第185話 今までが出来過ぎていたと思い知らされる

文字数 1,977文字

現れたのは全身を(うろこ)で覆われた二足歩行の爬虫類っぽいやつだった。

(りゅう)(しゅ)!?

 太い足に鋭い鉤爪(かぎづめ)をもった短い手。
 引きずるような尻尾とギラリと光る牙。
 いやいや、怪物(モンスター)というよりもう怪獣(モンスター)だろ。

「この辺に竜種は生息してないはずだろうが!」

 とガーブラが叫ぶ。

「叫んじゃダメでしょうがっ!」

 それを叫んで言っちゃダメでしょうがっ!
 と、ドブルの後頭部にハリセン叩きつけたい衝動を抑えつつ、腰の剣を抜く。
 通常動物は捕食者も捕食対象者も周囲の景色に溶け込むような体表をしている。
 それはモンスターも同様で、以前遭遇したグラーズラも例外じゃなかった。
 しかし、目の前にいる竜種のモンスターは明らかに周囲から浮いている。
 明らかにイレギュラーな存在だ。

(今は、そんなこと考察している場合じゃないでしょ!)

 ごもっとも。

 森に分け入っている僕らは間違いなく冒険者だ。
 いついかなる事態にも対処できる用意と覚悟を持ってきたつもりでいる。
 実際、全員が軽装ながら鎧を身につけ、武器を携えていた。
 ルビンス率いる護衛兵は全員が帯剣。
 ホークとセイも剣を構えている。
 案内役の二人の狩人は弓を引き絞り、ガーブラとドブルは森の中で取り回しやすい短槍を振り回す。
 似合うなぁ、二人とも。

「竜種との戦闘経験のあるものはいるか?」

 睨み合う中、僕が味方に問う。
 どこからも返事がない。
 つまり、全員初めて対峙するということだ。
 まいったね。

「矢を放て!」

 命令一下、狩人が矢を放つ。
 一本はおそらく目を狙い、もう一本は胸を狙ったんだと思われる。
 しかし、目を狙った矢は外れ、胸の矢は鱗に弾かれた。
 先制攻撃によって戦いの火蓋は切られた。
 爬虫類の見た目なのになかなかどうして大きな鳴き声をあげる竜種は、攻撃をしてきた狩人のうち目を狙った方に襲いくる。
 近くにいたドブルが間に入って横っ面をフルスイングすると突進は止まったが、吹き飛ぶことはなかった。
 しかし、敵が足を止めたのだ。
 そこを見逃す歴戦の戦士はいない。
 兵士の一人が雄叫びをあげ、渾身の力で剣を振り下ろす。
 しかし鱗に傷がついた程度で流血にまで至らない。

「なんて硬いんだ」

 慌てて距離をとったその兵士がうめくのも無理はない。

「ガーブラ、突け!」

「まかせんしゃい!」

 お前は黄色いカレー好き戦士か。
 ガーブラがおそらく全体重を乗せて突き入れただろう槍は穂先の半分がようやく刺さる程度だった。

「ガーブラを援護! 斬りつけるな、尾に気をつけて突け!」

 さすがは護衛隊長。
 ルビンスが命令を下すと、九人の護衛兵が危機一髪ゲームのようにぐるっと竜種の周囲を取り巻いてグサリと体に剣を突き刺す。

「うわっ!」

 そのうちの一人が尾に打たれて一シャルほど弾き飛ばされる。
 やっぱりモンスターだな、尻尾を意識的に使うことができるようだ。

「ドブル、尻尾を地面に縫い付けろ!」

合点(がってん)!」

 承知の助?

(ずいぶん余裕ね)

 そんなこともないんだけど。
 ドブルは一抱えはある尻尾にまたがり、その中程を上から槍で刺し貫く。
 竜種はギャオと叫び身を大きく震わす。

「うおっ!」

 するとなぜか転ぶドブル。
 よく見ると尻尾が尻から抜け落ちているじゃないか。

「トカゲかよっ!」

 思わず声に出してしまったじゃないか。
 本体はガーブラたちに滅多刺しにされているのにまだまだ動きを止めない。
 それもこれも刺突が深く突き刺さらないため、致命傷に届かないんだ。

「ルビンス、口を狙え。どれだけ体表が硬くても内側は柔らかいはずだ」

「承知!」

 みっちり生えている牙をかいくぐって、ルビンスの剣が竜種の喉を貫いて後頭部へ突き抜けた。
 ルビンスは竜種の胸を右足で蹴りつけて剣を抜く。
 竜種は体を支える力が失せたのか、ぐらりと横に倒れた。

「竜種は死んでなお反射で動くという。まだ生きている可能性もあるし、決して油断するな」

 そんなところも爬虫類じみてるんだな。

「大丈夫か?」

 竜種の警戒を三人の護衛兵に任せ、ルビンスは吹き飛ばされ起き上がれなくなっていた兵士に駆け寄る。
 僕もキャラを伴って近寄った。

「隊長……」

「意識を保て。手放すな。意識さえ保っていればお前は助かる」

 それは経験則か?
 それとも根性論か?

「左上腕と胸の骨が三本……肺に刺さっているみたいです」

 キャラが見立てを耳打ちしてくれた。
 たった一撃だったのにそれほどの威力だったのか……。

「衛生兵は?」

「彼がそうです」

 ルビンスが無念そうに答える。

「……魔法師を連れてくるべきでした」

 僕らが見守る中、ごふごふと口から血の泡を吹き、やがて彼は事切れた。

「……肉食獣が集まってこないうちにここを離れましょう」

 狩人の一人が提案してきた。

「そうだな……」

 狩人の指示に従って竜種と戦死した兵士を手早く処置して、僕らはその場を後にした。
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