第166話 ジャン、選択を間違える
文字数 2,682文字
冬です。
もう、逃げ出したいです。
なにがあったかと言うと新体制への完全移行に失敗して主に徴税業務で大混乱を引き起こしたのです。
お元気ですか?
ジャン・ロイです。
(なにを遊んでんのよ、こんな時に)
逃避だよ、逃避。
現実逃避ですよ。
リリムに言われるまでもない。
まず、最初の試験での合格者が想定の三割にも満たなかった。
貴族どものせいで有能と思われる人物の多くが試験を受けられなかった事情を差し引いてもあまりにも少なすぎた。
さらに貴族階級でこの試験に合格できたのはわずかに九人ってどうなのよ?
そりゃ確かに使用人に丸投げして威張り散らしていただけの無能を振り落とす意味合いはあったけど、さすがにもう少し合格すると思っていたぞ。
追加試験が遅れたのも問題だった。
そもそも追加試験なんて想定してなかったのだからアンミリーヤたちを責められない。
それもこれも無能な貴族連中のせいだ。
と、悪態ついても事態は好転しないんだけど。
追加試験を受けた貴族どもの使用人たちはなるほど普段から実務にあたっていただけあって合格率が八割を超えたんだけど、それを含めても当初予定していた人数の七割に届かなかったんだから、その後の混乱は不可避だったかもしれない。
追加試験の合格者は徴税業務開始の数日前に配属されたため、事前説明が不十分だったことも重なって、取りすぎ、二重取りなどで何度も何度も集落を行き来することになった。
当然集落からは各町の代官に陳情が引きも切らずに上がってきた。
暴動が起きかけたなんて報告も上がっている。
そりゃそうだ。
労役をこなせば年貢が軽減されるはずなのに満額八割もの穀物を取り上げられたら僕だって腹に据えかねる。
しかも、別の徴税官が取り立てて行ったはずの年貢を取りに来るってんだから、よく暴動を抑え込んだもんだ。
新しい徴税官たちは基本的に平民だったから穏便に済ますことができたのかもしれないけど、失職した貴族たちが「ほれ見たことか」とほくそ笑んだだろうことは想像に難 くない。
農民からの徴税はこちらの落ち度だからひたすら謝って適正な税額にすれば済んだわけだけど、商人たちからの徴税は輪をかけて難航した。
まず、彼らは通行税以外で税金を取られたことがなかった。
もちろん、税金という形で取られていなかっただけで、商人組合 には入会金や会費などを払っていてそれを原資に領主・代官に付け届けをしていたのだけどね。
それを見える化したのが商人ら悲農業従事者に課した人頭税と、商売許可制度に対して支払わせる商い税だ。
当たり前だけどこの新しい税制は猛反発を食らった。
けど、そこは領主と領民の力関係。
商い税を払わなければ営業許可が降りないんだから、不承不承で払ってきた。
商い税は、な。
もっとも難儀したのが人頭税の徴収だった。
商人たちが何人の従業員を抱えているかは、春先に領内の人口調査を行なっていたから当然把握していたんだけど、あの手この手で誤魔化してきたり断固納税拒否と突っぱねてきた輩がいたわけだ。
想定の範囲内だったけどね。
単なる徴税拒否グループには強制的に公共事業に労働力を徴収するなどしたため、金を払う方が損害が少ないと踏んで払ってきたからいい。
従業員を持っていかれると商売に差し障る。
人手が足りなくなれば商売の機会損失が大きくなる。
損得勘定を考えれば当然そういう判断をすることになるだろう。
問題はあくどい商人たちがやっぱり一定数いたことだ。
彼らは自分のところの従業員たちを奴隷として扱うことにした。
この国では労働奴隷は人ではなく家畜扱いだ。
「家畜に人頭税は必要ない」という理屈である。
人頭税を払いたくないという身勝手な理由で、昨日まで平民だったなんの落ち度もない従業員を不条理に奴隷として扱い出すだなんて……。
奴隷制度の撤廃は容易じゃないから黙認という消極的に認めている状況だけれど、二十一世紀を生きた前世の倫理観を持っている僕がそんな非人道的なことを許すわけがないじゃないか。
すぐさま王国の奴隷制度に対する法律を調べ上げると、やっぱり人を奴隷にするには相応の事由が必要であると確認が取れた。
僕はオクサ、サイ、イラードを呼び集めて、ひとでなしの悪徳商人を一掃する計画を立てた。
まずはキャラたちを暗躍させて奴隷堕ちした従業員たちを焚き付けて、商人に反抗させる。
同時に尾 鰭 をつけて市中に悪徳商人の噂を流し、市民を扇動させた。
結果、いくつかの店が打ち壊しに遭う。
同時に特に非道な商人を法に則って処分する。
悪徳商人を一掃して、徴税を遂行し、さらに奴隷制度廃止への布石を打つ。
ほら、完璧だろ?
……って思ったの誰だよ。
教育水準が低かったからか?
普段から商人への不満が高かったのか?
はたまた文明水準が低いとこんなもんなのか?
一度燃え上がったゼニナル市民は質 が悪かった。
暴動の鎮静化に失敗してゼニナルの町が大変なことになったのだ。
そして今、暴徒鎮圧にオクサが軍を動員しているのだけれど、徴兵が満足にできずに兵力を集めきれていないという状態にある。
ある種の内乱状態なんだけどね。
こういう時、常設の軍隊が貧弱なのは痛いな。
隣人に剣は向けたくないっていう心情は理解できるから、オクサには徴兵で無理強しないように厳命しているから仕方ない。
今後の統治のことを考えれば、鎮圧で民間人に死傷者を出すのも考えものだしさ。
「申し訳ございません、お館様」
と、深々と頭を下げるイラード。
今回の発案の責任を痛感しているんだろう。
「いや、こうなる可能性を考慮できずに承認した私の落ち度でもある。今は事態の沈静化に全力で当たって欲しい」
ちなみに、最近は公式な立場の時の一人称には意識的に「私」を使っている。
「……かしこまりました」
「武力以外で解決できる道はないか?」
「武力以外で、ですか?」
「そうだ。私にカリスマ性があれば暴徒どもも言いくるめられるのかもしれないのだが、領主になって一年ではそれも望めない。今回の暴動も私に対する不満がないとは言い切れないしな」
暴徒が統一の意思で動いているとは思えない。
みんなそれぞれの理由で、この暴動に参加しているだろう。
扇動は一つのきっかけにすぎなくて、この件がなくてもいずれ起きたかもしれないことなのだ。
はぁ……村の長になってから五年、順調にすぎて無意識に調子に乗ってたのかもしれない。
…………。
いや、反省はこの暴動を鎮めてからだ。
今は全力で対策に当たらないと。
もう、逃げ出したいです。
なにがあったかと言うと新体制への完全移行に失敗して主に徴税業務で大混乱を引き起こしたのです。
お元気ですか?
ジャン・ロイです。
(なにを遊んでんのよ、こんな時に)
逃避だよ、逃避。
現実逃避ですよ。
リリムに言われるまでもない。
まず、最初の試験での合格者が想定の三割にも満たなかった。
貴族どものせいで有能と思われる人物の多くが試験を受けられなかった事情を差し引いてもあまりにも少なすぎた。
さらに貴族階級でこの試験に合格できたのはわずかに九人ってどうなのよ?
そりゃ確かに使用人に丸投げして威張り散らしていただけの無能を振り落とす意味合いはあったけど、さすがにもう少し合格すると思っていたぞ。
追加試験が遅れたのも問題だった。
そもそも追加試験なんて想定してなかったのだからアンミリーヤたちを責められない。
それもこれも無能な貴族連中のせいだ。
と、悪態ついても事態は好転しないんだけど。
追加試験を受けた貴族どもの使用人たちはなるほど普段から実務にあたっていただけあって合格率が八割を超えたんだけど、それを含めても当初予定していた人数の七割に届かなかったんだから、その後の混乱は不可避だったかもしれない。
追加試験の合格者は徴税業務開始の数日前に配属されたため、事前説明が不十分だったことも重なって、取りすぎ、二重取りなどで何度も何度も集落を行き来することになった。
当然集落からは各町の代官に陳情が引きも切らずに上がってきた。
暴動が起きかけたなんて報告も上がっている。
そりゃそうだ。
労役をこなせば年貢が軽減されるはずなのに満額八割もの穀物を取り上げられたら僕だって腹に据えかねる。
しかも、別の徴税官が取り立てて行ったはずの年貢を取りに来るってんだから、よく暴動を抑え込んだもんだ。
新しい徴税官たちは基本的に平民だったから穏便に済ますことができたのかもしれないけど、失職した貴族たちが「ほれ見たことか」とほくそ笑んだだろうことは想像に
農民からの徴税はこちらの落ち度だからひたすら謝って適正な税額にすれば済んだわけだけど、商人たちからの徴税は輪をかけて難航した。
まず、彼らは通行税以外で税金を取られたことがなかった。
もちろん、税金という形で取られていなかっただけで、商人
それを見える化したのが商人ら悲農業従事者に課した人頭税と、商売許可制度に対して支払わせる商い税だ。
当たり前だけどこの新しい税制は猛反発を食らった。
けど、そこは領主と領民の力関係。
商い税を払わなければ営業許可が降りないんだから、不承不承で払ってきた。
商い税は、な。
もっとも難儀したのが人頭税の徴収だった。
商人たちが何人の従業員を抱えているかは、春先に領内の人口調査を行なっていたから当然把握していたんだけど、あの手この手で誤魔化してきたり断固納税拒否と突っぱねてきた輩がいたわけだ。
想定の範囲内だったけどね。
単なる徴税拒否グループには強制的に公共事業に労働力を徴収するなどしたため、金を払う方が損害が少ないと踏んで払ってきたからいい。
従業員を持っていかれると商売に差し障る。
人手が足りなくなれば商売の機会損失が大きくなる。
損得勘定を考えれば当然そういう判断をすることになるだろう。
問題はあくどい商人たちがやっぱり一定数いたことだ。
彼らは自分のところの従業員たちを奴隷として扱うことにした。
この国では労働奴隷は人ではなく家畜扱いだ。
「家畜に人頭税は必要ない」という理屈である。
人頭税を払いたくないという身勝手な理由で、昨日まで平民だったなんの落ち度もない従業員を不条理に奴隷として扱い出すだなんて……。
奴隷制度の撤廃は容易じゃないから黙認という消極的に認めている状況だけれど、二十一世紀を生きた前世の倫理観を持っている僕がそんな非人道的なことを許すわけがないじゃないか。
すぐさま王国の奴隷制度に対する法律を調べ上げると、やっぱり人を奴隷にするには相応の事由が必要であると確認が取れた。
僕はオクサ、サイ、イラードを呼び集めて、ひとでなしの悪徳商人を一掃する計画を立てた。
まずはキャラたちを暗躍させて奴隷堕ちした従業員たちを焚き付けて、商人に反抗させる。
同時に
結果、いくつかの店が打ち壊しに遭う。
同時に特に非道な商人を法に則って処分する。
悪徳商人を一掃して、徴税を遂行し、さらに奴隷制度廃止への布石を打つ。
ほら、完璧だろ?
……って思ったの誰だよ。
教育水準が低かったからか?
普段から商人への不満が高かったのか?
はたまた文明水準が低いとこんなもんなのか?
一度燃え上がったゼニナル市民は
暴動の鎮静化に失敗してゼニナルの町が大変なことになったのだ。
そして今、暴徒鎮圧にオクサが軍を動員しているのだけれど、徴兵が満足にできずに兵力を集めきれていないという状態にある。
ある種の内乱状態なんだけどね。
こういう時、常設の軍隊が貧弱なのは痛いな。
隣人に剣は向けたくないっていう心情は理解できるから、オクサには徴兵で無理強しないように厳命しているから仕方ない。
今後の統治のことを考えれば、鎮圧で民間人に死傷者を出すのも考えものだしさ。
「申し訳ございません、お館様」
と、深々と頭を下げるイラード。
今回の発案の責任を痛感しているんだろう。
「いや、こうなる可能性を考慮できずに承認した私の落ち度でもある。今は事態の沈静化に全力で当たって欲しい」
ちなみに、最近は公式な立場の時の一人称には意識的に「私」を使っている。
「……かしこまりました」
「武力以外で解決できる道はないか?」
「武力以外で、ですか?」
「そうだ。私にカリスマ性があれば暴徒どもも言いくるめられるのかもしれないのだが、領主になって一年ではそれも望めない。今回の暴動も私に対する不満がないとは言い切れないしな」
暴徒が統一の意思で動いているとは思えない。
みんなそれぞれの理由で、この暴動に参加しているだろう。
扇動は一つのきっかけにすぎなくて、この件がなくてもいずれ起きたかもしれないことなのだ。
はぁ……村の長になってから五年、順調にすぎて無意識に調子に乗ってたのかもしれない。
…………。
いや、反省はこの暴動を鎮めてからだ。
今は全力で対策に当たらないと。