第98話 お白洲でござる

文字数 2,370文字

 イラードの考えはざっとこんな感じだった。

 今の村長は使えない。
 この村を支配下に置いたのだから代官が差配して当然だ。
 とっとと村長を降ろしてしまおう。
 いや、むしろもう無視しよう。

 …………。

 いやもう無茶苦茶だな。
 まず、村長は無能じゃない。
 これまでずっと村の運営は滞りなく行なってきていたし、専制的なきらいはあっても村人には慕われていた。
 ただ時代が変わっていく中で必要な能力が変わるのに、たぶんついていけないと思っているだけなんだ。
 だから穏便に支配権を譲ってもらえればと思ってたわけで、いきなり権力を取り上げたら恨みを買っちゃうでしょうが。
 村人には慕われてんだよ。

「イラードも専制的なところがあるんだよなぁ」

 なんて笑ってるけど、代官はルダーだからね。
 イラードはルダーの補佐だよ。

「ルダーはどう思ってるんだ?」

「俺は政治向きのことは判んねぇからすべてお任せさ」

 イラードの暴走はルダーのせいだった。

「起きてしまったことは仕方ありません。今後の対策を考えなくてはいけないのでは?」

 ルビンスの言う通りだ。
 そのためには現状を知らなきゃいけない。
 イラードによると、現在村の人口は五十七人。
 うへ、もう倍近くに増えてる。
 今のところもともとの村人との軋轢(あつれき)はほとんどない。
 これは現在農業改革一年目で、ルダーの指導にみんなが従うと言う条件が同じだからだろう。
 ずっとやってきてる中に入ると「やり方が違う。従え」とか「こっちの方がいいんだ」とか言うのがどうしてもあるからね。
 前世で近代農業をやってきたルダーの圧倒的な知識力(前世もちの転生特典(ギフト)に「完全記憶」がある)、理論と技術力によって、この点が抑えられているのはありがたい。
 でだ、村長との関係はイラードに聞いても正確なことは絶対判らない。
 ルダーはこんな調子だし誰に聞いたものやら……あ。

「ルダー、ヘレンとアニーを呼んできてくれ」

 呼ばれたヘレンは開口一番こう言った。

「政治向きの話は主人以上に判りませんよ」

 うん、言い方悪いが結局は田舎の村の農夫のおかみさんってことなんだな。
 でも、むしろそれこそが好都合なんだ。

「二人に聞きたいのはね……」

 村での評判だ。
 五十人ぽっちの村で代官の奥方が深窓(しんそう)にいるなんてわけもなく、もともとが田舎のおかみさんなんだから井戸端会議とかやってんべ? って思ったわけだよ。
 案の定、ルダーの評判はまずまずだったがイラードには不満が出ているようだ。
 肝心の村長との関係は実は判らない。
 今までも自分一人で決断してきた人だから、誰にも相談することができずに悶々としているのかもしれない。
 しかし、こんなに独断専行する男だったか? イラードって。
 有能って評価だったんだけどなぁ……。

(明確な指示がないからよ)

 うおっ!
 リリム

(どう言うことだ?)

(今までは「こうしたい」「これを頼む」って指示で動いていたの)

 確かにそうだ。

(じゃ、今回の指示は?)

(あー、ルダーの護衛兼村の問題点の洗い出し……だったはず)

 あれ?
 じゃなんでこんなことやってんだ?

「ルダー」

「ん?」

「代官としてイラードになにか指示を出したか?」

「ああ、政治向きのことはよく判んないから好きにやっちゃってって」

 好きにやっちゃった結果がこれか……。
 たしかにケイロを使ってこっちの肚を探ってきたり先に仕掛けてきたのは村長だ。
 たぶんその後も手を替え品を替えて色々工作してきたんじゃないかな。
 で、イラードが邪魔だと思ったんだろう。
 僕だって村長には早々に交代してもらおうと言う肚づもりはあった。
 ただ、穏便に行きたいという意向があったわけで、ふぅむ……イラードは上手に手綱を捌かなきゃいけない家臣であると肝に銘じておこう。

「どうします?」

 こういうときは喧嘩両成敗がいいんだけど、どっちも処分しちゃったら村の運営が立ち行かなくなるしなぁ……。
 ええい、ルダーの評判はまずまずだっていうし、当面危険はないだろう。
 僕はすぐさま村長を代官屋敷に呼びつける。
 対面した村長は心持ち仏頂面をしている。

「まずは急な呼び出しで申し訳ない」

 と、ひとまずそういってから村の現状を代官から聞いた旨を説明する。

「なにか申し開きはあるか?」

 と、双方に弁明の余地を与える。
 ここで初めて互いの意見を直接聞くことになるわけだ。
 イラードの歯に衣着せぬ辛辣な物言いはこりゃ今後の外交には使えないなぁと再確認させられたし、村長の利己的な既得権益の主張は「ああ、やっぱりね」という感想しか浮かばない。
 はぁ……管理職の悲哀ってやつかねぇ。
 そして、沙汰(さた)だ。

「まずはイラード」

「はっ」

「人の手が足りず有能な人物に大きな裁量権を与えているのはこちらの都合、独断自体を罪には問わない。しかし、その結果としてこのような事態となったことは、やはりお前の責任を問わざるを得ない。本日以降、この村では治安維持以外の裁量権を剥奪する」

「……賜りました」

「次に村長バドー・ボット。己の既得権益を守ることばかり考えていたことは甚だ遺憾であり、今後の村のあり方を考えると長という立場にいることは適切ではないと判断せざるを得ない。よって村長の任を解き、息子のバドロ・ボットに家督を譲って隠居せよ」

 「そんな」と抗弁しそうだったので返事を待たずに判決を続ける。

「最後に代官ルダー・メタ」

「お、俺もか!?

「当たり前だ。今回の騒動、代官の任にありながらその役を放棄してイラードに丸投げしたのがそもそもの発端である。忙しくなるのはその罰だ。イラードが行っていたことすべてお前が責任を持って引き継げ」

「は、ははぁ」

 こんな時まで芝居がかった平伏しやがって……ん? もしかしてここまでがルダーの計画だったのか?
 だとしたらルダー、おそろしい子。
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