第289話 急報
文字数 2,283文字
二つに分けた開拓団の半分を村に残し、残り半分を引き連れて次の村を目指す。
前日降った初雪は解けているとはいえ雪の降る季節になった風は冷たく、ホルスに騎乗していると寒さがこたえる。
歩いている方がまだマシだぞこれ。
「この辺りがグリフ族の皆さんに開拓してもらう予定の場所です」
日が傾きかけた頃、ルダーが指を差す。
「今日はこの辺りで休むとしよう」
本当のことを言えば開拓予定地にベースになるキャンプを設置したくはあったけれど、この時期の日が沈んでからのテント張りは危険である。
街道が整備されていて野宿の必要がなかったオグマリー区と違いハングリー区では村と村の距離が遠いこともあってどうしても何度か野営することになる。
すでに二度の人族式キャンプを経験しているため手順で戸惑うようなことはないが、グリフ族の一行はまだまだ手つきがおぼつかなくて時間がかかる。
人族の道具を扱うには彼らの手がデカくてゴツいせいもあるだろう。
軍事行動中は総大将として設営をすることをあえてしていないけど、この旅では積極的に手伝うことにしている。
そのせいか、いや、おかげか。
部下の評価がちょっと上がっているようだ。
嫌いじゃないんだよ。
元村人だし、前世ではアウトドア好きで若い頃からよく出かけてたから。
わざわざ火口箱を買ってきて不便なワイルドキャンプしたりね。
子供ができてからはもっぱらオートキャンプになったけど。
さて、食事ができたからみんなを呼んでわいわいと話しながら晩飯を食べようかと立ち上がった時、
「お館様」
と、ハイスプリングが夕闇迫る空を指差した。
南からの飛行手紙だ。
「ハイスプリング、主だったものを集めてくれ」
彼は無言で頭を下げると速やかに伝令に走る。
胸の前で開いた手にスッと降りてくるように停まった飛行手紙を開いて内容に目を通す。
読み終わる頃にはイラード、ルダー、リゥとショがやってきた。
「南から来たそうですね」
開口一番イラードが訊ねてきた。
「南からくる手紙ということは、十中八九砦からでしょうな」
「ああ」
僕は、手紙を手渡しつつもみんなにかいつまんで内容を説明する。
ハングリー区の砦は年に数回アシックサル季爵の軍から攻撃を受けている。
それ自体はもう年中行事みたいなものなのだけど、今回は軍の規模がいつもの数倍なので、援軍を寄越して欲しいという手紙だった。
「ということでイラード、軍を招集する」
「規模は?」
イラードが懐から取り出した手帳には、領内のさまざまな情報が書き込まれているという。
現在動員可能な兵数や各町からの移動日数などを勘案するために出したものだろう。
「総動員だ」
「そっ!? ……本気でことを構えるのですか?」
「ああ、これ以上舐められるわけにはいかない。アシックサル殿はどうやら南の男爵領を攻略したようだ」
アシックサル領は僕以外に東をドゥナガール仲爵領、南にヒョートコ男爵領、南東にオッカメー季爵領と隣接している。
いくら好戦的な人物だって一度に攻められることの不利は考える。
彼の取った戦略は周辺領主の出方をうかがいつつ弱い順に侵略するというものだったと僕は見ている。
そこで狙われたのがもっとも領地の狭いヒョートコ男爵領だった。
もちろん、一点集中では周りの領主がこれを好機と攻めて来る恐れがあるので、時々砦を襲ってくるのだ。
ドゥナガール仲爵へは手榴弾を模倣した『弾ける球』を使って砦を破って見せることで容易ならざる相手だと警戒をさせた。
僕のところは手榴弾があるから形だけ攻めて見せているだけだと見切っていたので、守将には追い払う以上に深追いさせていなかったのだけれど、相手の方でも攻めてこないと判っていたのだろう。
こうして北と東を牽制しておいて着々と南を攻略してきたようだ。
時々南東のオッカメー季爵領も攻めているのは牽制だったに違いない。
僕らにとって誤算だったのはオッカメー軍が弱かったことだ。
砦を奪われたのはドゥナガール仲爵も同様だけど、オッカメーは砦を取り返すことができなかった。
防衛拠点を奪われるということは、そこから軍が押し寄せてくるということに他ならない。
「ヒョートコ領の占領統治とオッカメー領の侵攻のためにドゥナガール仲爵相手に成功した戦略に味をしめて、砦を攻め落として牽制する作戦なのだろう。季爵は我らを過小評価しているらしい」
「お館様が過小評価するように仕向けたのでしょう。こわやこわや」
ルダーが芝居がかった仕草で言うのにニヤリと笑って頷いて見せる。
「これを好機に季爵領を一気に切り取ってやろうぞ」
と、嘯くとイラードも
「武将どもも無 聊 を託 っておりましたので、嬉々として馳せ参じましょう」
と、応える。
「ジャン殿」
「おお、リュ殿。このような事態になって申し訳ありませんな」
「いや。その話、我らも乗せていただけないかと」
「と言うと?」
「戦なのだろう?」
「ええ」
「実はこの山沿いに……」
と、日があれば見ることができる右手にそびえる山脈を指し示す。
「我らが同胞が住んでいるのだが、この十年ばかり音沙汰がないのだ。ずっと気になっていてな」
なるほど。
「グリフ族の勇猛は聞き及んでおります。ご協力いただけるとなれば、これほど心強いこともありません」
「そのように言ってもらうのは面映 い。参戦と言っても供回りのわずかな手勢ではたかも知れているでしょうが、よろしくお願いする」
「こちらこそ」
「では、飛行手紙は食事の後ということで。腹が減っては戦はできぬと言いますからな」
ルダー、それは前世の諺 じゃないかね?
前日降った初雪は解けているとはいえ雪の降る季節になった風は冷たく、ホルスに騎乗していると寒さがこたえる。
歩いている方がまだマシだぞこれ。
「この辺りがグリフ族の皆さんに開拓してもらう予定の場所です」
日が傾きかけた頃、ルダーが指を差す。
「今日はこの辺りで休むとしよう」
本当のことを言えば開拓予定地にベースになるキャンプを設置したくはあったけれど、この時期の日が沈んでからのテント張りは危険である。
街道が整備されていて野宿の必要がなかったオグマリー区と違いハングリー区では村と村の距離が遠いこともあってどうしても何度か野営することになる。
すでに二度の人族式キャンプを経験しているため手順で戸惑うようなことはないが、グリフ族の一行はまだまだ手つきがおぼつかなくて時間がかかる。
人族の道具を扱うには彼らの手がデカくてゴツいせいもあるだろう。
軍事行動中は総大将として設営をすることをあえてしていないけど、この旅では積極的に手伝うことにしている。
そのせいか、いや、おかげか。
部下の評価がちょっと上がっているようだ。
嫌いじゃないんだよ。
元村人だし、前世ではアウトドア好きで若い頃からよく出かけてたから。
わざわざ火口箱を買ってきて不便なワイルドキャンプしたりね。
子供ができてからはもっぱらオートキャンプになったけど。
さて、食事ができたからみんなを呼んでわいわいと話しながら晩飯を食べようかと立ち上がった時、
「お館様」
と、ハイスプリングが夕闇迫る空を指差した。
南からの飛行手紙だ。
「ハイスプリング、主だったものを集めてくれ」
彼は無言で頭を下げると速やかに伝令に走る。
胸の前で開いた手にスッと降りてくるように停まった飛行手紙を開いて内容に目を通す。
読み終わる頃にはイラード、ルダー、リゥとショがやってきた。
「南から来たそうですね」
開口一番イラードが訊ねてきた。
「南からくる手紙ということは、十中八九砦からでしょうな」
「ああ」
僕は、手紙を手渡しつつもみんなにかいつまんで内容を説明する。
ハングリー区の砦は年に数回アシックサル季爵の軍から攻撃を受けている。
それ自体はもう年中行事みたいなものなのだけど、今回は軍の規模がいつもの数倍なので、援軍を寄越して欲しいという手紙だった。
「ということでイラード、軍を招集する」
「規模は?」
イラードが懐から取り出した手帳には、領内のさまざまな情報が書き込まれているという。
現在動員可能な兵数や各町からの移動日数などを勘案するために出したものだろう。
「総動員だ」
「そっ!? ……本気でことを構えるのですか?」
「ああ、これ以上舐められるわけにはいかない。アシックサル殿はどうやら南の男爵領を攻略したようだ」
アシックサル領は僕以外に東をドゥナガール仲爵領、南にヒョートコ男爵領、南東にオッカメー季爵領と隣接している。
いくら好戦的な人物だって一度に攻められることの不利は考える。
彼の取った戦略は周辺領主の出方をうかがいつつ弱い順に侵略するというものだったと僕は見ている。
そこで狙われたのがもっとも領地の狭いヒョートコ男爵領だった。
もちろん、一点集中では周りの領主がこれを好機と攻めて来る恐れがあるので、時々砦を襲ってくるのだ。
ドゥナガール仲爵へは手榴弾を模倣した『弾ける球』を使って砦を破って見せることで容易ならざる相手だと警戒をさせた。
僕のところは手榴弾があるから形だけ攻めて見せているだけだと見切っていたので、守将には追い払う以上に深追いさせていなかったのだけれど、相手の方でも攻めてこないと判っていたのだろう。
こうして北と東を牽制しておいて着々と南を攻略してきたようだ。
時々南東のオッカメー季爵領も攻めているのは牽制だったに違いない。
僕らにとって誤算だったのはオッカメー軍が弱かったことだ。
砦を奪われたのはドゥナガール仲爵も同様だけど、オッカメーは砦を取り返すことができなかった。
防衛拠点を奪われるということは、そこから軍が押し寄せてくるということに他ならない。
「ヒョートコ領の占領統治とオッカメー領の侵攻のためにドゥナガール仲爵相手に成功した戦略に味をしめて、砦を攻め落として牽制する作戦なのだろう。季爵は我らを過小評価しているらしい」
「お館様が過小評価するように仕向けたのでしょう。こわやこわや」
ルダーが芝居がかった仕草で言うのにニヤリと笑って頷いて見せる。
「これを好機に季爵領を一気に切り取ってやろうぞ」
と、嘯くとイラードも
「武将どもも
と、応える。
「ジャン殿」
「おお、リュ殿。このような事態になって申し訳ありませんな」
「いや。その話、我らも乗せていただけないかと」
「と言うと?」
「戦なのだろう?」
「ええ」
「実はこの山沿いに……」
と、日があれば見ることができる右手にそびえる山脈を指し示す。
「我らが同胞が住んでいるのだが、この十年ばかり音沙汰がないのだ。ずっと気になっていてな」
なるほど。
「グリフ族の勇猛は聞き及んでおります。ご協力いただけるとなれば、これほど心強いこともありません」
「そのように言ってもらうのは
「こちらこそ」
「では、飛行手紙は食事の後ということで。腹が減っては戦はできぬと言いますからな」
ルダー、それは前世の