第120話 様になってきた戦略会議

文字数 2,455文字

 本拠地であるバロ村に戻ってきて、最初にしたのはお風呂に入ることだった。
 村では僕の館の離れにだけある湯船に浸かれるお風呂。
 用水路から水道管でひかれた水を釜で沸かして湯船にお湯をはる。
 なかなかの重労働だったりするので風呂に入るのは三日に一回なのが残念ではあるけれど、この世界ではそれでもそうとう贅沢なことである。
 ちゃんと湯船があるのは館の他は二ヶ村の代官館と宿場宿くらいなんだけれど、とても評判がいい。
 そりゃそうだ。
 温かい風呂は貴族でも贅沢の一つらしい。
 それを庶民が利用できるんだからね。
 館の風呂は来賓のもてなしで村人は利用できないし、宿の風呂は有料で少しお高いけど。
 最近では庶民の道楽に宿場に風呂に入りに行くのがはやっているそうだ。
 ちょっとした公衆浴場(テルマエ)ブームだな。
 しかし、「ちょいと近場の銭湯へ」みたいな感覚なのか?
 家に戻る頃には旅の汗で元の木阿弥って気もするんだけど。
 まあおかげもあるのか、中央広場の池を「清浄の泉」と呼んで水浴びを推奨してきて四年、沐浴は村人の日課として定着したようだ。
 衛生観念の向上は疫病や感染症などの抑制につながり、死亡率を低下させる。
 長年医者としていろいろな村を診てきたソルブも感心していた。
 チャールズが魔法関係で忙しくなり(ラバナルはなにを始めたんだ?)、一時的にソルブの妻で同じく医者のジャンヌがバロ村にきて診察しているのだけど、助手としてつけているチャールズの妻ガブリエルがなかなか優秀らしく、二、三年で一人で任せられるんじゃないかと言っていた。
 地球で二十一世紀を生きていた僕としては、

「たった2、3年で?」

 と、思ってしまうけれどね。

 閑話休題
 セザン村からこっち領主特権で毎日風呂に入ってきたとはいえ、やっぱり家風呂はいいもんだ。
 たとえ宿の銭湯と違って小さな五右衛門風呂だったとしても、一人で湯船に浸かれるしゆったり落ち着ける。
 旅の垢をクレタが開発した石鹸で落としてさっぱりした後、頭に手拭いをのせて肩まで浸かって「いい湯だな、あははん♪」なんて唄ってみる。
 最高だね。

「このまましばらくゆったり過ごしたいんだけどなぁ……」

 戦国時代の弱小下克上領主にそんな余裕なんかないんだけどね。
 ざばりと勢いよく風呂から上がった僕は、おろしたての服に身を包み、サラを残して中央広場の一角に建てられた会館に向かう。
 会議に参加する人数が増えたことで館では手狭になったんで急遽作られた平屋の会館である。
 会議室にはすでに全員集まっていた。
 バロ村からは代官のブロロとルビレル、ルビンス、オギン、チャールズにたまたま村に戻っていたキャラバンのジョー。
 ボット村からは代官のルダー。
 セザン村からは村長ベハッチ、イラード、カイジョー。
 それに僕を入れて総勢十一名だ。

「やっときたか、待ちくたびれたぞ」

 遠慮ないな、ルダー。

「じゃあ、会議を始めようか」

 ジョーの音頭で会議が始まる。
 立場上、僕は領主なので議事進行は他人に任せている。

「今日はなにを話し合うんだ?」

 たまたま村に戻っていたジョーのために、まずは現状報告からということになった。
 村の経営はいたって順調のようだ。
 もちろん、どの村も急激に人口が膨張したためにインフラ整備に追われていたのだけれど、ズラカルト男爵の居住地移動禁止令で流入人口が一段落ついたのでだいぶ整備が進んだ。
 宿場町は銭湯の流行で経営が安定したという報告も受けた。
 でもそこら辺は今日の議題じゃない。
 先日調略に成功したハンジー町の開発計画と街道整備、野営地に宿場兼グリフ族との交易拠点を作る計画についてだ。

「交易拠点!?

 さっそくジョーが喰いついてきた。

「はい。このルビレルがグリフ族との交渉を任されました」

「俺にも一枚噛ませてくれよ、あそこのグリフ族とは二、三度やりとりをしたことがある」

 マジか。
 僕の政治的運がいいのか、ジョーの商売運なのか、渡りに船だ。

「じゃあ、交渉は二人に任せる。ルビレルはそのまま宿場町の建設指揮も任せる」

「今まで、ジャスに丸投げしてたのに、どういう風の吹き回しだ?」

 ルダーの疑問もまぁもっともだ。

「今回はグリフ族だけでなくモンスターも出る地域だからね、開拓チームの護衛も任務だってことだよ」

「なるほど」

「町の開発はどうする予定なんだ?」

「その件はワタシから説明します」

 説明を引き受けたルビンスは街を囲んでいる城壁を解体して周辺三ヶ村を繋ぐ街道沿いをすべて農地にするという計画を話す。
 これに目を輝かせたのはルダーだ。

「俺に、その事業、俺に任せてくれ!」

 いうと思った。

「そのつもりだった。今年の収穫が終わったら信頼のできる部下を数人選んで移動してくれ。それまでに代官の後任を選んでおく」

「後任人事は俺の要望を聞いてくれるのか?」

「ああ、ある程度は要望をいれよう。まだまだわだかまりも燻っているのだろう?」

「まあな」

 ちらりとイラードを見ると、心なしか居心地が悪そうだ。

「ルダーと一緒にバンバ、ブンター、カレンも派遣する」

「え?」

 難色を示したのはカイジョーだ。
 最前線セザン村に集中させている三十人の駐留軍の主力である職業軍人十人から三人とられるとなれば、当然の反応だ。
 けれど、旧来の領地人口四百五十人に対して新領地ハンジー町は六百四十人にのぼる。
 常備軍に傭兵も含めて百三十はいるというのだから、自由(フリー)裁量(ハンド)の軍事力なんかそのまま握らせておくわけにはいかない。

「──というわけで、カイジョーを送り込むわけにいかないんだから、仕方ないだろ?」

「うむ、確かに仕方ないのか……」

「軍は再編する予定だからその下調べも兼ねている。その仕事はサビーやガーブラには向かないし、イラードには残念だが任せられない」

 独善的にことを進めてやらかしてるからね。

「それとオギン」

「はい」

「ハンジー町にコチョウとキキョウを派遣してくれ」

「あたいではなく?」

「ああ、オギンとキャラには別の任務を用意しているからね」
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