第87話 チェスや将棋じゃないんだから

文字数 2,194文字

 最初の一斉射撃でのこちらの人的被害は皆無だった。
 とはいえ、あの場所にいると怖いだろうなぁ……。
 やっててよかった町の長。
 こちらはまだ反撃しない。
 そして、二度目の斉射が撃ち上がる。
 何度やっても結果は同じだけど。
 味方陣営には待機の指示が出ている。
 よく守ってくれてます。
 第三斉射の後、敵の弓隊が退き、先陣を任されたのだろう騎馬隊が前に出る。
 想定通りだ。
 サバジュ隊かな?
 オルバック隊かな?
 その数十二騎。
 あ、たぶん両方だな。
 その騎馬隊が走り出す。

「突撃ぃ!」

 と、微かにだけれども、ここまで聞こえて来る。
 その騎馬隊に矢狭間(やざま)から狙ったイラード弓隊の一斉射が放たれる。
 あ・一人落馬した。
 その後は間断なく矢が射込まれるもののこちらの弓隊は十人ちょっと。
 弾幕というにはまばらに過ぎる。
 また一人落馬した。
 ただ、弓隊には戦闘狂の魔法使いラバナルがいる。
 そして……。
 騎馬隊が矢と切り株を避けるために散開した直後、三騎の騎馬が穴に落ちる。
 してやったりだよね。
 切り株を残していたのは時間のないことももちろんあった。
 けど、この「落とし穴」という単純だけど有効な罠をさらに効果的に利用するための仕掛けでもあったんだ。
 切り株を避けて走ろうと思うとどうしてもルート選択が限られる。
 街道の行き来のために開いている出入り口(ゴール)を目指すわけだから守備側としてはルートがある程度読めるわけだ。罠張り放題じゃないか。
 騎馬隊は切り株を避けながらだったこともあり、速度が出ていなかったのだろう。
 さっと退却する。
 いい判断だ。
 闇雲に突っ込んでくれば、もう何騎か落とせただろうに。
 騎馬隊が退がるのと入れ替わるように、盾を持った兵が三人一組になって戦場に残った騎士を回収に来る。
 もちろんイラード隊が見逃すわけもなく、回収前に穴に落ちた騎士に集中砲火を浴びせ、回収していく兵たちにも矢を射掛ける。
 敵軍も回収を救けるためだろう、弓隊を再び前に出して平行射撃でこちらの攻撃を妨げる。
 さて、一番厄介な騎馬突撃の第一波は退けた。
 あの突進力は徒士(かち)兵しかいない我が軍の最も苦手とするものだからね。
 とにかく騎馬兵力を五騎減らせたぞ。

 …………。

 いや、今回は敵軍にも従軍魔法使いがいるらしいからすぐに復帰くしてくるかもしれないな。
 味方としての魔法使いは心強いけど、敵に回すと厄介極まりないな。

 午前中の戦闘はそれで終わった。

「あっさり退きあげましたね」

 おっと、ガーブラが気を抜いてる。
 前回も前々回も割と楽勝だったもんで舐めてかかってる?
 そりゃヤバイぞ。

「サビー」

「はい」

「前線に気を引き締めるように伝令」

「どうしたんです? お館様?」

 ガーブラがまだ判ってない。

「退きあげたのは作戦を練るためだ。敵は作戦を変更してやってくるから気を引き締めてこい」

 意図的にちょっと強く命令する。

「かしこまりました」

 ここで、ガーブラを向かわせないのは気が抜けてるからだ。
 気の抜けた人間の指示では気合は入らない。

「お館様」

「なんだ? オギン」

「お館様なら、どう作戦を変更しますか?」

 ふむ、作戦会議の時にいくつか出た敵の作戦案。
 午前の戦闘は、最も正攻法な戦術だった。
 まさに教科書通りのね。
 矢の弾幕を張って騎馬で一気に押し通り、最後に歩兵が乱れた敵軍に乱戦を挑む。
 教科書すぎて弓隊と騎馬隊が別々に動いてて残念だったけど。
 一つはっきりしたのは指揮官に実戦経験が皆無で、正規軍なのに兵の練度が低いこと。
 きっと机上でしか戦術を知らないんだ。
 どころか、教科書で覚えてるだけ?
 僕は、この事実でこの戦の光明を見た。
 戦力差は倍ほども違うけど、勝てそうだ。
 負けない戦いじゃなくて、勝戦を狙えるぞ。

「お館様?」

「ああ、すまない。僕なら……いや、相手の立場で考えるべきだな。相手は軍備の拡充を怠ってきた男爵軍だ。矢はそれほど多くないと思う。とすれば主力は歩兵の突撃かな?」

 果たして、午後の男爵軍はさっきの半数の弓兵と盾を持った剣兵を率いて、騎兵が一人前に出た。
 さて、どっちの隊だ?
 矢が射られる。

「射て!」

 と、微かに聞こえてくる。
 人数が少なくなった代わりに間断なく矢が射られる。
 剣兵が前進を始める。

「突撃!」

 動きと命令が逆なのはアレか、花火みたいなもんで、音が遅れてくるからか。
 剣兵が突撃で走り出して、何人かが穴に落ちる。
 そこにこちらの弓隊が矢を撃ち上げて攻撃する。
 放物線を描いた矢は、落とし穴のある辺りに降る。
 こちらはちゃんと計算して兵を配置してるのです。

 「前進!」

 今度は、声の方が先に聞こえたぞ。
 弓隊が矢を射掛けながらゆっくり前進を始める。
 なるほど、悪くない。
 弓兵同士なら数を頼んで戦況を有利にできるかもしれないね。
 弓だけなら。
 敵の弓隊は一人、また一人と倒れていく。
 えげつないね。
 きっと嬉々として鉄の弾丸を撃っているんだぜ、ラバナルは。
 ありがたいけどね。
 その間に、柵の内側で、味方の歩兵が移動する。
 所定の位置についたのだろう、立てていた槍を胸の高さに倒して構える。
 そろそろだろうとカイジョーあたりが読んでいるのだろう。
 さすがだ。
 実際、矢と穴をかわした剣兵が柵の入り口にたどり着こうとしていた。
 味方は槍兵、敵は剣兵。
 さ、どっちが勝つでしょーか?
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