第225話 なんだそれ、スピンオフが書けちゃうよ

文字数 2,379文字

 ウォルターとオルバック家の騎士であるブドル・フォークが通りいっぺんの挨拶を済ませ、ほんの数瞬静寂が訪れた。
 誰から切り出すのか探るような間だ。

「ウォルター。急報の手紙は受け取っている。仔細を話にきたのだろう?」

「ワタシが話ます」

 チラリと親族の方に目をやった後、返答に窮したようになったウォルターに代わってブドルが発言する。
 さすがに普段傍若無人で歯に衣着せぬ発言をするウォルターであっても未亡人の前では色々考えるのだろうか?

「先月の初めのこと、アシックサル季爵軍が領境の砦の町に現れたのです」

 それは僕らがヒロガリー区に軍を進めるより少し前のことだった。
 砦の町とはハングリー区でまだ占領していなかったもう一つの町のことのようだ。

「すぐさま男爵様へと援軍の要請を出したのだが断られ」

「どうやらドゥナガール仲爵と計って同時に軍を起こしたようです」

 と、ウォルターが注釈を入れる。
 計ったのは僕と仲爵なんだけどね。
 これか、ケイロが飛行手紙で送ってきた季爵の動きってのは。
 結果として男爵は同時に三軍を相手にしなければならなくなったわけだ。
 まぁ、仲爵とは直接やり合ってないのだけど。
 男爵がどこに戦力を集中したのかは結果を見れば判る。
 
「同時にハングリー区の奥の町にも救援を頼んだ。敵の手に落ちているとは知らずにな」

 領境の砦の町じゃ知ってたってどうにもならなかったろうに。

「ルビレル殿は拒否することもできましたでしょうに、ブドル殿の要請を快諾して百人規模の軍を率いて出陣いたしました」

 その後の経緯はこうだ。

 すでに数日戦闘が続いていた砦はしかし、数倍する敵を防いでよくこれを持ち堪えさせていた。
 援軍が砦に入ると、そこは守将オルバックJr.(ジュニア)の左遷先だった。
 ルビレルをみて相当悶着があったらしい。
 しかし、背に腹はかえられぬという父オルバックの口添えもあってルビレル率いる援軍は守備隊の一翼として持ち場を与えられた。
 任されたのは砦の正面。
 もっとも攻勢著しい南門であり、誰の意趣かは判らなかったが手兵意外に兵を任されなかったという。
 援軍到着から三日、ルビレルの指揮でおおいに善戦したものの圧倒的不利のまま推移した戦況をどう分析したものか、Jr.と補佐官となっていたバリンギは少なくない手勢を引き連れ夜陰に乗じて砦を抜け出したのだという。
 父母を残してだというのだから度し難い。
 オルバック家に従ってオグマリー区を出て行ったブドルでさえ憤慨する愚行である。
 将を失い動揺した軍は隠居だったオルバックを将に担ぎ出したルビレルによって持ち直し、その手腕からおおいに民に慕われたそうだ。
 元々オルバックの信任(あつ)かったルビレルだ。
 その後さらに二日を耐え忍んだルビレルはついに奥の手、初期型手榴弾(グレネード)を使用して敵に甚大な被害をもたらしこれを撃退したのだが……。

「帰りの途次、Jr.殿が卑怯にも奇襲をかけてきてな、ルビレル殿はなんと兵を守るために自ら殿(しんがり)を務めて砦に戻ったのだがなんとJr.め、あろうことか季爵の敗軍と語らって砦を攻め出したのだ!」

 なんてこった!
 ここに至ってブドルは溢れる涙と嗚咽を止められなくなった。
 
「不意を突かれて市街戦になりまして、なんとか季爵軍とJr.軍を退けるには成功したのですが……」

「大殿とルビレル殿を失ってしまったのです」

 なんだそれ、冗談じゃないぞ!
 死ななくていい戦で死んだのか?

「ルビレル殿の活躍によって魔法部隊は誰一人戦死者なし。なれど我が軍および砦の兵は三割を失いました。ブドル殿はオルバック殿の遺命によって我が軍の撤収を指揮していただきました」

「砦は大殿の奥方が復興の指揮をとっておられます。……ジャン殿」

 報告のためだけに来たわけではないようだな。

「奥方様をお助けください」

「どういう意味だろうか?」

「大殿に先立たれ、ご子息はアシックサル季爵に寝返って公然とズラカルト男爵に反旗を翻しなされた。奥方様の命運は風前の灯。このままでは女の身で男爵に責任を取らされてしまう。どうか、どうかお慈悲を」

 この中年騎士、どうやらオルバック夫人に恋慕しているようだ。
 なんか、騎士道物語が書けそうなエピソードをいくつも持ってそうだぞ。

「そなたの訴えは受け止めよう」

 まだ受け入れるとは言ってないぞ。
 なにせ僕の今現在最大の問題は人材不足なんだから。
 しかし、これ以上血を流さずにハングリー区を支配下に収められるのなら願ってもない申し出でもある。

「が、ことは私の一存で決められるものでもない」

 ぶっちゃけ一存で決めることもできるんだけど、手続論として評定は結構重要だ。
 家臣の腹の中も確かめておきたいしね。

「今日のところは退がって休むがよい。ウォルターもご苦労であった。ルビンス」

「はっ」

「ブドル殿の饗応を命じる」

「あ、ありがとうございます!」

「三日後、今後の方針を決める評定を行う。イラード。各代官を集めるように」

「かしこまりました」

 家臣が全員退席し、サラとキャラだけが残った。

「キャラ」

「はい」

「悪いが仕事だ。オギンと繋ぎをとってくれ。アシックサル領を探ってほしい。それと、コチョウかキキョウをハングリー区に派遣して情報網を構築するように手配せよ」

「キキョウ班はヒロガリー区に残っておりますからコチョウ班を送りましょう。オグマリー区はホタルに任せても問題ないでしょう」

 ホタルはすっかり腰を落ち着けて後進の指導をしていると聞いていたけど、腕は鈍っちゃいないのかね?

 キャラが席を外すのを待ってようやくサラに声をかける。

「大丈夫か?」

「……はい」

「僕にできることはあるか?」

 と訊ねると、僕にしなだれかかって

「死なないでください」

(大丈夫よ、サラ。なにせそれはジャンが神様から与えられた使命でもあるんだから)

「……努力しよう」
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