第116話 町の代官との交渉 2

文字数 2,572文字

「いつまで茶番に付き合わせるつもりなのでしょう?」

 僕に声をかけられた従者はイタズラのバレた子供のように笑う。

「いやあ、バレちゃったか。どこで気付かれたんだろ?」

 ちらりと振り返ったオギンは無表情を装っているがポーカーフェイスとは言い難い。
 こちらの視線が居心地が悪かったんだろう。
 どうやらこの茶番はオギンの黙認のもと行われた僕の品定めだったようだ。

よろしく得意げに推理を語るつもりはありませんよ。今日は交渉に来たのですから」

「これは失礼。改めましてこの町の代官チカマック・エモンザー、先ほどまで応対に当たっていたのはこの町の防衛隊長ノサウス・クレインバレー。ついでに隣にいるのは側近サイ・カークです。以後、お見知り置きを」

「叛乱者の代表をしているジャン・ロイです。後ろに控えている女たちはご存知でしょうから省略しましょう。隣に座っているのは私の婚約者のサラです」

「いやいやもう勘弁してください。それより美しい婚約者を連れてくるとは、独身の私に対する当て付けですか?」

 ノサウスと席を替わりながらそうやってマウントをとりにくるチカマック。
 こればっかりは避けて通れないよな。
 力関係のはっきりしている村との交渉とは違って、どっちが上になるかを賭けた交渉だ。

「いやいや、意味もなく連れては来ませんよ。それより、交渉再開といきましょう。田舎もんの首魁と違ってそちらはお忙しいでしょうし」

「一町三ヶ村の代官と三ヶ村の領主、それほど変わりませんよ。いや、今は四ヶ村の領主と一町二ヶ村の代官か……むしろあなたの方が忙しいのではありませんか?」

 「はっはっは」と互いに笑いあったあと、ようやく本題に入る。

「先代代官キンショー殿からの申し送り、確かにうかがってはおりますが……正直決めかねている。先ほどノサウス・クレインバレーが言った通り、あなたは世間的には単なる田舎の叛逆者だ。たしかに二度の鎮圧軍を撃退したことで小さいながらも一勢力の地位を確保しているだろうが、だからといってこの一町三ヶ村という集落(コロニー)を代官であったキンショー殿があなたの支配下に譲り渡す気になったその根拠というか、どこに魅力を感じて賭ける(ベットする)気になったのか……」

「なるほど。では、こちらからいくつか質問させてもらいましょうか」

「なんでしょう?」

「今の王国の現状をどう思っておられますか?」

 質問への返答は冷静かつ的確な情報分析の開陳だった。
 公式のルートから得られる情報はやっぱり羨ましいほど鮮度が高い。
 とは言え、おおむね僕の考えと変わらない。

「では、単刀直入にお聞きしますが、オルバックいや、ズラカルト男爵でそのような情勢を乗り切れるとお思いですか?」

「……なるほど、危機意識も領土的野心もない男爵では早晩いずれかの勢力に飲み込まれるでしょうな。しかし、田舎の農村にそのような政治的情勢など無関係ではありませんかな?」

 ……判ってないのは所詮支配階級ってことなのか?
 ちょっとムカつく。
 僕は感情的になるのを抑えるためにゆっくりと二度呼吸し、意識的に話すスピードを抑えて説明をする。
 徴税のこと、徴兵のこと。
 いずれ戦果が無辜の民に及ぶことを。

「──という分析のもと、自己決定権の確立を目指してまずはオグマリー区を支配下に収め、独立を宣言する所存です」

「はぁ、まあすでに独立宣言はなされているも同様ですが、あなたの考え方は理解できました。オルバック家現当主はまだ有能な方ですが、次期当主のご子息は臣下の身でいうのもはばかりながら大変残念なお方です。キンショー殿はそれを憂慮し先々をかんがみてあなたの提案を受け入れたのでしょう。いえ、私もこの件は悪くないご提案だと思っていました。ただ……」

 と、長い間を取って僕を正面から見据える。

「あなたの野心がどれほどなのか? どれほど先を考えての行動なのか。反旗を翻す以上、それなりの勝算を担保したくてね」

「で? どちらを

と見ましたか?」

「そうですね、男爵までは届くんじゃありませんか? 少なくともオグマリー区制圧の勝ち筋は見えているのでしょう?」

 よし!
 オグマリー区制圧の手筋にはこの町をできるだけ犠牲なく手に入れることが重要だった。
 つまり乗っとく方がいいと踏んでくれたってことだ。
 心の中のガッツポーズは出来る限り表に出さない努力をしつつクロージングに向かう。
 けど、ここでがっついちゃうと足元を見られる。
 慎重に、主導権を握って渡さない。
 それも重要なことだ。
 なにせ僕は単なる田舎もんで、相手はまがりなりにも行政官を務める身分の男なんだから。

「勝ち筋と言いますか勝算はあると見て行動しています。当然ですけどね」

 それを聞いてチカマックは目を閉じ鼻で笑う。
 あ・なんか馬鹿にされた気分。

「まぁ、いいでしょう。いくつかこちらの条件を飲んでもらいますよ」

「出来る範囲で善処しましょう」

 そりゃあそうだ。
 ここからは実務交渉と見ていいかな?
 その前にちゃんと確認しとかないと。

「では、私の傘下に入っていただくということでよろしいですね」

 と、笑顔を作る。
 若干あくどい笑顔になっている自覚がある営業スマイルだ。

「そうですね。それで結構です」

 最初に代官役をやっていたノサウスは不服そうだけど、この交渉はかなり対等に近い形になってる。
 「名を取ると矢面に立たなければいけないからそこは譲る」くらいのスタンスだ。
 実権を奪われないように気をつけなきゃと思うくらいだよ。
 まったく、神様も転生ボーナスに高い交渉力とか、しょーもないことでも称賛される(チート)カリスマ性とかくれてもいいのにさ。

「細かい実務は明日改めて詰めるとして、少々あなたとサシで話したいことがあるのですが、いかがでしょう?」

 うん、僕も確認したいことがある。

「いいでしょう」

「チカマック様」

 ノサウスが抗議の声を上げるがチカマックは無視を決め込み、サイがノサウスを連れて早々に応接室を出ていく。
 よくできた側近だ。

「オギン、サラを頼む」

 と、僕が言えばこちらもなにも言わずに女たちは出ていく。
 もっとも、女が一人(一匹か?)僕のそばに残っているけどね。
 ドアが閉まり、静寂が空間を支配する。
 さて、たぶん相手も同じことを聞きたいんじゃないかと思うんだ。
 どう切り出そうかね?
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