第280話 会談 2
文字数 2,399文字
「つまり、アシックサルはこれをその裏切り者から手に入れたというのだな?」
「報告から推察するにそれ以外には考えられないかと」
「しかし、すごい魔道具を考えたものだ。そなた『異界の賢者』を飼っているのではないか?」
その考察は当然の帰結だからちょっとはドキッとしたけど想定内だ。
だけど、主家ではないにしても領主を前にして「そなた」呼ばわりかよ。
少し立場を判らせなきゃこちらの立場が軽く見られる。
「仲爵殿。その者」
と、白ヒゲじいさんをあごでしゃくってみせる。
「この場にはふさわしくないようだ」
「なんだと!?」
気色ばむじいさんは無視する。
「先ほどたしなめられたにもかかわらず同盟相手への度重なる不敬を自覚しておらぬようだ。仲爵殿ならいざ知らず、たかが老将の分際で領主をそなた呼ばわりするような見識では仲爵殿の評判を落とすことになると思いますが、いかに?」
「貴様、成り上がり者の分際でこのワシを愚弄するか」
「タイクバラ。ジャン殿のいう通りだ。控えよ」
「殿」
「部下の非礼は謝らせていただく」
言葉としてはとても謝っているうちに入らないんだけど、それは受け入れよう。
しかし、伊達に乱世に領主で居続けているわけじゃあないようだな、大した度量だ。
こちらも一層締めてかからなきゃ、喰われてしまう。
「殿!」
「タイクバラ殿、そこまでになさいませ。それ以上はジャン様のいう通り、殿の評判に関わりますぞ」
いかにも文官筆頭という感じの熟年男性にたしなめられて、タイクバラ老は不承不承を全身に表しつつも口をへの字に結んで黙り込んだ。
「さて、我らがアシックサルに手榴弾の技術を提供したなどという疑いは晴れたかと思いますが、技術が流出したことは事実であり結果同盟相手たるドゥナガール様にご迷惑をおかけしたことに対しては、こちらも相応の誠意を見せなければなりますまい」
ここからがこの会談の本番だ。
アシックサル領に攻め入ることはドゥナガール仲爵と同盟を結ぶと決めた時点で既定路線だった。
だから仲爵から持ちかけられなくても出兵はする気でいた。
問題なのは同盟関係の円満を維持しつつ侵攻するにはどのように話を進めればいいのか? という点にある。
「どうするおつもりですか?」
と、側近の文官が訊ねてくる。
「まずはその手榴弾、私に随伴してきた魔法使いに魔法陣の構築法を教えさせましょう。これで、アシックサル軍とも対等に戦えましょう」
「このサイズなら、投擲も容易に行えよう。戦術次第ではあるが、こちらの優位で戦えよう」
手榴弾は元々投擲兵器だからね。
ボーリング大の「弾ける球」なんかよりずっと戦術の幅を広く使える。
「次に、改良した照明 を賠償がわりに提供いたします」
照明 は魔力を蓄えたさせた水(領内ではずいぶん前から「蓄魔力水」と呼んでいる)から魔力を魔法陣を刻み込んだ宝石に吸い出し、宝石を発光させて明かりを灯す魔道具だ。
チカマックたちが魔力を最大限に水に溶け込ませる技術を確立し製品レベルに落とし込んだ魔道具蓄電池 を使えば百ワット相当の光量で五日は発光できる最新の照明を惜しげもなく提供する。
あ、蓄電池の方は提供しない。
蓄電池は戦略的に可能な限り秘匿し続けたい魔道具の一つだからね。
代わりに魔力を水に溶かす最初期の方法を提供する。
宝石に魔力を込める技術は同盟締結時に着火機 、照明と共に提供していたけれど、水は宝石よりより簡単にそしてより多くの魔力を蓄えることができる。
我が領内ではすでに生活に余裕のある家庭で魔力水が日常的に使われている。
だから、ドゥナガール仲爵もスパイからその報告を受けているはずで、知っていればぜひとも欲しい技術だろうと前日の話し合いで提供することを決めていたものの一つだ。
「それはすごい」
と、思わず漏らしたのは側近の文官。
「最後に、アシックサル領侵攻は私に任せていただきたい」
「なに?」
またタイクバラが気色ばむ。
まあ、これは致し方ない。
「最後まで話を聞いていただこう。ドゥナガール様は三つの同盟領と一つの不可侵協定を結んでいる領をお持ちだ」
「うむ、領を接していてなんの取り決めもしていないのはアシックサルのところだけだ」
「領土的野心はおありになりませんか?」
「なるほど、なかなかの食わせ物だ。怖い怖い。できればここで亡きものにしたいものだ」
ちょっとセールストークを間違ったみたい……いや、性急にことを進めすぎて不用意に大事な同盟相手の猜疑心を刺激してしまったようだ。
それにしても怖いことをまったく躊躇なく言うな。
背筋に冷たいものが流れたよ、ほんと。
けど、「したい」ってことはしないって言ってると解釈できるな。
ひとまずは安全を確保できているんだろうけど、もう少し慎重にことを進めなくちゃ。
「私の情報網によれば、各地に勃興した勢力が離合集散を繰り返しているとか」
「ああ、すでにいくつもの領地がそなた同様新興勢力に簒奪されている」
「これは手厳しい」
「力なきものは乱世に飲み込まれると言うことだ。ワタシはそうはなりたくない」
仲爵も今の状況に危機感を持っていることが窺える。
そりゃそうだ。
周辺すべてが同盟相手では乱世に取り残される。
もともとの貴族領主だけならかりそめの平安で問題を先送りしてもいいだろう。
平時ならむしろそれこそが安寧の道だ。
しかし、戦国乱世で下剋上が繰り返されている。
いつ自分のところに火の粉が降りかからないとも知れない。
生き残るためには少しでも富国に励み強兵に努めなければならないことは、領主なら痛感しているだろう。
しかし、強引な領地拡張は隣接する他の領主との軋轢にもなる。
だからと言って慎重にすぎて手をこまぬいていてもジリ貧、逆に攻めこまれないとも限らない。
仲爵としてもそれは痛いほど判っているから僕の不用意な発言に逆に心が動いたのだろう。
「報告から推察するにそれ以外には考えられないかと」
「しかし、すごい魔道具を考えたものだ。そなた『異界の賢者』を飼っているのではないか?」
その考察は当然の帰結だからちょっとはドキッとしたけど想定内だ。
だけど、主家ではないにしても領主を前にして「そなた」呼ばわりかよ。
少し立場を判らせなきゃこちらの立場が軽く見られる。
「仲爵殿。その者」
と、白ヒゲじいさんをあごでしゃくってみせる。
「この場にはふさわしくないようだ」
「なんだと!?」
気色ばむじいさんは無視する。
「先ほどたしなめられたにもかかわらず同盟相手への度重なる不敬を自覚しておらぬようだ。仲爵殿ならいざ知らず、たかが老将の分際で領主をそなた呼ばわりするような見識では仲爵殿の評判を落とすことになると思いますが、いかに?」
「貴様、成り上がり者の分際でこのワシを愚弄するか」
「タイクバラ。ジャン殿のいう通りだ。控えよ」
「殿」
「部下の非礼は謝らせていただく」
言葉としてはとても謝っているうちに入らないんだけど、それは受け入れよう。
しかし、伊達に乱世に領主で居続けているわけじゃあないようだな、大した度量だ。
こちらも一層締めてかからなきゃ、喰われてしまう。
「殿!」
「タイクバラ殿、そこまでになさいませ。それ以上はジャン様のいう通り、殿の評判に関わりますぞ」
いかにも文官筆頭という感じの熟年男性にたしなめられて、タイクバラ老は不承不承を全身に表しつつも口をへの字に結んで黙り込んだ。
「さて、我らがアシックサルに手榴弾の技術を提供したなどという疑いは晴れたかと思いますが、技術が流出したことは事実であり結果同盟相手たるドゥナガール様にご迷惑をおかけしたことに対しては、こちらも相応の誠意を見せなければなりますまい」
ここからがこの会談の本番だ。
アシックサル領に攻め入ることはドゥナガール仲爵と同盟を結ぶと決めた時点で既定路線だった。
だから仲爵から持ちかけられなくても出兵はする気でいた。
問題なのは同盟関係の円満を維持しつつ侵攻するにはどのように話を進めればいいのか? という点にある。
「どうするおつもりですか?」
と、側近の文官が訊ねてくる。
「まずはその手榴弾、私に随伴してきた魔法使いに魔法陣の構築法を教えさせましょう。これで、アシックサル軍とも対等に戦えましょう」
「このサイズなら、投擲も容易に行えよう。戦術次第ではあるが、こちらの優位で戦えよう」
手榴弾は元々投擲兵器だからね。
ボーリング大の「弾ける球」なんかよりずっと戦術の幅を広く使える。
「次に、改良した
チカマックたちが魔力を最大限に水に溶け込ませる技術を確立し製品レベルに落とし込んだ魔道具
あ、蓄電池の方は提供しない。
蓄電池は戦略的に可能な限り秘匿し続けたい魔道具の一つだからね。
代わりに魔力を水に溶かす最初期の方法を提供する。
宝石に魔力を込める技術は同盟締結時に
我が領内ではすでに生活に余裕のある家庭で魔力水が日常的に使われている。
だから、ドゥナガール仲爵もスパイからその報告を受けているはずで、知っていればぜひとも欲しい技術だろうと前日の話し合いで提供することを決めていたものの一つだ。
「それはすごい」
と、思わず漏らしたのは側近の文官。
「最後に、アシックサル領侵攻は私に任せていただきたい」
「なに?」
またタイクバラが気色ばむ。
まあ、これは致し方ない。
「最後まで話を聞いていただこう。ドゥナガール様は三つの同盟領と一つの不可侵協定を結んでいる領をお持ちだ」
「うむ、領を接していてなんの取り決めもしていないのはアシックサルのところだけだ」
「領土的野心はおありになりませんか?」
「なるほど、なかなかの食わせ物だ。怖い怖い。できればここで亡きものにしたいものだ」
ちょっとセールストークを間違ったみたい……いや、性急にことを進めすぎて不用意に大事な同盟相手の猜疑心を刺激してしまったようだ。
それにしても怖いことをまったく躊躇なく言うな。
背筋に冷たいものが流れたよ、ほんと。
けど、「したい」ってことはしないって言ってると解釈できるな。
ひとまずは安全を確保できているんだろうけど、もう少し慎重にことを進めなくちゃ。
「私の情報網によれば、各地に勃興した勢力が離合集散を繰り返しているとか」
「ああ、すでにいくつもの領地がそなた同様新興勢力に簒奪されている」
「これは手厳しい」
「力なきものは乱世に飲み込まれると言うことだ。ワタシはそうはなりたくない」
仲爵も今の状況に危機感を持っていることが窺える。
そりゃそうだ。
周辺すべてが同盟相手では乱世に取り残される。
もともとの貴族領主だけならかりそめの平安で問題を先送りしてもいいだろう。
平時ならむしろそれこそが安寧の道だ。
しかし、戦国乱世で下剋上が繰り返されている。
いつ自分のところに火の粉が降りかからないとも知れない。
生き残るためには少しでも富国に励み強兵に努めなければならないことは、領主なら痛感しているだろう。
しかし、強引な領地拡張は隣接する他の領主との軋轢にもなる。
だからと言って慎重にすぎて手をこまぬいていてもジリ貧、逆に攻めこまれないとも限らない。
仲爵としてもそれは痛いほど判っているから僕の不用意な発言に逆に心が動いたのだろう。