第242話 腹芸は得意じゃない

文字数 2,295文字

 捕まえた忍者の言うことがどこまで本当のことかは判らないけど、町の貴族の何某(なにがし)が僕の占領政策を伝え聞いていて自身の地位を危惧、暗殺を頼んできたという。
 あー、まぁね。
 貴族であることにただただ踏ん反り返っていたようなやつだと、僕の下についたら速攻お役御免になる未来が見えてるんでしょう。
 本当ならそこで奮起して役に立てる人材になる方策を考えてもらいたいところなんだけどな。

「ところでお前は一人でこの仕事をしているのか?」

「あー……」

「言いたくなければいいが、この手の技能というのは自己流で身につくものでもあるまい?」

「こんな汚れ仕事を引き受けちまったうえに失敗したとか、師匠に申し訳ないんで勘弁してくれ」

「そうか」

 僕は目配せでトビーに連れて行くよう命令する。

「え? それだけ?」

 天幕の外へ引っ立てられていく男は鳩が豆鉄砲喰らったような顔を向けながら出て行った。
 この世界に鳩はいないけどな。
 
「処分はいかがなさいますか?」

 と、残ったオギンが訊いてくる。

「ひとまず保留で」

「なぜです?」

「首謀者を処罰する必要があるからでどう?」

「御心のままに」

 そう言って出て行った。
 それと入れ替わるようにウータとガーブラが入ってくる。
 二人とも慌てた様子なのが面白い。

「お館様、大丈夫ですか!?

「問題ない。それより飯を食ったら出発だ。ウータ」

 と、彼女に入城する人員を書いた紙を手渡しこう言う。

「連れて行く人員だ。集めておいてくれ」

 それを受け取って出ていく彼女を追ってガーブラも出て行く。
 僕は改めて支度を整えて天幕を出ると、すでにあちこちで飯を食っている。
 尋問とかしてたからちょっと遅くなっちゃったな。
 朝食を済ませると、ウータがやってくる。
 いいタイミングだ。

「準備はできたのか?」

「はい。……しかし、この人選で本当によろしいのですか?」

「大丈夫だ、問題ない」

 僕が指名したのはウータにチャールズ、チカマック、それにトビー。
 兵は騎兵ばかり一隊五十騎。
 オギンには別の使命を与えている。
 隊列を組んで門に近づくとゆっくりと門が開かれる。
 町に入ると五人の役人と見られる男たちが待っていた。
 騎乗のまま応対にあたると、真ん中にいた男以外があからさまに嫌な顔をしている。
 顔に出しちゃダメだよね。
 僕も気をつけなくちゃ。
 閑散としたメインストリートを役人たちに案内されて代官屋敷まで進む。
 道沿いの建物からは人々の視線だけが向けられているのを感じる。
 もうそれだけで歓迎されていない感バリバリだ。
 まー、そうだろうね。
 占領軍は怖いよね。
 なにされるか判らないものね。
 僕は改めてチカマックに滞在中の兵士に対する綱紀粛正の徹底を指示する。
 連れて来たのが騎兵ばかりなのはそういうことだ。
 彼らはなんのかんので騎士である。
 この世界、この国における騎士は最下級ではあっても貴族階級として扱われている。
 ま、貴族と言ってもピンキリで、僕の配下の騎士は日本の戦国時代で言うと半農半士なんだけどちゃんと教育も受けているし、ハメを外すことはないと思う。
 犯罪を犯したら情け容赦なく厳罰に処すけどね。
 信長みたいに。
 代官屋敷はきれいに掃き清められていた。
 鉱山都市だったリゼルドのとことは雲泥の差だ。
 こりゃ、有能な人物がいるに違いない。

「改めまして、代官代理を務めておりますチョーン・マーゲイと申します。以後お見知り置きを」

(あ)

 「あ」って……。
 ものすごく気になるんですけど、リリムさん。
 好奇心をグッと抑えて占領のための手続きを粛々と進めていく。
 ここでも前の町とは比べ物にならないくらいスムーズにことが進んでいくんで、拍子抜けするくらいだ。
 一つだけ問題があるとすれば、チョーン以外の役人どもがなにもしないことだろうか。

「これで一通りの手続きは終わりということでよろしいでしょうか?」

「ああ、ご苦労だった」

 安心して退出しようとするタイミングを見計らって、僕は再び声をかける。

「マーゲイ」

 チョーン・マーゲイというのが偽名だろうというのはオギンが知らなかったという一事を持って確信していた。
 だからカマをかけてやろうとあらかじめ話し合っていたのだ。
 事前の取り決めで最も気を抜くだろうタイミングを見計らって声をかけた。
 それもそれまで呼びかけていたチョーンではなくマーゲイと。

「! はい、なんでございましょう」

 相手もなかなかやるもんだ。
 僕だけだったら絶対見落としていただろう。
 しかし、呼びかけられた一瞬、ぎこちなくなく硬直したのをうちのトビーが見逃さなかった。
 取り決め通り、トビーが僕の座っている椅子の背もたれにトントンと振動を与えてくるので、チョーンに向かってあえてニヤリと笑いかける。

「ビートという男のことで少々聞きたいことがあるので残ってもらいたい」

 ビートというのは出発前までにオギンとトビーに聞き出してもらった暗殺者の名前である。
 もちろん偽名の可能性はあるが、可能性として限りなく低いだろう。
 なにせ有能な諜報機関員(忍者)の二人が、聞き出したのだから。

「ビート……さぁ、知りませんな」

 とシラを切ろうとするのを片手を上げて静止する。

「他のものは帰ってもよいぞ」

 と言えば、随行の男たちは逃げるようにそそくさとその場を立ち去る。
 元々、全責任をチョーンにおっかぶせようとしてたような連中だけど、ホント、薄情だねぇ。

(さて、リリム。この間からなにかに引っ掛かっていたようだから今この場で訊ねておこうと思うんだけど?)

 チョーンに対して不適な笑みを浮かべながら、僕はリリムに問いかけた。
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