第252話 攻城戦 6

文字数 2,556文字

 サバジュ。
 僕の記憶が確かなら、彼もバコードと一緒にオルバックの援軍として僕の村にやってきた武将の一人だ。
 大将がバコードで副将がオルバックとサバジュだったかな?
 戦術家としての手腕はそれほど高くない。
 あの時も敵兵数は味方の倍、しかもほとんど戦闘経験のなかった村人で塀と置き楯、落とし穴など地の利を活かした戦略と奇襲で跳ね返した。
 軍を率いる将としては二流三流でも戦士としてはそこそこ強いんだろう。
 バコードは最初のうちサビーと互角に剣を交えていたし、目の前のサバジュも剣筋がぶれていない。
 魔法効果で見切りの精度も上がっているから、余裕を持ってかわせるけどね。
 しかし、こうして一騎打ちをしてみるとサビーが相手に合わせて戦っていたように見えた理由が判った。
 ちゃんと習った剣術はやっぱり隙が少ない。
 剣道と違って相手よりちょっとでも早く相手に当たればいいってものじゃない。
 柳生(やぎゅう)(じゅう)兵衛(べえ)三厳(みつよし)の逸話の一つに、ある浪人と試合った際、一見すると相討ちと取れる勝負に「己の勝ち」だと主張したのにこれを不服に思った浪人と再度、今度は真剣での勝負をしたと言うのがある。
 勝負は先ほどのものとほとんど同じに見えたが、十兵衛は着物が少し斬られただけで相手の浪人は斬り殺されたという結末だ。
 なにが言いたいかって言うと、下手すると自分が斬られちゃうようなヘマはできないってこと。
 そもそも僕も相手も鎧で身を固めているから下手なところに当たると剣の方がダメになる。
 長く素振り稽古をしてきたから太刀筋はしっかり振れるようになって、巻藁なら上手に斬れる程度には上達した。
 たぶん、前世の僕よりしっかり振れているに違いない。
 だからと言って相手のいる真剣勝負で同じことができるとは限らない。
 しっかり集中して自分のタイミングで据えものを斬るのとは訳が違う。
 狙うならどこだ?
 僕の基礎は剣道だ。
 面胴小手……どこを狙っても上手に斬れる気がしない。
 やっぱり突きか。
 突きで狙うなら喉。
 でも、弱点なのは常識だから鎧で十分守られている。
 あとは可動域の確保のためどうしても解放されている間接部分だけれど、喉と違ってよく動くので狙いを定めづらいなぁ。

「どうした、手も足も出ないか」

 一方的に攻めているからか、そんなことを言ってくるけど僕の意図が読めない辺り、戦士としてもたいしたことないかも知れない。
 チラリと視界に入ったガーブラはもうティブルックを討ち取ったらしい。
 僕はちょっとずつ見切りの精度を高めつつ、勝機を伺うことにした。
 それまでは一シャッケンくらいの余裕を持って交わしていたのを八スンブ、五スンブ、三スンブと、体に近いところを剣が通るようにする。
 一スンブの見切りでかわすようになった頃、サバジュが勝ち誇ったように

「余裕がなくなってきたようだな。どうだ、そろそろかわしきれなくなるぞ」

 とか言ってくる。
 ムッ。
 むしろ慣れてきて余裕が出てきたからぎりぎりでかわしているんですけどぉ?

(……大人気ない)

 リリムに言われちゃしょうがないな。
 僕は頃合いを見計らって、部屋の角に背を預ける。
 ちょっと、ビビった顔して刀を正眼に構える。
 すると、サバジュは剣戟を止めて高笑いをあげる。

「もう逃げ場はないぞ。覚悟しろ謀反人」

 と、剣を大上段に振り上げた。
 それを待っていたのだよ、ごっつぁんです。
 剣を振り上げたことでガラ空きになった右脇に向かって突き! 一度引いて今度は左脇に突きの二段突きだ。
 最初の突きは狙い通りだったけど、二段目はなんとか脇に突き入れただけ。
 くそっ、精度が甘い。
 とはいえ、これで剣を持つことはできなくなっただろう。
 特に右脇からは大量に血が噴き出しているから、致命傷になったかも知れない。

「やりましたな、お館様」

 と、ガーブラが褒めてくれる。
 平気なつもりでいたけど、終わったらドッと汗が吹き出してきたし息も荒い。
 肩で息をしながらズラカルト男爵に目を向けると、蒼ざめた少年と震えながらも剣を抜いて構える青年の姿が。
 その青年の肩に手をやったズラカルト男爵は小さく「降参だ」と呟いた。
 はぁ……やった!
 勝ったぞ。

「では、まずは停戦を呼びかけてもらいましょうか」





 ズラカルト軍から停戦命令の鐘が鳴らされ、拡声魔法で増幅された僕の声が我が軍の勝利を宣言する。
 その後八半時間としないうちに戦闘のほとんどが終わった。
 負けを認めたくない一団が、なおも徹底抗戦を続けたり城から逃げ出したようだけれど、僕は城の窓から顔を出して勝鬨を上げさせるため、再び拡声魔法で「えいえい」と叫ぶ。

「おーっ!!

 と、帰ってくる声のいつ聞いても気持ちいいことよ。
 戦後処理は敵兵の武装解除から始まる。
 男爵たちをイラードと十人ほどの兵に任せ、階段を降りていくと、五十人は倒したんじゃないかという屍の中に仁王立ちするサビーとそばに佇むトビーがいた。
 生き残っている敵兵は二十人もいないかも。
 いやいや、魔法効果とはいえ鬼だな。
 味方には黒い稲妻とか呼ばれてるけど、敵には黒い悪魔とか呼ばれそうだぞ。

「おお、お館様。助かりました」

 がサビーの開口一番だった。
 そして、僕の耳元で

「危うく魔法効果が切れてしまうところでした」

 と、ささやく。
 いやあ、僕も平気そうな顔して歩いてきたけど階段降りるのも一苦労だよ。

「疲れたであろう。サビー、トビー。ゆっくり降りてこい。オギン、二人を任せたぞ」

「ありがとうございます」

「ガーブラ、敗残兵を連れて先にカイジョーの元へ行け」

「判りました」

 味方だけになったところでオギンが声をかけてくる。

「お館様を護る武将がおられなくなりましたが、大丈夫ですか?」

 あー……うん、そうだな。

「チャールズがいるから大丈夫だろう」

 昔大怪我をした当時、村には魔法使いがおらず完治することができなかったため足が不自由で車椅子を使用しているチャールズだけど、ラバナルの直弟子にして「ワシに次ぐ」と言わせしめる魔法使いだ。
 他にも魔法部隊がいて三十人もの歩兵にも守られているんだから、なんとかなるだろ。
 あとは、弱みを見せずにどれだけ普通に歩いてみせるかだけだ。
 あー、やっぱ能力向上魔法、自分で使うんじゃなかった……。
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