第145話 新婚さんいらっしゃ〜い!

文字数 2,911文字

 朝、目が覚めてとなりに可愛い女性の寝顔があるって至福だと思わない?

 今僕はそんな寝顔を四半時間も眺めてニヤついている。
 ほんと、絶対だらしない顔している自覚はあるぞ。

 ここはバロ村の僕の館。

 隣で安らかな寝息を立てているのは……そう、僕の妻のサラだ。
 オグマリー区を支配下に収めた僕はバロ村に戻ったあと、オグマリー区に「春になったら盛大な結婚式を挙げる」と布令(ふれ)を出して喧伝につとめた。
 同時にオグマリー区に(というかズラカルト男爵領全体に出ていたものだけど)出されていた移動制限令を解除した。
 まず喜んだのが移動するだけで煩雑な手続きを強いられ、安くない通行税を取られていた商都ゼニナルに拠点を置く商人たちだった。
 今後の自分たちの利益を考えてだろう、僕との繋がりを求めて婚礼のお祝い品を求めて区外に買い付けに出て行った。
 当然、商人たちと一緒に僕の(というか、王位継承権者であるサラの)婚姻情報は区外にもたらされることになる。
 (ひと)()(くち)()てがほとんど唯一の情報拡散方法であるこの世界でこれ以上拡散効果のある手段は僕には考えつかなかった。

 さて、商人たちが僕の婚礼のお祝い品を見繕いつつ、僕の婚礼情報を王国内に拡散してくれている間に僕は公共事業に資源を集中投下する。
 具体的にいうと道路工事だ。

 あー、なんだか前世での年末を思い出すよね。

 年末の公共事業といえば道路工事が定番だった。
 たいして修繕の必要性が見出せないアスファルトをひっぺがして敷き替える作業は、余った予算の執行で来年度の予算をできる限り確保する思惑だと言われていたっけ。
 ここでの道路工事はそんな理由では毛頭ない。
 農閑期の領民に仕事を与えるという中、近世の公共事業の役割と、移動の効率化と大量の物流を促す目的を持った工事だ。
 第二次世界大戦前にナチスドイツが兵員輸送のために高速道路(アウトバーン)を作ったなんて俗説があるけれど、実際は失業対策だったという。
 この公共事業による道路整備計画はそんな前世知識の流用だ。
 もっともオグマリー区は王国の最果てであり決して恵まれた地ではなく、ルダーの農業改革と戦果を逃れてきた人々の流入などでそれなりの人口規模になっているけれど、数千人規模の地域だ。
 それもあって戦時には国民皆兵(こくみんかいへい)(国って規模じゃないんだけどね)で動員をかける。
 最奥のバロ村から区都オグマリー市までは十日以上かかっていたので、今後一朝事が起きた際の兵員の移動の効率化は死活問題でもあったから、俗説を当て込んだものでもあることは否定できない。
 すでに整備の済んでいるバロ村ボット村間は従来歩いて三日の距離にあったものが二日に短縮されている。
 ボット村セザン村間も一泊二日の旅程が朝出て日暮れには着くようになっていた。
 地形の起伏もあるわけだけど、単純に言って移動日程が十日から六日と四割以上短縮できると見込まれている。
 オグマリー区最初の徴税は一律で収穫物の八割を徴収した。
 その収穫物の実に四割をジョーのキャラバンを通して貨幣に替え、労働賃金として支払う。
 支払った貨幣で労働者に食べ物を買わせた。

 マッチポンプ?

 なんとでもいえ、これは専制領主だからできるドラスティックな改革である。
 すでに貨幣経済が浸透していた最初の三ヶ村や町場の人々と違って周辺の農村に貨幣経済を浸透させるには、これくらい極端な政策が必要なのさ。
 お金で生活を回せるようになると農産品の徴用比率を大きくしていても領民が困らなくなるからね。
 ここらあたりは低い文明水準様様だよ。
 前世現代社会だったら暴動が起きかねない暴政だって自覚はある。
 そこら辺が鞭であるならば、昼と夜飯が出る労働に貨幣で対価までもらえる公共事業は言うなれば飴だ。
 支配者が変わって不安に思っていただろう民の慰撫(いぶ)は覇権を狙う指導者として当然配慮すべきことだからね。

 この「区内大道路工事」は冬の間中行われたけど、さすがに春までには完了しなかった。

 くそ、こういう時チートが欲しいなと切実に思うよ。

 まあ、街道はもともと整備されていたんだし、所々歩きにくいところが残っているくらいは我慢しよう。
 雪が解けて往来が再開されると続々と商人たちが戻ってきた。
 拡幅整備された道路に感動しつつ一度ゼニナルに戻り、それから続々とバロ村へと集まってくる。
 ゼニナルの商人以外にも商売の匂いを嗅ぎつけたのか他地域の商人や、王位継承権者の婚姻ということで祝意を述べにきた使者などもあった。

 もちろん、彼らが純粋に結婚を祝いに来ただなどとお花畑思考をするはずもない。
 それとなくオギンたちに探りを入れさせ、相手の情報だけでなく、王国の情勢についても調べてもらう。

 準備万端調(ととの)えて、とりおこなった披露宴は集まったものたちの度肝を抜くことになった。

 そりゃそうだ。
 なにせこっちには日本の披露宴を経験した何人もの転生者がいるんだから。
 まず、バロ村の中央広場を飾りつけ、華やかな宴を演出する。
 新郎新婦はできる限り白い布で作らせた衣装にして晴天下で光り輝くように見せる。
 デザインも転生者であるクレタに任せたんでまごうことなきスリーピースのタキシードにウエディングドレスだ。
 春先でまだ肌寒いことを考慮したウエディングドレスは露出が少なく、スレンダーなサラの細いウエストラインを強調するようにデザインされてあり、そこからなだらかに広がるスカートにはふんだんにドレープと透明な石が散りばめられていた。
 前世のドレスと比べれば野暮ったくもあるけれど、この世界では目を見張るほどの豪華なドレスに仕上がっていたぞ。

 次に音楽。
 通常王族の披露宴は弦楽器による厳かな演奏が行われるそうなのだけど、それじゃあ度肝は抜けないと踏んで、吹奏楽器や打楽器の楽団を呼び寄せた。
 もちろん、結婚式はサラの立場や威信もあるから弦楽器による演奏で体裁は調えたけどね。

 誓いの儀式(互いの左手の薬指を痕が残るくらいに強く噛むってやつ)のあとはジャンジャカドンドンと鳴り物鳴らすという派手な演出をする。
 そりゃあもう、特に貴族連中の使者は顎が外れんばかりのアホ面晒してたけど、庶民はむしろこんな雰囲気の方が性というか気分に合っているんだろう。
 格式張った披露宴の緊張から一気に解放されて心の底から僕らの結婚を祝うモードに変わった。
 音に合わせて出された料理は村の人たちに口馴染みの食べ物を中心に商人たちが八方手を尽くして集めてくれた山海の珍味……うん、海のものはさすがに別の珍味(いわゆる乾き物)だったな。
 酒はバロ村名物のダリプ酒、前年に仕込んだものすべてを吐き出させた。
 そう、まだ日の高いうちから飲めや歌えや踊れや踊れの大騒ぎを夜通しやってみせた。

 成金趣味と笑わば笑え。

 意識的にやったことだから陰口なんかへでもない。
 これで強く強く僕ことジャン・ロイとサラの存在を知らしめてやったぞ。
 おかげで、翌日は二日酔いで大変な目にあったけどな。
 結婚を祝って次から次と酌をしにくるのはこの世界でも一緒なんだなぁ……。

 あー、もう新郎なんて何度もするもんじゃないよ。
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