第322話 チートのなさと運のなさ

文字数 2,681文字

 砦の通路は寄せ手に対する防御の意味から狭い。
 この砦だとだいたい三シャル半ってところだろうか?
 この世界の長さの単位と数字上比較するのは困難だけど、体感的に畳の長辺(約一八〇cm)の倍と考えれば能力向上魔法の効果がなくても問題なく飛び越せるだろう。
 ちなみに前世の二十代の走り幅跳びの平均記録がざっくり4.5mだ。
 そういえば前世のTVで観たパルクール、知ったのが二十代後半で仕事も子育ても忙しかったから諦めたんだけど、やってみたかったなぁ。

(今やってるじゃない)

(うーん……宙返りとかしながらやりたいのよね。鎧着てたら絶対できそうにないけど)

 まぁ、そう言いながら目的の場所までの最短距離を考えながら立ち止まって助走をつけなおすこともなく走り続けているんだから、これはこれで疾走感があって気分が昂揚してるんだけどね。
 おっと。
 高低差のある建物へ飛び移るのはさすがにそれまで同様というわけにはいかないか。
 それでも屋上の縁に片手をかけ、壁を駆け上がるように乗り越えてみせる。
 おお、ジャッキーみたいだったんじゃね? 今の。
 さて、もっとも頑強に抵抗している激戦区に向かって飛び降りる。
 こんな時アニメなんかだとなぜか開けている場所にカッコつけて着地し、衆目を集めてからやおら立ち上がって無双したりするんだろうけど、そんなもったいないことはできない。
 僕は狙いをつけてもっとも屈強な敵兵めがけて飛び降りる。
 狙い違わずその肩口に乗りかかるように落ちたものだから尻から骨の折れる振動と音が聞こえた。
 ついでにその男の後ろにいた何人かの敵兵も巻き込んでやったぜ。

「お館様」

 ここで味方の士気をあげずになんの大将か?

「朝から戦い続けで疲弊しているかもしれんが、ここが踏ん張りどきだ。我に続け!」

「応っ!!

 いい返事だ。
 膠着……いや、やや圧されていた戦場がにわかに形勢を逆転させて押せ押せムードになる。
 はずだった。
 視界の右端から棒状の金属が飛び込んできたので咄嗟に槍を立てて受け止めつつ左に横っ飛び。
 危なかった。
 金属製の槍がへしゃげてるじゃないか。
 木製の柄だったらと思うとゾッとする。
 それ以前に能力向上中じゃなかったら防げたかも怪しい。

「名のある武将とみた。ワシは砦の守将カイセイン。ソナタの名を聞こう」

 なんてこった、よりにもよって当たりを引き当てちまったらしい。
 とはいえ誰何(すいか)されて応えないのも領主として、総大将としてとれない選択だ。

「我が名はジャン。総大将のジャン・ロイである」

「なるほど。貴様を倒せばこの戦は勝てるということだな」

 まったくもって戦闘狂とは度し難い。

「逆もまた然り」

 しかし、これまた逃げるという選択肢は選べそうにない。
 ここで逃げたら味方の士気がだだ下がりになって負けてしまいかねない。
 僕は魔法の効果に賭けて戦うことにした。
 二人の周りに場ができる。
 うわっ、一騎打ち!?
 まぁ、一般兵には酷な相手だし仕方ないのか?
 まずは様子見として半ばでくの字に曲がっている槍を構える。

「そんなものでワシに勝てるかぁ!」

 振り回してくる剣を二合三合と受け止めるがその都度手にジンと痺れが生まれて体を持っていかれる。
 能力向上魔法で全体的に戦闘力が上乗せされていてコレかよ。
 パワーはガーブラ以上だな。
 七合目を受け止め損ねてというか、手が痺れ切ってしまって槍を握り続けられなくなり、弾き飛ばされてしまう。

「もらったぁ!」

(残念でしたぁ!)

 心の中で舌を出しつつ、振り下ろされる剣を(たい)(さば)いて(かわ)す。
 実のところ避けるだけならいつでもできたのだ。
 なにせガーブラとの模擬戦では僕の方が勝率がいい。
 力押しの相手は前世の頃からお得意様だった。
 そういう意味で魔法で身体能力だけでなく反射神経の向上や周辺視野が拡がることは、僕の戦闘スタイルに有利に働く。
 腕の痺れが取れるまで暴風のように振り回される剣撃を交わし続けるのは、決して簡単なことではない。
 しかも、このカイセインという男の膂力から繰り出される一撃一撃は一歩間違えれば胴を二つに切り裂けそうな威力を秘めている。
 擦り減る精神力と減り続ける魔法の効果時間と腕の痺れの回復具合を天秤にかけながら相手の隙をうかがい続けるのはものすごいストレスだ。

「ちょこまかと」

 ちょこまかと動くのが僕の十八番(おはこ)だからね。
 剣道部にいた時は誰かがどこで仕入れてきたのか桂小五郎のエピソードを持ってきて「お前はイナゴのようにはしこく逃げ回るよな」とか言われたもんだ。
 なんと言われようと体格的に恵まれた方じゃなかった僕にとって勝つために選んだ戦術だったから馬耳東風を決め込んだのはいうまでもない。
 もちろんただ逃げているだけじゃないぞ。
 左右に振り回す剣は円運動でスムーズに次の攻撃に繋げてくるけれど、振り下ろしの攻撃は必ず停止する瞬間がある。
 逆袈裟の時は腕の振りの都合からその瞬間はほんの一瞬しかないが、袈裟斬りはなぜかきれいに振り切ってしまうので、完全に動きが止まる。
 狙うとすればその一瞬だろう。
 さて、じゃあどこを狙う?
 相手は一軍を統べる大将だ。
 当然、豪華な鎧に身を包んでいる。
 一目でひとかどの武将だと判るほど全身を覆っているので一太刀で決めようと思ったら狙える場所は限られている。
 そのどこもがスキマとしかいえないような場所ばかり。
 首、(えき)()、腿の付け根。
 太い動脈を斬れば勝ちである。
 手首や肘の内側も狙えるが、失血するまで時間がかかるだろうから膝裏ともども却下だ。
 次は攻撃方法、斬るか突くか……は、状況次第な。
 斬る気のみで待っていて必殺の突きのチャンスを逃したなんてそりゃダメだ。
 !?
 突然、僕の目に袈裟斬りにせんと振り上げたカイセインの腋の下がコンピューターゲームのターゲットマークのようにそこだけ光って見えた。
 これは千載一遇のチャンスだったんだ。
 もう、こんな決定的チャンスは二度とこないかもしれない。
 僕はほとんど反射でその右脇めがけて刀を一閃した。
 突ければ討ち取れていたに違いない。
 残念だ。
 本当に残念なことに痺れの残っていた手で刀を持つことを嫌い、刀は腰に差していた。
 抜き打ちするしか選択肢がなかった不運を嘆くしかない。

「カイセイン様!」

 鎧に阻まれ致命傷を負わせることのできなかったカイセインを部下が守り守って退却していく。
 おかげでと言っていいのか、おおいに敵兵を討ち取って砦は陥落したのだけれど……かえすがえすもカイセインを討ち漏らしたことが残念でならない。
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