第45話 預言者は詐欺師のように

文字数 2,837文字

 結論から言うと僕の予言は当たるわけだけど、とりあえず四人は当初の予定通り三日目に村を出て行った。
 その四日後に入れ替わるようにキャラバンが戻ってくる。
 スカスカの倉庫が半分近く埋まるほどの荷物を持って。

「おかえり」

「なにか変わったことはなかったか?」

「だいたい想像つくでしょ?」

 ジョーは僕の返答に豪快に笑ってみせる。

「確かにな。道中で四人の旅人とすれ違った」

「この村に来た四人だよ」

「やっぱりな……で? なんの用だった」

 僕はジョーを彼の邸宅に促して情報交換をすることにした。
 こちらからの情報はもちろん旅人の件だ。
 事故についても報告をする。
 ジョーは

「……なるほど」

 とだけ感想を呟いて、自分の方の情報を提供してきた。
 個別案件でその都度検討して無駄に時間が潰れるのを嫌ったんだろう。
 キャラバンがもたらしたのは牧畜のジップ六頭とクッカー十二羽、ホルス三頭。
 長弓二丁に短弓五丁。
 他に村ではまだ生産できない日用品や材料などだ。
 あ・そうそう、村人として新たに六人連れてきた。
 これで村の総人口が三十二人になった。
 キャラバンの構成員も含めると五十人を超える。
 これだけいれば、盗賊だってちょっとやそっとじゃ手を出せない規模だ。
 新しい村人には技能持ちが多い。
 一人は主に木工の職人で車輪が作れるらしい。
 車輪が作れれば色々と便利になる。
 一人は皮革の職人。
 ジャリが(なめ)しをしていたんだけど、その都度鍛治を中断していたからこれで鍛治に専念できる。
 それから牧畜の専門家というおじいさんとその奥さん。 たぶん今回仕入れた牧畜はこの人のものだな。
 あと二人、弓を作る(ゆみ)()と矢を作る()()だ。

「王国の情勢は小康状態だな。領主間で小競り合いはあっても争いが大きくなるところまではいってない」

「本格的な軍事行動をとるとすれば、収穫後でしょうね」

「ん? どうしてそう思う」

「え? だって、歴史上の必然でしょ?」

「いやいや、その説明じゃ俺には判らん」

 あれ、この知識は歴史オタのものなのか?
 常識だと思ってたんだけどな。

「だって、食料を確保しないと戦えないじゃないですか」

「……?」

 え? まだ理解できない?
 さて、どうやって説明すると理解してもらえるんだろう?

「ジョーは一日にどれくらい食べる?」

「なんだよ、藪から棒に」

「まぁ、とりあえず想像してよ。それを単純に途中調達なしにこの村から一番近い村までの往復分と現地滞在、そうだな……一週間分用意するとしたらどれくらいの量になると思う?」

「結構な量だな」

「それを人数分用意すると……」

「俺のキャラバンは今二十三人だからこれを基準に考えると……やばいな、荷車一台じゃ足りないぞ」

「結構な量だろ? 攻める側はそれだけ用意しなきゃならないんだよ。動員する兵力だって村人町人だろ? 日本じゃ鎌倉時代くらいまでは侍が自前で用意することになってたらしいけど、戦国時代までには軍の大将が兵糧を用意するようになってる」

「おぉ、思い出したぞ。一所懸命・御恩と奉公だな」

「それそれ。だから今までは小競り合いですませてたんだよ。小競り合いですんでいたんじゃなくね」

「なるほどね。長い間曲がりなりにも国王の元で安寧に過ごしてきた領主たちがこれまでの小競り合いで兵糧の重要性に気づいたとして、この秋の収穫を待たずに行動に移すことはない……か」

「そういうこと」

「この村はどうだ?」

「今の所攻める気はないけど、守るにしたって備蓄量はまだ心許ないかな。だからこそ、野盗は積極的に排除する」

「積極的にったってこっちから攻めてはいけないだろ?」

「大丈夫、向こうから来るから」

「あん?」

 僕は持っている情報と、前世の知識からある程度予見できるんだよ。
 そう、予見通りキャラバンが村を立った十日ほど後に例の男が一人で村を訪ねてきた。
 ほらね、ガーブラたちに予言した通りになったでしょ。
 男は「村の雰囲気が気に入った。ここらで腰を落ち着けたいので村に住ませてもらえないか」などとそれらしい理由をつけて村に入ってきた。
 いいよ、いいよ。
 想定通りに事が進むとニヤけてきちゃうな。
 とりあえず、男には他の新しい村人同様、新居の建設と農作業を手伝ってもらうことにした。

「オレの他にも新しい村人が入ったんですね」

 とか、探りを入れてきたんでこっちも「どうも村の噂が結構広まっているみたいで、町や村に馴染めなかった人たちが噂を頼りに来るみたいだ」とかいう設定をでっち上げとく。
 新規の村人はまだ住居が出来上がっていないのでそれぞれの仕事を始めていないから、男も単に村人が増えただけだと安心してるだろう。
 六人はキャラバン経由なのでジョーの邸宅に、例の男は前回同様僕の館に居候。
 男を僕の館に住まわせたのはその方が都合がいいからだけどね。
 男は手引き役としてなかなかどうして優秀だった。
 時代劇でよくある押し込み強盗がお(たな)に仲間を奉公にあげるあのやり方だ。
 だからとてもよく気がつくし、よく働く。
 信頼を得るためだけど、僕は騙されないよ。
 だって、野盗の一味なの最初から知ってるからね。
 でも、騙されたふりはするよ。
 こっちが騙す方だからね。
 やがて盛夏を過ぎ、収穫の時期に差し掛かる頃には、僕はすっかり彼を信頼(したフリ)をしてなにかと言うと仕事を任せたりする。
 もちろん単独行動はさせないよ。
 それは村のルールだからね。
 本来の村のルールとしては、なにかあったときのためにコンビを組ませているんだけど、彼には監視の都合で誰かを一緒に行動させている。
 主にイラードかザイーダだけど、時々わざと事情を知らない村人をつける。
 その際はオギンやリリム(主にリリム)に尾行させる。

 その日、残すところその男の分だけとなった家の建築資材であるルンカーの集荷に彼だけを使いにやった。
 他の村人はフレイラの収穫に総動員させてだ。

「悪いね、窯に行けばルンカー職人がいるから彼らとルンカー積んで持ってきて」

「判りました、お館様」

 と、荷車引いて裏門を出て行く。
 ちなみに、今ではすっかり『お館様』が定着していて村人全員が僕をそう呼ぶ。

「リリム」

「任せて」

 門まで見送った僕は、門を閉めながらリリムに尾行をお願いすると、裏門に建てられた三棟目の櫓に登る。
 ルンカーの窯までは荷車が通りやすいように踏み固められている。
 さすがに舗装はされてないけどね。
 そのうち板ルンカーで舗装しようか、なんて考えながら荷車を引く男を眺める。
 やがて男は荷車を離れて雑木林の中に入って行く。
 そうこなくちゃ。
 収穫も始まっているし、そろそろだと思ってたよ。
 用水路に何かを流したように見える。
 なるほどね、やるじゃない。
 フレイラの収穫は村人総出(ルンカーと炭焼きの職人を除く)だから十日もすれば終わる。
 そのあとのポモイトだってそんなもんだろう。
 脱穀が終わって一息ついた頃……襲ってくるならやっぱり僕の誕生日前後だな。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み