第281話 会談 3
文字数 2,402文字
「であればやはり是が非でも仲爵様にはアシックサル季爵以外の領主を相手に戦っていただきたい」
「なぜ、そこまで固執する?」
「私の安寧のため」
「貴様、言うに事欠いて殿を捨て石にするつ……」
「誰がそんなことを言っている」
また話の腰を折りにきたタイクバラに被せて口を塞ぐ。
「忌憚なく言わせてもらえば、私より遥かに強い仲爵殿にはこの先末長くよき隣人として時に共闘いただき、時に守っていただかねばならない。そんな同盟相手をむざむざと苦境に陥れるほど、私は愚かではない」
「では、ロイ様にはなにかしらの思惑があり、それは殿にとっても有益なのですな?」
側近殿が訊ねてくる。
「ええ。私の願いはこの乱世に天寿をまっとうすること。そのために戦略を練っているのです」
「天寿をまっとうするだけなら、戦などせずにおとなしく領地の奥にでも引きこもっておればよいではないか」
「タクイバラ殿であったか? 本当にそなたは先を見る目がないな」
「なんだと!?」
「タイクバラ殿、お控えなされよ。ロイ様もあまりタイクバラ殿をお責めになられませぬよう願います」
ああ、そうだね。
ちょっと大人気なかった。
「失礼」
「で、ロイ殿。ワタシにはどんな益があるともうされる」
「一つには領土拡大、もう一つは後背の安全確保。最大なのはやはり益のない同盟関係の解消でしょうか?」
「そなたとの同盟以外は益がないと?」
「少なくとも今結んでいる同盟では私以外とはほとんど無意味かと愚考致しますが、いかがでしょうか?」
「言いおるわ。そこまで言うのなら、そなたの戦略とやらをここで開陳して見せよ」
よし、乗った!
この戦略は表面上ドゥナガール仲爵の側により有益に見える。
問題はどこまで仲爵側の首脳陣が裏を読んでくるか、何手先まで僕の考えを読み切ってくるかだ。
まぁ、それでも八方塞がりとも言える現状と比較すればもう乗らない手はないと思ってくれるはずだ。
僕は七割の自信と三割の不安を秘めつつ、堂々とセールストークを繰り広げる。
この世界は前世と違って歴史が浅い。
だから人が純真で感情を表に出しやすい人間が多い。
この場にいるほとんどの人が決して上手いとはいえない僕のセールストークにも興味をそそられていることが判るほどだ。
まぁ、前世のビジネススキルとしてはうまくなくてもそれなりに案件とってきた実績はあるし、ここは中世レベルの文化水準だから勝算はあると踏んでのこと。
ぶっちゃけ手応えは悪くない。
ただ、さすがと言うかなんというか、いまいち感情が読み取れないのが仲爵と例の文官だ。
慎重にクロージングすれば、家臣たちの総意くらいはこちらの思惑通りにまとめられるはず。
はず。
「いかがでしょうか?」
見上げる仲爵は例の文官と目配せをする。
「いいだろう。その案、乗ってやろう」
「ありがたき幸せ」
と、礼を述べつつ文官の方にチラリと視線を向けてみれば、薄く笑っていやがった。
チッ、食えない奴らだ。
おそらく同盟破棄は元々企図されていたに違いない。
けれど、同盟の一方的破棄はやはり世間的に非難の目に晒されるだけでなく、その後の外交にも差し障る。
同盟相手は僕を含めて三領主。
唯一後背地の領主である僕の動向と意向は無視できなかったに違いない。
いい口実を探していたところに僕が同盟破棄を提案してきたのだから、渡りに船だったと言うわけだ。
最悪、僕にたぶらかされたのだとでも吹 聴 すれば世間の評判的に多少は痛手も緩和しよう。
まぁ、僕は元々下剋上領主だ。
乱世の梟 雄 としての悪評は甘んじて受け入れるさ。
「では」
と、しばしの会話の最後に僕は持ってきた贈り物を運び入れさせる。
「このような機会はなかなかございませんので、我が領内の特産品の中から特に私が好んでいる物をいくつかお持ちいたしました。皆様にもお気に召していただけましたら是非、ご贔屓に」
いわゆるトップセールスってやつだ。
元々需要の高い植物紙や酒類も用意したけれど、本命は生産力に余裕のある木工や陶器、反物を持ってきた。
商人が儲かれば税収が上がって僕ウハウハ。
ってやつだ。
もっとも、紡績だけは水車を利用した自動化に成功しているもののそれ以外の工程は職人仕事だからどれだけの需要に応えられるかは判らないけどね。
特に陶器は道程の大半が未舗装という輸送リスクもある。
その後は場所を移しての酒宴。
色々と情報交換をしたのだけれど、一番の収穫は例の文官がミュードル・ブラークという名前だったことだ。
その名前には聞き覚えがあった。
オギンが全国を歩いて情報収集していたときに要注意人物として名が上がっていた人物だ。
当時はまだそれほど高い地位には就いていなかったはずだけど、わずか数年で最側近に上り詰めていようとは。
仲爵陣営では動向を把握しておきたい最重要人物に格上げだな。
あと、タイクバラ将軍はやっぱりバリバリの武闘派のようだ。
武勇伝を聞いてもうちの三 剣 以上の武勲がゴロゴロ出てくる。
老境に達してなお、仲爵軍最強と謳われる傑物だった。
そりゃあ、僕のことを蔑んでくるわな。
とはいえ、仲爵家の宿老であっても領主の僕を見下すのはやはり違うと思うぞ。
腹の中でどう思っていたって、少なくとも公式の場であれはない。
もし、僕が仲爵とことを構えることになった際は真っ先にあの男を謀略で失脚させてやる。
(陰険なんだから)
(いやいや、正道じゃないだろうけど、相手のストロングポイントを潰すのは戦の常道だろ?)
(あー、そうね)
(タイクバラとミュードルだけは開戦前に是が非でも側近から除いておかなきゃいけない人物だ。ま、ことを構えるならの話で、味方である間はその才能を存分に発揮してもらいたいわけなんだけどね)
そう、これからしばらくは仲爵の手となり頭脳となって僕の後顧の憂いを払い続けてもらいたい。
そう、切に願っている。
「なぜ、そこまで固執する?」
「私の安寧のため」
「貴様、言うに事欠いて殿を捨て石にするつ……」
「誰がそんなことを言っている」
また話の腰を折りにきたタイクバラに被せて口を塞ぐ。
「忌憚なく言わせてもらえば、私より遥かに強い仲爵殿にはこの先末長くよき隣人として時に共闘いただき、時に守っていただかねばならない。そんな同盟相手をむざむざと苦境に陥れるほど、私は愚かではない」
「では、ロイ様にはなにかしらの思惑があり、それは殿にとっても有益なのですな?」
側近殿が訊ねてくる。
「ええ。私の願いはこの乱世に天寿をまっとうすること。そのために戦略を練っているのです」
「天寿をまっとうするだけなら、戦などせずにおとなしく領地の奥にでも引きこもっておればよいではないか」
「タクイバラ殿であったか? 本当にそなたは先を見る目がないな」
「なんだと!?」
「タイクバラ殿、お控えなされよ。ロイ様もあまりタイクバラ殿をお責めになられませぬよう願います」
ああ、そうだね。
ちょっと大人気なかった。
「失礼」
「で、ロイ殿。ワタシにはどんな益があるともうされる」
「一つには領土拡大、もう一つは後背の安全確保。最大なのはやはり益のない同盟関係の解消でしょうか?」
「そなたとの同盟以外は益がないと?」
「少なくとも今結んでいる同盟では私以外とはほとんど無意味かと愚考致しますが、いかがでしょうか?」
「言いおるわ。そこまで言うのなら、そなたの戦略とやらをここで開陳して見せよ」
よし、乗った!
この戦略は表面上ドゥナガール仲爵の側により有益に見える。
問題はどこまで仲爵側の首脳陣が裏を読んでくるか、何手先まで僕の考えを読み切ってくるかだ。
まぁ、それでも八方塞がりとも言える現状と比較すればもう乗らない手はないと思ってくれるはずだ。
僕は七割の自信と三割の不安を秘めつつ、堂々とセールストークを繰り広げる。
この世界は前世と違って歴史が浅い。
だから人が純真で感情を表に出しやすい人間が多い。
この場にいるほとんどの人が決して上手いとはいえない僕のセールストークにも興味をそそられていることが判るほどだ。
まぁ、前世のビジネススキルとしてはうまくなくてもそれなりに案件とってきた実績はあるし、ここは中世レベルの文化水準だから勝算はあると踏んでのこと。
ぶっちゃけ手応えは悪くない。
ただ、さすがと言うかなんというか、いまいち感情が読み取れないのが仲爵と例の文官だ。
慎重にクロージングすれば、家臣たちの総意くらいはこちらの思惑通りにまとめられるはず。
はず。
「いかがでしょうか?」
見上げる仲爵は例の文官と目配せをする。
「いいだろう。その案、乗ってやろう」
「ありがたき幸せ」
と、礼を述べつつ文官の方にチラリと視線を向けてみれば、薄く笑っていやがった。
チッ、食えない奴らだ。
おそらく同盟破棄は元々企図されていたに違いない。
けれど、同盟の一方的破棄はやはり世間的に非難の目に晒されるだけでなく、その後の外交にも差し障る。
同盟相手は僕を含めて三領主。
唯一後背地の領主である僕の動向と意向は無視できなかったに違いない。
いい口実を探していたところに僕が同盟破棄を提案してきたのだから、渡りに船だったと言うわけだ。
最悪、僕にたぶらかされたのだとでも
まぁ、僕は元々下剋上領主だ。
乱世の
「では」
と、しばしの会話の最後に僕は持ってきた贈り物を運び入れさせる。
「このような機会はなかなかございませんので、我が領内の特産品の中から特に私が好んでいる物をいくつかお持ちいたしました。皆様にもお気に召していただけましたら是非、ご贔屓に」
いわゆるトップセールスってやつだ。
元々需要の高い植物紙や酒類も用意したけれど、本命は生産力に余裕のある木工や陶器、反物を持ってきた。
商人が儲かれば税収が上がって僕ウハウハ。
ってやつだ。
もっとも、紡績だけは水車を利用した自動化に成功しているもののそれ以外の工程は職人仕事だからどれだけの需要に応えられるかは判らないけどね。
特に陶器は道程の大半が未舗装という輸送リスクもある。
その後は場所を移しての酒宴。
色々と情報交換をしたのだけれど、一番の収穫は例の文官がミュードル・ブラークという名前だったことだ。
その名前には聞き覚えがあった。
オギンが全国を歩いて情報収集していたときに要注意人物として名が上がっていた人物だ。
当時はまだそれほど高い地位には就いていなかったはずだけど、わずか数年で最側近に上り詰めていようとは。
仲爵陣営では動向を把握しておきたい最重要人物に格上げだな。
あと、タイクバラ将軍はやっぱりバリバリの武闘派のようだ。
武勇伝を聞いてもうちの
老境に達してなお、仲爵軍最強と謳われる傑物だった。
そりゃあ、僕のことを蔑んでくるわな。
とはいえ、仲爵家の宿老であっても領主の僕を見下すのはやはり違うと思うぞ。
腹の中でどう思っていたって、少なくとも公式の場であれはない。
もし、僕が仲爵とことを構えることになった際は真っ先にあの男を謀略で失脚させてやる。
(陰険なんだから)
(いやいや、正道じゃないだろうけど、相手のストロングポイントを潰すのは戦の常道だろ?)
(あー、そうね)
(タイクバラとミュードルだけは開戦前に是が非でも側近から除いておかなきゃいけない人物だ。ま、ことを構えるならの話で、味方である間はその才能を存分に発揮してもらいたいわけなんだけどね)
そう、これからしばらくは仲爵の手となり頭脳となって僕の後顧の憂いを払い続けてもらいたい。
そう、切に願っている。