第239話 文明化も良し悪し
文字数 2,117文字
朝、目覚めると足元に飛行手紙が落ちていた。
拡げるとラビティアからの戦況報告である。
『本日、夜明けと共に開戦す。
午前中は一進一退、やや押されはしましたがなんとか持ち堪える。
日が南中してより三時間、かねて寄りの作戦通り伏兵のカイジョー隊が左右両側面を突き敵勢瓦解、日が沈む前に勝敗決したり。
なお、これより追撃隊を編成し、後を追う所存。
明日、改めて報告候』
「本日」とか「明日」ってのがいつなのか。
まぁ、判るは判るんだけどさ。
もっとこう、書きようってのがあるでしょうよ。
僕は、もう一度手紙に目を通してから上着を羽織る。
…………。
(わざわざ嗅がなくても臭うわよ)
やっぱり?
一応下着は五日に一度は替えているけど、上着はほとんど着たきり雀。
衛生的によろしくないのは判っていても、遠征に水は貴重だし洗濯の時間などおいそれと取れるものじゃない。
そういえば「潜水艦乗りは臭いで判る」なんて話が前世にあったなぁ……とか、余計なことを考えてしまったところで天幕の外から声がする。
「お館様。ご起床でございましょうか」
「ああ、入っていいぞ」
入ってきたのはウータ。
すでに鎧を着込んで支度は整っている。
秋も深まってきたからか気温差で天幕に冷たい風が吹き込んできたのだけど、その風に吹かれてウータの体臭が漂ってきた。
もちろん彼女も例外なく臭いんだけど、酸化した汗と埃の向こうからなんとも甘い女性特有の香りがする。
(欲情するな)
(お、おぅ……)
城を出てからこっち、ご無沙汰だからちょっと溜まっているようだ。
ウータから少し遅れて二人の兵が入ってくる。
僕の身の回りの世話をする係だ。
と言っても大抵のことは自分でするから、せいぜい鎧を着る手伝いをしてもらうくらいのものだけどな。
「明日には町に到着だったな」
「はい。ただ、本日は午後から雨が降るのではないかと兵たちが申しております」
兵の大半は農民兵だ。
天気は経験則からか、かなりの精度で予想を外れない。
「午後から……」
鎧をつける手を止めて、しばし黙考。
「いつまで続く……など判るわけもないか」
この時期の雨は冷たい。
オグマリー領より南に位置し標高も低いとはいえ、そんなに気候は違うまい。
無理をおして兵に風邪など引かれても困るからな。
「雨をやり過ごそう」
「では、ここで休息ということですか?」
「そうなるな」
世話係の二人から喜色の気配が伝わってくる。
(だいぶ気の感知が鋭くなってきたのね)
伊達に修羅場はくぐっていない。
まぁ、それはともかく
「警戒だけは怠るな」
「かしこまりました」
と、雨が止むのを待って進軍を再開することを決めてから今日で三日目。
この間、ラビティアからは二度、飛行手紙が届いている。
雨の中を飛んできた皮紙の手紙は文字が滲んで読めないところが多かったが、読める箇所から推察するにどうやら追撃に失敗というか、主だった武将を取り逃してしまったらしい。
そのため、トゥウィンテルの籠っていた町だけを接収して雨をやり過ごすことにしたようだ。
とりあえずヒロガリー区はあと二町。
僕は、ラビティアに飛行手紙でこちらの目指す町は本軍に任せ、もう一方の町を落とせと指示を出している。
天幕は雨風をしのぐための厚手の幕で覆われているので、中に居続けるのは案外不快だ。
僕は大将として大きな天幕を用意しているので、大人数で雑魚寝を強いられている一般兵よりずっとマシとは言え快適とは言いずらい。
ダメだね、すっかり風呂慣れしちゃって髪がベタつくのとか、旅の垢で体が痒いとかが我慢できない。
風呂を我慢できるのは五日までだな。
雨が降り続けているため煮炊きができず乾パン的なのと干し肉しか食べていないし、雨水ためた桶で体を拭いては見るものの雨の匂いと汗と埃の臭いの中することもなく無為に時間を過ごすのはストレスというか、欲求不満がたまる。
あまり良くないことだけど、この欲求不満の捌け口に町を利用させてもらうことにしよう。
(悪党)
なんとでも言え、リリム。
未明に雨が止んだ。
まだ雨の匂いが残るけど、久しぶりに朝日が望めたしやっぱり外の空気は清々しい。
そこにウータがやってくる。
「お館様。おはようございます」
「オギンはどこにいる?」
「ここに」
(!?)
気配をまったく感じられないのに後ろから声をかけられると心臓に悪い。
「後続の部隊と合流する」
「作戦変更ですか?」
「ああ」
と、ラビティアからの手紙を突き出すと二人が額を寄せ合ってそれを読む。
一読して眉間に皺を寄せたウータが恐る恐る訊いてくる。
「申し訳ございません。これが作戦変更とどう関わりがあるのでしょう?」
判らないか。
そうだな……。
「ヒロガリー区を支配下に収めた後の指揮官候補に入っているんだ。自分で考えてみろ」
と、言ってみる。
だってさ、この作戦は半分八つ当たりなんだもん。
炊事をすませ、露営を片付けながらイラードたちが合流するのを待つ。
僕も手伝う。
なぜか?
体を動かしていないと寒いからだよ。
もう時期雪の季節だな。
ヒロガリー区は雪が降る前に制圧できそうだ。
さて、そろそろその後を考えないとな。
拡げるとラビティアからの戦況報告である。
『本日、夜明けと共に開戦す。
午前中は一進一退、やや押されはしましたがなんとか持ち堪える。
日が南中してより三時間、かねて寄りの作戦通り伏兵のカイジョー隊が左右両側面を突き敵勢瓦解、日が沈む前に勝敗決したり。
なお、これより追撃隊を編成し、後を追う所存。
明日、改めて報告候』
「本日」とか「明日」ってのがいつなのか。
まぁ、判るは判るんだけどさ。
もっとこう、書きようってのがあるでしょうよ。
僕は、もう一度手紙に目を通してから上着を羽織る。
…………。
(わざわざ嗅がなくても臭うわよ)
やっぱり?
一応下着は五日に一度は替えているけど、上着はほとんど着たきり雀。
衛生的によろしくないのは判っていても、遠征に水は貴重だし洗濯の時間などおいそれと取れるものじゃない。
そういえば「潜水艦乗りは臭いで判る」なんて話が前世にあったなぁ……とか、余計なことを考えてしまったところで天幕の外から声がする。
「お館様。ご起床でございましょうか」
「ああ、入っていいぞ」
入ってきたのはウータ。
すでに鎧を着込んで支度は整っている。
秋も深まってきたからか気温差で天幕に冷たい風が吹き込んできたのだけど、その風に吹かれてウータの体臭が漂ってきた。
もちろん彼女も例外なく臭いんだけど、酸化した汗と埃の向こうからなんとも甘い女性特有の香りがする。
(欲情するな)
(お、おぅ……)
城を出てからこっち、ご無沙汰だからちょっと溜まっているようだ。
ウータから少し遅れて二人の兵が入ってくる。
僕の身の回りの世話をする係だ。
と言っても大抵のことは自分でするから、せいぜい鎧を着る手伝いをしてもらうくらいのものだけどな。
「明日には町に到着だったな」
「はい。ただ、本日は午後から雨が降るのではないかと兵たちが申しております」
兵の大半は農民兵だ。
天気は経験則からか、かなりの精度で予想を外れない。
「午後から……」
鎧をつける手を止めて、しばし黙考。
「いつまで続く……など判るわけもないか」
この時期の雨は冷たい。
オグマリー領より南に位置し標高も低いとはいえ、そんなに気候は違うまい。
無理をおして兵に風邪など引かれても困るからな。
「雨をやり過ごそう」
「では、ここで休息ということですか?」
「そうなるな」
世話係の二人から喜色の気配が伝わってくる。
(だいぶ気の感知が鋭くなってきたのね)
伊達に修羅場はくぐっていない。
まぁ、それはともかく
「警戒だけは怠るな」
「かしこまりました」
と、雨が止むのを待って進軍を再開することを決めてから今日で三日目。
この間、ラビティアからは二度、飛行手紙が届いている。
雨の中を飛んできた皮紙の手紙は文字が滲んで読めないところが多かったが、読める箇所から推察するにどうやら追撃に失敗というか、主だった武将を取り逃してしまったらしい。
そのため、トゥウィンテルの籠っていた町だけを接収して雨をやり過ごすことにしたようだ。
とりあえずヒロガリー区はあと二町。
僕は、ラビティアに飛行手紙でこちらの目指す町は本軍に任せ、もう一方の町を落とせと指示を出している。
天幕は雨風をしのぐための厚手の幕で覆われているので、中に居続けるのは案外不快だ。
僕は大将として大きな天幕を用意しているので、大人数で雑魚寝を強いられている一般兵よりずっとマシとは言え快適とは言いずらい。
ダメだね、すっかり風呂慣れしちゃって髪がベタつくのとか、旅の垢で体が痒いとかが我慢できない。
風呂を我慢できるのは五日までだな。
雨が降り続けているため煮炊きができず乾パン的なのと干し肉しか食べていないし、雨水ためた桶で体を拭いては見るものの雨の匂いと汗と埃の臭いの中することもなく無為に時間を過ごすのはストレスというか、欲求不満がたまる。
あまり良くないことだけど、この欲求不満の捌け口に町を利用させてもらうことにしよう。
(悪党)
なんとでも言え、リリム。
未明に雨が止んだ。
まだ雨の匂いが残るけど、久しぶりに朝日が望めたしやっぱり外の空気は清々しい。
そこにウータがやってくる。
「お館様。おはようございます」
「オギンはどこにいる?」
「ここに」
(!?)
気配をまったく感じられないのに後ろから声をかけられると心臓に悪い。
「後続の部隊と合流する」
「作戦変更ですか?」
「ああ」
と、ラビティアからの手紙を突き出すと二人が額を寄せ合ってそれを読む。
一読して眉間に皺を寄せたウータが恐る恐る訊いてくる。
「申し訳ございません。これが作戦変更とどう関わりがあるのでしょう?」
判らないか。
そうだな……。
「ヒロガリー区を支配下に収めた後の指揮官候補に入っているんだ。自分で考えてみろ」
と、言ってみる。
だってさ、この作戦は半分八つ当たりなんだもん。
炊事をすませ、露営を片付けながらイラードたちが合流するのを待つ。
僕も手伝う。
なぜか?
体を動かしていないと寒いからだよ。
もう時期雪の季節だな。
ヒロガリー区は雪が降る前に制圧できそうだ。
さて、そろそろその後を考えないとな。