第300話 慢心鼻を弾かる

文字数 2,341文字

 日の出とともに予定どおり攻撃開始だ。
 城門に接近すると矢の弾幕が降ってくる。

「射手がずいぶん残っているようですな」

 手で庇を作って見せてトーハがいう。
 ぱっと見で二、三百本は一度に放たれたように見える。

「トーハ、門内にはどれほどの領民がいるのかは判っているのか?」

「はい、報告によると街の人口は一八八〇〇人と」

「そんなにいるのですか!?

 と、ウータが目を丸くする。
 無理もない。
 領都とはいえ肥沃とは言い難い田舎の町に二万人に迫るほどの住人がいるなんてのはなかなかの規模感だ。
 ドゥナガール仲爵の領都でも確か六六〇〇ほどだと言っていた。
 爵位で二階位下の季爵領にそれほどの人数がいるというのが驚きだ。
 うちなんて領内の総人口が二万をちょっと超える程度だってのにさ。

 あれ?

「トーハ、事前の情報ではアシックサル領の総人口は三六〇〇〇となっていなかったか?」

 どちらの数字も正しいのだとすれば、人口の半分以上が領都にいることになるぞ。

「そうです。さらに領都の住民は四割は兵士だそうで……」

「ということは今は多くが他領に出向いているということでは?」

「ウータ殿の言う通り」

 じゃあ、人口の四割が兵士だとして七五〇〇人。
 仮に外征に五〇〇〇出していたとしても二五〇〇人は残っていると言うことか。
 ちょっと多いな。
 いや、でも兵数は同じでも兵器の性能差が断然違うし。

(兵器の性能の違いが、戦力の決定的差ではないと……)

(嫌なこと言うなよ、リリム)

 でも、そのエピソードは結局その性能差を覆せなくて驚愕するんだったはずだ。

「チャールズ」

「はい」

「予定どおり大砲で城門を壊す。ウータ、魔法部隊の護衛につき城門に穴が開き次第突撃せよ」

 それぞれが短く鋭い返事を残して持ち場へ散って行く。
 ほどなくして大砲から砲弾が放たれ、城壁の手前に落ちる。
 やや間があって、二発目が発射され、こちらは門の数シャル上の壁に突き刺さり、爆発した。
 その後微調整が繰り返され門の辺りで爆発を繰り返すが、なかなか城門には当たらない。

「なかなか命中させるのは難しいもんなんだな」

 午前の砲撃では城門を破壊できなかったので、ひとまず退がってみることにした。
 敵は城門を出てまで戦う気はないようだ。
 移動電話で他の門の様子を確認すると、どこも似たようなものだった。
 移動電話も改良が施されていて、複数が同時に通話できるようになっている。
 ただし、無線のように発信と受信を切り替えなきゃならないところにまだまだ改良の余地がある。

「距離を少し詰めて正確に狙わせましょうか? オーバー」

「いや、今日は開戦初日だし、爆弾にも余裕がある。無理をする局面じゃない。午後も距離を取って門を狙っていこう。オーバー」

「お館様。あー、オーバー?」

「どうしたサビー。オーバー」

「今日は無理攻めをする気がないと言うのでしたら、ゆっくり砲撃するのはどうでしょうか? オーバー」

「どう言う意図を持った献策か訊いても? オーバー」

「あー……あの爆発音ですが、精神的にくると思うんです。オーバー」

「それとゆっくり砲撃がどう関係するんだ?」

 …………。

「あ、オーバー」

 ガーブラ……。

「間断なく砲撃されているより、次はいつくるかと身構えている方が精神的に疲労するんじゃないかと思いまして……オーバー」

 ああ、大坂の陣で豊臣方が和睦を決意する要因として挙げられていたな。

「よし、サビーの案を採用しよう。それと、今日は攻撃を門に集中するのではなく適当に壁目掛けて撃つんだ。一、二発は城内に撃ち込んでもかまわない。精神攻撃にはその方が効果的だろう。オーバー」

「お館様は存外狡猾でございますな。オーバー」

 お前に言われたくないぞ、イラード。
 打ち合わせが終わって、午後の攻撃を開始する。
 散発的に四方から撃ち込まれる爆弾に籠城している民衆はどう思っているのか?
 もちろん知る由もないわけだが……あ、そうだ!

「伝令、ウータに八十シャル前進、チャールズに迎撃のために顔を出すだろう敵弓兵を狙い撃つように伝えよ」

 命令はすぐさま実行され、ウータは盾を構えた数隊の歩兵を前進させる。
 それをいい感じに城門付近に爆弾を当ててアシストするチャールズの察しのよさよ。
 守備兵は前進する歩兵の足止めのために城壁の上に揃って立ち、弓弦を引き絞る。
 距離を稼ぐために斜め上方に弓矢を向けられたのを見計らってチャールズが大砲を放つ。
 一部弓兵がそれに気づいたためにあるものはつがえた矢を取り落とし、あるものは持ち場を離れようとして周りを巻き込む混乱を生じさせたことで足並みが乱れて一斉射とならず、撃ち上がった矢はパラパラと圧のないものになった。
 そして、狙い通りに城壁上部に着弾した爆弾の爆発で少なくない弓兵が爆散する。

「これ、いけるか?」

 僕は再び伝令を飛ばし、ウータにさらに五十シャル前進させる。
 恐々と城壁の上に立つ弓兵の一部に再び大砲を撃ち込む。
 ここでもかなりの被害を与えることに成功した。

「全軍百シャル前進!」

 それは上手くいきすぎて慢心していたことへの手痛いしっぺ返しだったのだろう。
 城壁の向こう側から例の弾ける球が先頭の歩兵めがけて降ってきたのである。
 不意をつかれたことと前進させていた部隊に魔法使いがいなかったことが災いして、その一撃は十人以上の死傷者を出してしまう結果になった。

「全軍、元の位置まで退却!」

 やられた。
 投石機はこの世界に元から存在していた。
 味方に出来ることは敵にも出来る。
 そんな当たり前のことを失念していた。
 保護幕を持った魔法兵を歩兵につけていれば……。
 いや、そもそも欲を掻いて兵を前進させなければ、こんな失敗はなかったんだ。
 くそっ!
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