第314話 切り取り勝手の悪行三昧

文字数 2,000文字

 もっと判りやすくいかなきゃだめかと反省した。

「国が乱れて戦ばかりの世の中になった」

「はい」

「できれば戦などない方がよい」

「その通りでございます」

「しかし、相手があることだから自分だけ戦いませんとはいかない」

「道理です」

「アゲールならどうする」

「…………」

 沈黙してしまった。
 これは長考か? はたまたお手上げなのか?
 しばらく待っても答える気配がないので僕の考えを言うことにする。

「私はね、成人を前に野盗に村を襲われ天涯孤独となった身だ。圧倒的な暴力のなんたるかを身をもって知っているのだよ。残念だが、今の世の中暴力に対抗するには同程度以上の力が必要なのだ。この先私を、私の領民を守るためには今以上の軍事力が必須なのさ」

「それがロイ殿の戦う目的ですか?」

 訊ねられたので少し微笑んで頷いてみせる。
 アゲールは足元に視線を落としてしばし黙考していたけれど、やがて決意に満ちた瞳で僕を見返してきた。

「領民を守ると申しましたね」

「言った」

「敵対する領民は?」

 そうきたか。

「敵対するなら容赦はしない」

 アゲールの眉間が険しくなるが、そんなことにはお構いなく話し続ける。

「しかし、民は宝だ。領地ばかり拡げても領民がいないのでは経営が成り立たない。無体なことはせぬよ。どうだ、我が軍で働く気にはなったか?」

 愁眉を開いて軽く息を吐いたアゲールは改めて畏まる。

「ありがたきご配慮。アゲール、この後はロイ殿に忠誠誓いまする」

 天幕を出ると武装解除は大体終わっているようだ。

「アゲール様」

 と、五人ほどの捕虜が駆け寄ってこようとして、兵に取り押さえられた。

「あれは?」

 と、訊ねれば

「お恥ずかしながら、我が家に仕えるものどもで」

 という。

「アゲール様。サゲール様が、サゲール様が……」

 と、取り押さえられながらも叫んでいる。
 中には涙を流しているものもいるようだ。
 サゲールもなんのかんのと慕われていたのだろうか?
 あー、そうだ。
 僕は取り押さえている兵に命じて拘束を解いてやる。
 捕虜たちはアゲールに駆け寄ってなにかを訴えているが、彼はそれを穏やかな表情でなだめた。
 なかなかの人心掌握術だ。
 普段の関係性も察せられる。

「アゲール」

 と、声をかけるとサッと臣下の礼をとる。

「我が軍は十人一組を最小単位として軍を運用している。そなたにはまず一組を任せることになるのだが、味方の兵もいきなり敵将だったものの下にはつきたくはないだろう。捕虜の中から九人選べ。それが我が軍でのお前の最初の部下だ」

 そう命じると、アゲールの下に集まってきた捕虜たちの表情が驚愕に変わる。

「ありがたきご配慮」

 さて、後事はチャールズに任せて、僕はウータと近衛を連れて町へ入る。
 町並みは荒廃し、あちこちで建物が崩れているのだけれど、どう言うことだ!?
 住民は一様に怯えて建物の中に身をひそめ、恐る恐るこちらの様子をうかがっている。

「お館様」

 中央広場と思われる場所まで進むと、トーハが現れた。

「まずは庁舎に行きたいのだが……この荒れ具合はなんだ?」

「アシックサル軍の狼藉のあとです」

 なるほど。

 …………。

 なるほどじゃねーよ!
 占領軍が好き勝手やりたい放題かよ。
 どうりで、解放軍が入城したっていうのに歓迎ムードがないはずだ。
 自分たちに乱暴狼藉を尽くしてきた軍がいなくなったのにすぐ後に別の、見ず知らずの軍がきたから警戒しているのか。
 チッ、それは仕方がない。
 僕は周囲を一瞥した後、トーハに案内をさせて庁舎に入る。
 そこに町を治める貴族はおらず、代わりに町民の代表だという五十近いと見られる男がいた。
 この世界は文明水準が低いので五十歳ともなれば老境に差し掛かっていると言ってもいい。
 そんな男が腰を屈めて上目遣いに手を揉みながら恐る恐る近づいてくる。

「そなたが町の代官か?」

 言わずもがなの質問をしてみると、案の定貴族は逃げ出したかアシックサル軍に殺されていた。
 アゲールはサゲールを止められなかったようだけど、これは指揮官としての資質を疑うべきなのか?

「将軍様は我々を気にかけて、何度となく軍の規律を求めてくれたのですが弟様が歯牙にもかけずにやりたい放題でして……」

 身内に甘いということだ。
 サゲールに厳罰を与えていれば、綱紀の粛正などすぐにできただろうに。
 まぁ、今更だな。
 僕は改めてアシックサル軍を追い出した後の町の処遇について説明し、再び襲われる可能性を考慮して駐留軍を残すことを宣言する。
 代官となる部隊長を紹介してその補佐に町の顔役二人を任命するように指示、最初の一人は目の前の町の代表が就くことが決まった。

「残っている貴族、危機は去ったと戻ってくる貴族どもに対してはいつも通りの対応で遇するように」

「かしこまりました」

 部隊長は頭を下げる。
 ちなみにいつもの対応ってのは、去就の自由の保障と、能力主義採用のことだ。
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