第94話 春はお引っ越しのシーズンですか?

文字数 2,436文字

 春になった。
 村が僕を残して全滅してから四年目の春、僕は十八になっている。
 ズラカルト男爵軍との衝突では結構な被害が出たけれど、人的被害以外はだいたい回復した。
 町の中に軍を入れなかったのが功を奏したのは間違いない。
 雪解けと共にかねてから計画していた宿場町建設団を派遣。
 キャラバンは行商に旅立った。
 今僕は隣村に来ている。
 こちらも戦前の約定によって僕の傘下に入ることを正式に承認するためのものだ。
 村長を町に呼びつけてもよかったんだけど、こちらから出向くことで今後の為政を少しでも有利にしたい思惑があったからね。
 使節団は僕を筆頭にサビー、イラード、ルダー、オギンの四人。
 僕を領主として認めるという文言を確認して、皮紙に署名捺印を取り交わす。
 これで晴れて僕は正式に二ヶ村の領主だ。
 建設中の宿場町が完成すれば四ヶ村の領主になる。
 村長と握手を交わして調印式が終われば昼食会だ。
 村からは村長とその息子夫婦、孫のケイロが参加した。

 …………。

(なにか不服そうね)

 リリムが声に出さずに訊いてくる。
 この場には前世持ちのルダーがいるから、そういう配慮をしたのだろう。

(うん、村長の親族しかいないのがね)

(なにか問題?)

(大いに問題だね。この村にはこれまでに二回来ているけど、交渉の場に村長以外の人が立ち会ったのは初回のケイロだけ。あれも食事の席でこちらから切り出したんでたまたま同席していただけって気がするんだ)

(そう言えば前回来たときも息子さんたちを用事に出してから交渉を始めてたわね)

(村長には早々に交代していただこう)

 とはいうものの、じゃあ誰に交代するかと言えば悩ましい。
 町から選ぶのは下の下策だ。
 村長だけでなく村人全員を敵に回すことになりかねない。
 かといってこの村の誰かで村長の代わりが務まるのかと考えると誰もいないのが現状だ。
 自分の見たところケイロが村で一番賢いけど、さすがに未成年のケイロに村の経営が務まるとは思えない。
 なによりケイロにはもっと色々学んで僕の役に立って欲しいと思っている。
 ともあれ、表面上まったく落ち度のない村長を更迭できるわけもなく、しばらくは静観するしかないだろう。
 村には代官屋敷が建っていた。
 前回来たときに要望を出したものだ。
 僕らが来たときに泊まる用の家で、ジャスを棟梁に町側の資材で建築したルンカー造りの二階建てだ。
 ぶっちゃけ農業指導を表向きの名目に代官としてルダー一家を常駐させることになっている。
 僕らは明日には帰るけど、ルダーとイラードにはそのまま残ってもらう。
 イラードにはしばらくルダーの護衛兼村の問題点の洗い出しをしてもらう予定だ。
 会食後、早々にケイロに案内されてその代官屋敷に引き上げる。

 …………。
 
 どうもケイロが挙動不審なので帰るのを引き止めて世間話に付き合わせることにした。
 賢いといってもまだまだ未成年の村人1。
 会話の中でカマをかけるとわりと判りやすく動揺したり喋ったりしてくれたので「ちょろいな」と、思ったのはここだけの秘密だ。
 要約すると、村長のスパイをさせられているってところだった。
 はい、早速始まりましたね。
 肚の探り合いは、政治のイロハってことでしょうか。
 でも、あからさますぎて減点です。
 まぁ、田舎の村の大将じゃここらが相場ってとこなのかな?
 まだ若いと僕を侮っているんでしょう。
 お貴族様じゃないから対等に、できれば年の功で立場を乗っ取ろうとか考えているかもしれないな。
 そうさね、これを逆手に村長追い落とし作戦でも計画しよう。

「ケイロ」

「はい」

「戦やらなんやらでうやむやになっていた読み書き算盤の稽古、再開しないか?」

「いいんですか?」

 目をキラッキラと輝かせているケイロにとびっきりの笑顔で応対する。

「当然じゃないか」

 ちょっと芝居くさかったかな?

「僕らは明日、帰ることになるけど、一緒においで」

「お願いします!」

 ちょろい。
 いや、しかしこれはいつの時代も人は知識に飢えているってことかもしれない。
 時代どころか時を超え、次元を超えても普遍ってことなのかも。
 前世でも学校に通う前の子供は文字を覚えたりするのが大好きだった。
 翌日、ホルスを二頭残して帰路につく。
 馬に乗るのが初めてというケイロはサビーの馬に乗せる。
 馬に揺られながら

(さい)(おう)の地が本拠地ってのは不便だなぁ)

 なんて思い始めるあたり、僕に領土的野心でも芽生え始めたんだろうか?
 いや、僕の目的が多少変更になったということなんだろう。
 究極的には生きること、生き続けることであることに変わりはない。
 村を焼かれ、天涯孤独になった僕に仲間ができ、リーダーを任され、王国の果ての小さな村は町になった。
 山奥の町では戦略的に生き残れない。
 だからもっと有利な土地に移動する。
 そういうことだ。
 戦のたびに本拠地を出て勝っても負けても戻ってくるなんて非合理的だ。
 でも、そんな非合理がどれだけ精神衛生に寄与するのかも理解してる。
 武田信玄は山奥の居城に居続けたために天下を望む時期を逸したなんて言われている(もっとも、地政学的に本領移動は難しかったはずだ)。
 織田信長は自分の戦略に合わせて無理やり居城を移動しただけでなく、家臣から本領を取り上げて別の領土をあてがった(結果、不満を募らせた家臣からたびたび謀反を起こされたともいわれている)。
 足利尊氏は、自分の行いのせいで(というか、決断できない優柔不断さが家臣の暴走を招いて)鎌倉に戻りたくても京都に居続けざるを得なくなった。
 転居は一長一短あるよね。
 転勤はストレスだからなぁ……。
 けど、必要だよなぁ……。
 移動するとすればどこに?
 ああ、現世の土地勘がまったくないや。
 いや、前世だって生まれ故郷と東京近郊以外に特に土地勘があるわけじゃないか。
 いやいや、生まれ故郷北海道は結構広いぞ。

(そんなことはどうでもいいと思うの)

 あー、そうだね。
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