第178話 ああ、面倒ごとは次々舞い込むよ

文字数 2,395文字

 セザン村の特産品は石鹸と織物だ。
 (はた)()り自体は冬場の女衆のたしなみで、この世界では上級貴族の子女でもできて当たり前だという。
 サラもヒマを見ては機織りをしていたりする。
 領内ではバロ村ボット村セザン村で僕とルダーが木工のおじさんと試行錯誤して完成させた日本由来の織機(しょっき)が普及している。
 特にここセザン村には織機によって高品質かつ従来の倍以上の速度で生産される生地に目をつけたジョーによって工場が建設されていて、多くの女衆が農閑期の賃金労働に従事している。
 ああ、工場ったって工場制手工業(マニュファクチュア)だ。
 最初、手を挙げた女たち一人に対して一台ずつ織機を無償で提供して生産品を買い取っていたのだけれど、進捗管理が難しくなったんで作業効率を上げるために作業場を集積したのだという。
 最近では糸を()る人、機を織る人など得意分野を専門にする人が出てきて分業化も進んでいるらしい。
 それでも需要に供給が追いつかないとかで、最近ハンジー町に二つ目の工場を建設する計画が進んでいると聞いた。
 他にも何組かの商人たちがゼニナル町に工場の建設許可を申請しているそうだ。
 そんな需要、こんな田舎のどこにあるんだろうね?
 そんなに一気に生産量を増やしたら需給バランス崩れないか?

「余るようなら他領に売ればいいのではありませんか?」

 おお、サラすごい。
 そうか、他領な。
 すっかり失念していたわ。
 他の商人はよく判らないけど、ジョーの商隊は今でも時折領外に出かけてたっけ。

 他領か……。

 今は内政重視で富国強兵を進めているけれど、いずれズラカルト男爵領に再侵攻するつもりでいるし、その向こうにも当然いくつもの勢力が存在しているんだよな。
 王国最奥の領地であることをいいことに鎖国状態なのをよしとしていたのは悪手に思えてきたぞ。
 とはいえ、元は田舎の百姓の(せがれ)である僕にはコネや伝手なんてものはない。
 あ、いや、あるぞ。
 サラとの結婚式を大々的にやったのはこういう時のためだった。
 あーでも、貴族連中には評判悪かったかもなー。
 いやいや、街道整備やドレスでは度肝を抜いてやったはずだ。

 なんてことを考えていたらやっぱりうわのそらになっていたようで、村の巡察を終えて四の宿への道中危なく落馬……じゃなく落ホルスするところだった。

「なにをやっているのですか、お館様」

 と、ドブルに呆れられてしまった。
 四の宿では商館に入る。
 現在、領内唯一の異人種交流の場である四の宿はグリフ族に対するおもてなしのための設備を商館に用意していて、ここはちょっとよさげな旅館としての機能がある。
 ほかの旅籠(はたご)よりずっと設備が整っているのだ。

「お館様、お早いおつきで」

 と、出迎えてくれたのはチローとジョー。

「来ていたのか」

 チローの滞在は知っていたけど、ジョーまでいるとは思わなかった。

「チローに頼まれてな」

 どうやらグリフ族との交易品に関する交渉に臨席しているようだ。
 なるほど。
 実際に商品を仕入れる商人をテーブルにつければより有意義な交易にできるってことか。

「ケイロはどうした?」

 チローは通商大臣、ケイロを外務大臣に任命したはずだ。
 今の所ニコイチに扱われている二人が別行動なのはどうなんだろう。

「親善大使としてグリフ族の長老衆に会いに行っています。明日明後日には戻ってくる予定ですが、なにかありましたか?」

「ああ、お前たちに相談があったんだ。ジョーもいるならなお都合がいい」

「またなにか企んでいるのか? それとも単なる思いつきか?」

「思いつきとかヒドくない?」

「まあまあ、まずは旅の垢を落としてきてはいかがですか?」

 そうだなってことで、宿泊エリアに移動する。
 ここは一般の旅籠と違って一般人立ち入り禁止なので、心置きなく風呂に入れる。
 しかも、ここの風呂はちょっとした大浴場なのだ。
 浴室に入ると先客がいた。
 全身が静脈が透けて見えているような青白い肌、足が短く直立していても地面に届きそうなほど長い手、頭にはケモ耳。
 グリフの男が二人だ。
 筋骨隆々たる体躯は格闘になったら分が悪いなって思わせる。

「おお、領主殿か」

 見覚えある方が声をかけてきた。
 えーと……ああ、族長だ。
 たしかリュ・ホゥだっけ?

「今回もまた族長自らお出ましなのか?」

「ん? なに、交渉にかこつけた休暇だ。人族の飯とこの風呂が気に入ってな」

 お気軽にリュの隣に座って体を洗い出したら、一緒にいた男が少し殺気立つ。
 それをグリフ語でたしなめるリュ。
 んーん……この言語を習得するのはなかなか大変そうだな。

「領主殿は一人で入浴か?」

「友人ならともかく家臣だとどうしてもゆっくりできないからな」

「そうか、それはすまなかった」

 一人で貸切にできると思って入ってきたら先客がいた。
 それを謝ってきたようだ。

「いやいや、ここはグリフ族をもてなすために作られた施設だ。むしろこちらが邪魔した形になってすまなかった」

 その後は世間話をしながら体を洗い、湯船に沈んで「ほう」と息をつく。

 …………。

 実際には濁った「あ〜」だけどな。

「領主殿」

「なにか?」

「交渉役の頭ごなしにこんな話をするのはよくないのだろうが、交易品に武器を入れてもらえないだろうか?」

 リュによると、今年に入ってグフリ族がテリトリー拡張を目論んでたびたびグリフ族のテリトリーに侵攻してくるのだという。
 その対策として鉄剣を揃えたいのだけれど、技術的にいいものができないから融通してほしいということだった。

「普段は棍棒や青銅の剣でもいいのだが、消耗が激しくてな」

 そんなに激戦を繰り広げているのか?

「すまん。こちらでも材料が諸々揃わなくて需要に供給が追いついていないんだ。秋までには生産体制を整えるつもりなんだが……」

「そうか……それでは仕方ないな」

 そんながっかりされてもなぁ……あっ!

「金棒じゃダメか?」

「カナボウ?」
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