第255話 上意下達
文字数 2,611文字
決断を下すには情報が足りなすぎるので、会議をあきらめて城内を巡検することにした。
将官用の三、四階は無視し(五階は僕の寝室と執務室)、二階の病棟から見て回る。
この階は比較的軽傷……と言うか、完治の見込みのある者たちが集められている。
僕の方針で敵味方の区別なく治療にあたらせていたし、数が多いので野営の毛布などで雑魚寝に近いあまり怪我人によい環境とは言い難い中、敵味方ごちゃ混ぜである。
僕が見舞いにきたことで、ちょっとしたパニックになってしまった。
あるものは体を起こして敬礼をする。
あるものは敵大将と見るや背を向け、あるものは親の仇でもみる目つきで僕を睨み(……てか、実際に親の仇かもしれないな)またあるものは敵である自分にまで手厚い治療をしてくれたと涙を流して感謝する。
その中をできるだけにこやかに穏やかに気さくに挨拶を交わしてぐるりと巡る。
巡検というより慰問だな。
階を降りると一階は重傷者病棟になっている。
戦争だもの仕方ないとは言え腕を失ったもの、足を失ったものなどが簡易ベッドに横たわっている。
この世界は魔法による治療によって前世以上に外科治療技術が発展しているから条件次第ながら切断された手足だって接ぐことができる。
しかし、だ。
この世界の魔法は万能じゃない。
魔法は理 である。
ラバナルがことあるごとに口にする言葉だ。
魔法による外科治療は構造を理解し、摂理を知って、魔法で再現できなければならない。
だから死者を生き返らせることはできないし、治せないものもある。
責任者として一睡もせずに治療にあたっていたんじゃないかというほど憔悴した魔法使いが、治療を別の魔法使いと代わって僕の元へきた。
「気にせず治療にあたり給え」
とか言えたらカッコいいのかもしれないけど、そうも言っていられない。
「全員助かりそうか?」
「それは不可能でしょう」
だろうな。
このフロアの怪我人は全員魔法による治療を施されている。
だからと言って、全員が助かるなんてのは甘いことのようだ。
魔力を介して自然治癒力を極限まで高めるというのがざっくりとした治癒魔法の説明だ。
以前チャールズに訊いた話では、治るために必要なのは触媒としての術者の魔法と対象者の魔力、それと人体を構成している材料。
そう、材料が重傷者に一番不足しているものであることが多い。
材料がなければ壊れた家は直らない。
では、その材料とはどこのなんだ? といえば、人体そのものなのである。
この世界の外科治療は時に前世の水準を大きく凌駕している。
時としてちぎれた腕を元に戻せるほどである。
しかし、その復元に使う材料は対象者のそれより他にない。
そばに鉄があってもそれを材料に赤血球が作れるわけじゃあないのだ。
これはクレタが言っていたことなんだけど、人体構造については前世の二十一世紀水準で知られているのに、それを構成しているものは細胞レベルまでしか把握されていない。
せめてアミノ酸だとかタンパク質というレベルで理解が進めば材料を外部に用意して治療に充てることができるかもしれないと、彼女は言っていた。
けど、今はまだ理論でしかない。
よって、患者の中に足りないものは補うことができず、救えない命が少なくないのだ。
「一人でも多くの命を救ってくれ」
「最善を尽くします」
「ああ……」
「なにか?」
「無理してお前たちが死ぬのはなしだぞ」
「肝に銘じておきましょう」
外に出ると一定の緊張感を保ちながらも、束の間の休息を謳歌する兵士たちがいた。
さすがにここでは我が軍と投降兵を混ぜることはしていない。
だからこそ、生まれている無駄な緊張感なのだ。
強固なしこりになる前に融和しないと、今後の対外戦争で団結することが怪しくなる。
ここはすみやかに陣を引き払ってしまいたいところだけど、なかなかままならない。
味方兵士たちの間を巡って二言三言と言葉を交わしていると、言葉の端々に田舎に帰りたいと言う思いを感じる。
そうだよなぁ、このまま無為にここに留まってると今は単なる望郷の念が、いずれ厭戦気分として陣中に蔓延しかねない。
あー、ダメだ。
こりゃあ継戦はやっぱ難しいや。
僕は今すぐにでも執務室に戻りたい気分をグッと堪えて投降兵の陣も巡る。
うん、なんだろう? この圧倒的アウェイ感。
まぁ、敵の親玉だったわけで、敵愾心 みたいなものをぶつけられるのは仕方ないのだけど、僕、勝者なんだよね?
これは結構心理的にダメージでかいな。
それでも、どうにかこうにか声かけなどして不当には扱わないぞアピールに努めて執務室に戻る。
「オギン。チローとイラード、ルダーそれとオクサを呼んでくれ」
執務室に戻った僕は、四人を呼び出した。
彼らを待っている間に飛行手紙が一通舞い込んできたので、それに目を通す。
「なんの御用でしょう?」
最後に現れたルダーの質問に答える形で会合が始まる。
「チローをドゥナガール仲爵への使者として派遣しようと思う」
「停戦の使者、ですか? それとも砦ではなく仲爵様への使者でしょうか?」
チローは行き先を訊ねてきた。
そこで、ついさっき届いたばかりの飛行手紙をみんなに回す。
「砦はすでに陥ちたようだ」
「なんと! で、仲爵軍は……砦を壊して引き揚げた。か」
そうなんだ。
「ということで、チローには同盟継続の確認と、新たに領地不可侵条約を締結してきてもらいたい」
手紙がなくても、停戦の申し込みをするつもりでチローを呼んでたのだけどな。
「また、大役ですな」
「できるのなら対アシックサル季爵軍事同盟としてより強固な同盟関係に発展させてきてはもらえないだろうか?」
そう言うと
「必ずや、成し遂げて見せましょう」
と大見得を切ってきた。
勝算がありそうだな。
「と言うことで、遠征軍は数日のうちに引き上げることにした。ついてはオクサ、副将に三人と百人の兵を与えズラカリー区の兵権を任せる」
「兵百人!?」
「投降兵をうまく活用すればよかろう?」
「はっ、簡単に言ってくれますな、うちの大将は」
無理難題なのは承知の上で頼んでいる。
「オクサならできると信頼しているからな」
と、持ち上げておくことも忘れない。
「副将の人選は任せる。イラード、ルダー。すみやかに帰還の準備にあたってくれ。以上!」
これは上 意 下 達 ってやつだな。
初めてかも、誰にも諮ることなく計画を進めたの。
将官用の三、四階は無視し(五階は僕の寝室と執務室)、二階の病棟から見て回る。
この階は比較的軽傷……と言うか、完治の見込みのある者たちが集められている。
僕の方針で敵味方の区別なく治療にあたらせていたし、数が多いので野営の毛布などで雑魚寝に近いあまり怪我人によい環境とは言い難い中、敵味方ごちゃ混ぜである。
僕が見舞いにきたことで、ちょっとしたパニックになってしまった。
あるものは体を起こして敬礼をする。
あるものは敵大将と見るや背を向け、あるものは親の仇でもみる目つきで僕を睨み(……てか、実際に親の仇かもしれないな)またあるものは敵である自分にまで手厚い治療をしてくれたと涙を流して感謝する。
その中をできるだけにこやかに穏やかに気さくに挨拶を交わしてぐるりと巡る。
巡検というより慰問だな。
階を降りると一階は重傷者病棟になっている。
戦争だもの仕方ないとは言え腕を失ったもの、足を失ったものなどが簡易ベッドに横たわっている。
この世界は魔法による治療によって前世以上に外科治療技術が発展しているから条件次第ながら切断された手足だって接ぐことができる。
しかし、だ。
この世界の魔法は万能じゃない。
魔法は
ラバナルがことあるごとに口にする言葉だ。
魔法による外科治療は構造を理解し、摂理を知って、魔法で再現できなければならない。
だから死者を生き返らせることはできないし、治せないものもある。
責任者として一睡もせずに治療にあたっていたんじゃないかというほど憔悴した魔法使いが、治療を別の魔法使いと代わって僕の元へきた。
「気にせず治療にあたり給え」
とか言えたらカッコいいのかもしれないけど、そうも言っていられない。
「全員助かりそうか?」
「それは不可能でしょう」
だろうな。
このフロアの怪我人は全員魔法による治療を施されている。
だからと言って、全員が助かるなんてのは甘いことのようだ。
魔力を介して自然治癒力を極限まで高めるというのがざっくりとした治癒魔法の説明だ。
以前チャールズに訊いた話では、治るために必要なのは触媒としての術者の魔法と対象者の魔力、それと人体を構成している材料。
そう、材料が重傷者に一番不足しているものであることが多い。
材料がなければ壊れた家は直らない。
では、その材料とはどこのなんだ? といえば、人体そのものなのである。
この世界の外科治療は時に前世の水準を大きく凌駕している。
時としてちぎれた腕を元に戻せるほどである。
しかし、その復元に使う材料は対象者のそれより他にない。
そばに鉄があってもそれを材料に赤血球が作れるわけじゃあないのだ。
これはクレタが言っていたことなんだけど、人体構造については前世の二十一世紀水準で知られているのに、それを構成しているものは細胞レベルまでしか把握されていない。
せめてアミノ酸だとかタンパク質というレベルで理解が進めば材料を外部に用意して治療に充てることができるかもしれないと、彼女は言っていた。
けど、今はまだ理論でしかない。
よって、患者の中に足りないものは補うことができず、救えない命が少なくないのだ。
「一人でも多くの命を救ってくれ」
「最善を尽くします」
「ああ……」
「なにか?」
「無理してお前たちが死ぬのはなしだぞ」
「肝に銘じておきましょう」
外に出ると一定の緊張感を保ちながらも、束の間の休息を謳歌する兵士たちがいた。
さすがにここでは我が軍と投降兵を混ぜることはしていない。
だからこそ、生まれている無駄な緊張感なのだ。
強固なしこりになる前に融和しないと、今後の対外戦争で団結することが怪しくなる。
ここはすみやかに陣を引き払ってしまいたいところだけど、なかなかままならない。
味方兵士たちの間を巡って二言三言と言葉を交わしていると、言葉の端々に田舎に帰りたいと言う思いを感じる。
そうだよなぁ、このまま無為にここに留まってると今は単なる望郷の念が、いずれ厭戦気分として陣中に蔓延しかねない。
あー、ダメだ。
こりゃあ継戦はやっぱ難しいや。
僕は今すぐにでも執務室に戻りたい気分をグッと堪えて投降兵の陣も巡る。
うん、なんだろう? この圧倒的アウェイ感。
まぁ、敵の親玉だったわけで、
これは結構心理的にダメージでかいな。
それでも、どうにかこうにか声かけなどして不当には扱わないぞアピールに努めて執務室に戻る。
「オギン。チローとイラード、ルダーそれとオクサを呼んでくれ」
執務室に戻った僕は、四人を呼び出した。
彼らを待っている間に飛行手紙が一通舞い込んできたので、それに目を通す。
「なんの御用でしょう?」
最後に現れたルダーの質問に答える形で会合が始まる。
「チローをドゥナガール仲爵への使者として派遣しようと思う」
「停戦の使者、ですか? それとも砦ではなく仲爵様への使者でしょうか?」
チローは行き先を訊ねてきた。
そこで、ついさっき届いたばかりの飛行手紙をみんなに回す。
「砦はすでに陥ちたようだ」
「なんと! で、仲爵軍は……砦を壊して引き揚げた。か」
そうなんだ。
「ということで、チローには同盟継続の確認と、新たに領地不可侵条約を締結してきてもらいたい」
手紙がなくても、停戦の申し込みをするつもりでチローを呼んでたのだけどな。
「また、大役ですな」
「できるのなら対アシックサル季爵軍事同盟としてより強固な同盟関係に発展させてきてはもらえないだろうか?」
そう言うと
「必ずや、成し遂げて見せましょう」
と大見得を切ってきた。
勝算がありそうだな。
「と言うことで、遠征軍は数日のうちに引き上げることにした。ついてはオクサ、副将に三人と百人の兵を与えズラカリー区の兵権を任せる」
「兵百人!?」
「投降兵をうまく活用すればよかろう?」
「はっ、簡単に言ってくれますな、うちの大将は」
無理難題なのは承知の上で頼んでいる。
「オクサならできると信頼しているからな」
と、持ち上げておくことも忘れない。
「副将の人選は任せる。イラード、ルダー。すみやかに帰還の準備にあたってくれ。以上!」
これは
初めてかも、誰にも諮ることなく計画を進めたの。