第162話 昭和でもないし、あるわけないでしょ

文字数 2,178文字

 しばらくオギンを相手にバカップル演じていたのだけど、これはこれで悪くない。
 今度、サラと街ぶらデートしよう。

「どうしたの? あ、他の女のこと考えてたでしょ!?

 なんで判った!?

「もう!」

 こう言うキャラ演じてるとオギンも満更じゃないな……。

「ちょっと疲れちゃった。ねぇ、どっかで休憩しよう?」

 きゅ、休憩?
 そんな施設あったっけ?

「あそこがいいな」

 と、指さす方には飯屋があった。
 だよねー。
 さすがにご休憩施設とかあるわけないよねー。

「仕方ないなぁ」

 と、飯屋に入ることにする。

(どっちの仕方ないなんだか)

(うるさいなぁ……)

 飯屋とは言うものの実態は酒場だな。
 中に入ると昼間っから酒かっくらって呑んだくれてる奴が何人もいる。
 でも、身なりとか案外こぎれいだぞ?

「貴族ですよ」

 と、オギンが耳打ちしてくれる。
 よく僕の考えていることが判るなぁ。

 …………。

 もしかしてよこしまな思考も筒抜けなのか?
 それはそれで気まずいなぁ。

「貴族は基本的に仕事してるんじゃないのか?」

 一応はばかられる話題なので顔を近づけて小声で話す。
 はたから見れば恋人同士の内緒話に見えるようには心がけよう。

「そんなに仕事はありません。だいたい一家で一人、出仕していれば御の字ですね」

 なるほど、旗本の次男坊とか三男坊とかにまで仕事はないか。
 年寄りはまぁ、家督を譲って悠々自適ってところかな?
 秋にもそんな生活はできなくなるけどね。
 てか、そもそもそんな生活の余力あるのか? 下級貴族って。

「なににすんの?」

 無愛想な女が注文を取りに来た。

「なにか飲み物を……」

「お湯を二つくださいな」

 僕を遮ってオギンが注文する。
 酒でも果汁でもなくお湯なの?
 水でもなく?
 給仕の女がいなくなったのを確認して、オギンは耳元でささやく。

「こんなところで頼むのは沸かした湯が無難です」

 おお、なるほど。
 生水厳禁、果汁も傷んでいても平気で絞って出しそうだし酒も安酒なんだろう。
 要は保証しないぞってことか。
 街ぶらで買い物するの初めてだし、勉強になる。
 確かに町中はあまり衛生環境が良くない。
 っていうか、この世界に慣れている僕にも不潔に思えるほどだ。
 これを見ると村の環境はよっぽどマシだな。
 クレタが発狂しそうな勢いで衛生観念の政策を要求する気持ちが判ってきたぞ。
 ドンと雑に置かれた木製カップは洗ってんのか? ってレベルだしお湯もかなり濁ってる。
 そりゃさ、水道水とかペットボトルレベルは求めてないよ。
 田舎の井戸水だって透明度はそれなりさ。
 それにしたって、あれだ……。
 これ、ゼニナルの宿でもらった水はここまでじゃなかったぞ。

「飲むフリでいいですよ」

 町じゃ水は高級品なんだな。

「町の住人は水ではなく沸かした湯か酒を飲みます。子供には果汁を与えることもありますけど」

 こりゃ、確かに衛生環境整備の優先順位下げたのにクレタが怒るわけだ。
 医者がどんなに優秀でもこんなんじゃダメだろ、実際。
 それはさておき、

「話はなんだ? 怪しい男の他になにか問題があるのか?」

「はい、キャラたちからの報告でお館様のお耳にはまだ入れていなかったのですが……」

 と、話し始めたのは領地が増えて諜報活動がいっぱいいっぱいなことと関連があった。
 まず、ズラカルト男爵の手下が何人か入り込んでいること。
 これは想定していたし、町中にいるだけなら見逃していても問題ない。
 むしろ、排除することで次々と手下が入り込む方がリスクが高い。
 面が割れているやつを泳がしている方がよっぽど危機管理しやすいからね。
 情報収集はほとんど旧町域に限られているってことだし、今の所魔道具(手榴弾)くらいしか漏れてやばい情報はない。
 ……はず。
 次に領内の情報収集で手一杯で外の情報収集に手が回らないという報告。
 今年はいいとしても、王国内の情勢は刻々と変化していくだろうから常に新しい情報を入手したいとは常々言っている。
 オギンたちも情報の重要性を認識しているらしく、むしろ僕より現状に焦っているようだ。

「最後に、その……」

 なんだ?
 ずいぶん言いにくそうだが。

「ホタルに好いた男がいるようです」

「いいことじゃないか」

「それ自体は構わないのですが、最近仕事が疎かになっておりまして……」

 なるほど。
 ただでさえ手が足りていないのに男にかまけて仕事が等閑(なおざり)だと。

「いい男なのか?」

「どう言う意味ですか?」

 ふむ。

「どんな男だ?」

「ゼニナル町の貧乏貴族の五男で背は高いものの肉付きは細く剣も弓も十人並み、貴族の例に漏れず頭はあまり良くはありません。お館様に対しては好意も反感もないようです」

 辛辣な評価ですね。

「敵対する感じではないんだな?」

「そんな度胸もないと思われます」

「じゃあ、様子見で。……ああ、しばらくはあえてゼニナル町に定住させてオクサの手足として使ってもらえ」

「よろしいのですか?」

「構わんよ。ついでにそのホタルに軽業のお師匠さんでもやらせとくんだな」

「未熟者のホタルに弟子を取らせるのですか?」

「弟子というか、子供たちにさせる習い事として軽業を教えさせるのさ」

「……そう伝えます」

 僕の意図がいまいちピンときてないようだけど、まぁいいか。
 そんな話をしていると、

「ヨォ、いい女連れてるじゃねぇか」

 と、柄の悪い声が飛んできた。
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