした方がよかろう」
「アシックサル軍と接敵する可能性は?」
「お前たちが遅れをとるとは思わんが?」
「イラード、その時は勲功だと思って受け取ればよいのよ」
ダイモンドがガハハと笑ってこともなげにいう。
でも、なんとなく僕の意図を見抜いている気がするなぁ。
オクサもダイモンドと二度ほど視線を交わしていたし、この辺の戦略的機微に関してはやっぱり商隊の用心棒と騎士の差なのかもしれないな。
なんて考えていると
「では、ここで無駄に時間をとってもいられまい。お館様」
「む?」
「部隊編成はこのオクサにお任せいただけますか?」
「そうだな……オクサ」
「はい」
「これを機会にそなたを軍務大臣に任命する。その才、存分にふるって見せろ」
(あらら? 前は防衛大臣とか言ってなかった?)
(陣中にあって防衛もないでしょ)
(まあ、そうね)
「これは望外のご指名。身命懸けて励みましょう」
軍は七つに分けられた。
オクサ・ダイモンド・ラビティアの三剣にサビー・イラード・ガーブラの三銃士がそれぞれ一軍を任され、本隊の僕の軍は副官としてウータが配された。
今回はチャールズもラバナルも僕の隊に配属だ。
「軍は一旦東へ放射状に拡がって南下でよろしいでしょうか?」
うん、やはりオクサは僕の意図が判ってら。
そう、僕はこの機に乗じてオッカメー領をできれば半ばまで実効支配してしまおうと企図している。
そのための住民慰撫である。
軍事力で制圧するのではなく正義の味方、警察権力として町の動揺を抑えるということを建前に我が軍の管理下に置こうというのだ。
だから、通った町には部隊を一隊駐屯させている。
「お館様」
と、声をかけてきたのはチャールズ。
北東の空を指差している。
目を凝らすとどうやら飛行手紙のようだ。
方角からいってドゥナガールの領都からに違いない。
手元に舞い降りた飛行手紙を開くと案に違わず外交官からの手紙だった。
「手紙にはなんと?」
と、イラードが訊いてくる。
「仲爵殿が軍を起こしたそうだ」
「では、お館様の予想通りガラッパーチ男爵が動いたのですね」
「そのようだ」
そのやりとりを聞いていたダイモンドは、大きな音を立てて膝を叩く。
「では、こうしてはいられませんな。我々は速やかに行動に移しましょう」
ことここに至って、どうやらイラードは僕らの意図を理解できたようだ。
苦虫を噛み潰したように顔を歪めて悔しがる。
「そうだな。改めて軍は東へ放射状に展開する。北からダイモンド、ワタシ、ラビティア、イラード、サビー、ガーブラ。お館様はこのまま南下願いますよう」
「判った。ああ。皆、定時連絡として毎日行軍終了後に飛行手紙でその日の出来事を報告するように」
みんなは短く応じると、それぞれの軍をまとめて散っていく。
「さて、ラバナル」
「なんじゃ?」
「これより我が軍は非道なるアシックサル軍の侵略から住民を解放する救世の軍である。派手に、堂々と町や村を助けにまわるぞ」
「派手に。堂々と……ふはははは。手加減なしでよいのじゃな?」
む。
「住民を巻き込まなければな」
と、釘だけは刺しておかなきゃ。
「なるほど。ふむ、なるほど」
大丈夫だろうか?
翌日には外交官からドゥナガール軍出陣までの経緯が詳細に綴られた飛行手紙が届いた。
それによると、オッカメー季爵の窮状を知ったガラッパーチ男爵はドゥナガール仲爵が再三の救援要請にも一向に応じる気配のないことを確認し、季爵領に侵攻、瞬く間に二、三の町を陥したという。
季爵は東西から領土を侵略されていることを滔々と説き、改めて同盟相手として援軍を出すことを要請。
ようやく仲爵が動いたと思えば電光石火でオッカメー領に大軍を送り込んだようだ。
相当周到に部隊を用意していたに違いない。
外交官は手紙の最後に仲爵軍に内通者を数人潜り込ませたので今後の報せは彼らから届くだろうと
その詳報が届いたのは、部隊を分けて最初に到着した町をその日のうちにアシックサル軍から解放した翌日。
手紙によれば部隊は仲爵本人に率いられてまずは領都に赴き季爵と会談を果たし、オッカメー軍と共に改めて東進して次々と町を解放しているというものだった。
同時にタイクバラを大将とした分隊がオッカメー季爵領の西に進路を取り、僕ら同様に町の慰撫にあたっていると書かれている。
チッ、考えることは一緒か。
ミュードルってやつが裏で糸を引いているに違いない。
というか、一連の仲爵の動きは絶対ミュードルの入れ知恵だろう。
まぁ、想定の範囲内なので構わないけどね。
さてさて、これは急いでアシックサル軍をオッカメー領から追い出さなきゃいけなくなったぞ。
なるはやですませなきゃな。
たしか次の町の先が砦だったはずだ。
戦後処理もそこそこに残す部隊に後事を任せて先を急ぐ。
次の町は前の町から逃げてきた兵たちから事態を知ったようで、門を固く閉ざして籠城の構えを見せている。
「面倒じゃ、魔法でパパパとすませてもよいな?」
いやいや、ダメでしょラバナル。
「素通りしよう」
「お館様!?」
そこまで驚くことかい? ウータ。
「この程度の町に籠る軍など脅威ではない。先を急ぐぞ」
僕は軍を普段の行軍となんら変わらない風を装って町の前を素通りさせる。