第118話 男の覚悟は人生の道しるべ

文字数 2,640文字

 朝、僕らを乗せたホルス車が一台、町を出発する。
 御者にチロー、車の中には僕とサラ、そしてサラの世話係カルホ。
 護衛としてルビンスとサビーがホルスに騎乗してついている。
 前日、先触れとして第一中の村にキャラとホタルが、第二中の村にコチョウとキキョウがそれぞれ出立している。
 僕らは前日、町の様子をノサウスに案内されて視察していた。
 残してきたルビレルを中心に今日から事前交渉が開始される予定だ。
 その間に二つの村を正式に傘下に組み入れるため、僕らは移動中というわけだ。
 予定では先に第一中の村へ。
 町から村までは半日の距離だ。
 第一中の村と第二中の村を直接つなぐ道はないので、明日いったん町に戻ってきて改めて第二中の村へ移動する。
 村同士というのはそれほど交流がなく、村の中でほとんどが完結してるということだろう。
 最奥の村と言われていた僕の故郷もキャラバンが時折来るくらいで生活用品のほとんどは自給自足だった。
 道は決してよくはなくても半日の旅程で着く距離の道中は特になにも起こることはなく、村に到着した。
 村はぱっと見でも荒れた感じがする。
 規模としては五、六十人規模の村だと思うんだけど空き家も多く、集落人口で四十人くらいじゃないだろうか。
 ここでもキャラが出迎えてくれる。
 村長の家までの間にキャラに村の現状を尋ねると、

「ここは第三中の村同様モンスターに襲われやすいこともあって逃げ出す村人も多かったようです」

 との返答。

「じゃあ、うちの町にもこの村から移住してきた人、結構いるのか?」

 その質問に答えたのはカルホだ。

「たしか、アニーちゃんたちがこの村の出身だよ」

 そうか。
 てことは五年くらい前に盗賊に襲われて以降も頻繁にモンスターに襲われてたりするわけだ。
 そりゃあ逃げ出したくもなるか。
 それにしたって、いくら文明水準的に未熟で人の命が軽いからと言っても、この世界の田舎村は防衛意識低すぎないか?
 これじゃまるで日本の中世だべや。
 モンスターも存在する世界なんだからもうちょっと改善の余地というか対策があってもいいと思うんだけど。
 そんなことを思っているうちにホルス車は村長の家に到着し、村長に迎えられ招かれた家でとどこおりなく手続きが終了してささやかな晩餐へと続く。
 ここら辺りは特段語ることもないよな。
 コロニーの中心である町がこちらに帰順するのに衛星の一つでしかない村ひとつが抵抗するなんて選択肢はないさ。
 翌日午前中に村の様子を視察して町へ戻り、一晩代官館に泊まって第二中の村へ。
 こちらも第一中の村ほど荒れてはいなかったけれど、人口流出で寂れた感が拭えなかった。
 そして改めてチカマックとの会談が行われた。
 五日ぶりの会談は互いに事前折衝をしたルビレルとオギン、少し硬さのあるノサウスと飄々としたサイが同席している。
 もちろん、サラも一緒だ。

「──双方に異論のないこれらの案件はこのままでよろしいですか?」

 街道整備をメインに懸案事項の大半が問題なく合意となった。
 まぁ、それほど多岐に渡る議題があったわけじゃない。
 そこはそれ、しょせん地方の農村運営だ。

「いいでしょう」

 僕からの提案が大半だったのもあるし、合意しているんだから異論はない。

「では、合意に至っていない議題と懸案事項の話し合いに移りましょう」

「難色をしめしているのは再開発の件となんでしたっけ?」

 と、すっとぼけて見せるがもちろん事前にルビレルから話は聞いている。
 身分と財産保証だ。
 この国は封建国家なので当然身分制度があり、国王を頂点にした貴族階級と同等の立場にある聖職者階級、その下に農民階級、自由の民がいる。
 自由の民というのはキャラバンを組んで商売をしている人や傭兵といった土着していない階級外の人を指す。
 二つを合わせて平民階級ともいう。
 階級制度的には農民階級と自由の民では農民階級の方を上級としているが経済力・武力を背景に貴族階級と対等以上に渡り歩く自由の民の方がなにかと優遇されることが多いようだ。
 厳密には各階級はもう少し細かく分けられている。
 貴族なら爵位がある上級貴族とその部下である騎士。
 農民は貴族ではないが自分の土地をもち小作人に土地を貸す大地主、自分の畑を耕す地主、土地を借りて耕す小作人、そして大地主や領主に所有権がある農奴だ。
 農奴は奴隷階級と主張する貴族もいるが一応、制度上は農民階級として扱われているそうだ。
 ちなみにバロ村ボット村セザン村は少し特殊で、バロ村は国王地、ボット村セザン村はズラカルト男爵所有の共有農地と自宅周辺の自分の畑という構図だった。
 もっとも、僕が独立を宣言したのでちゃぶ台返しになってるけど。
 ということで、それまでの三村同様公地として農産物から税を徴収したい僕と、財産である土地を取り上げられたくない町側の意見対立があるわけだ。

「ワタシとしては、事務処理が簡略化するのでこの提案はありだと思うのですが……」

「そりゃあお主は平民出で資産持ちでもないからそう言えるのだろうがな、ことは身分と財産の問題だ。持てるもの、奪われるものの感情も考慮に入れて考えろ」

「ですが、税制のシンプルさは魅力ですし、農民階級も複雑な階層分けがなくなれば行政官としては願ったり叶ったりです」

 こっちを無視してノサウスとサイがもめている。
 慣習と感情に重心を置くノサウスと冷徹にメリットデメリットを推し量るサイという構図はむしろ僕の出る幕がない。

「ジャン殿」

 と、チカマックがいうと二人は議論をやめる。

「ジャン殿は新しい身分制度を考えているのですね?」

 あー……うん、王国基準の身分制度とは違うものだね。
 前世の四民平等まで導入する気はないけど。
 いや、むしろ制度的には古代の制度を導入しようとしているのかな?

「新しいというのかな? 僕が農民出だから農民に優しい制度設計を考えたつもりなんだと思うけど」

「私も土地を持たない下級貴族ですからね、めんどくさい階級制度はうっちゃるのもやぶさかじゃあありませんよ? でも、今の制度で優遇されている人間にとっては権利を奪われることになりますからねぇ……公地を耕すのは公民ということになりますが、あなたは絶対的支配者を目指しているんですか?」

 おっと……そうなるのか。
 僕をじっと見据えるチカマックから目を離すことなく覚悟のありようを見つめ直す。
 どれほど見つめあっただろう?
 やがて僕はこう返す。

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