第238話 長閑な行軍とは
文字数 2,324文字
翌日から一団だった軍を三隊にする。
先陣は僕が指揮する三隊百五十人で魔法部隊なし。
魔法を使えるのはチャールズだけだ。
これに副官としてウータを諜報員にオギンと数名がついている。
第二陣はチカマックを大将に四隊二百人、副官にザイーダをつけて先陣の後方一時間半の距離を進軍させる。
第三陣は残りの三隊百五十人をイラードに任せた。
ここにはガーブラを副官にトビーを連絡係としてつけ、遊軍として好きに動いていいと命じてある。
「せっかくの軍勢をずいぶん細かく分けるのですね」
行軍中、ウータがホルスを寄せて訊ねてきた。
「敵の倍以上だったからね。町に籠城されない工夫が必要なのさ」
「なるほど、戦力が拮抗していると思わせなければ籠城されますね」
戦争ってのは実際やってみると案外地味なものだ。
武将同士の一騎討ちみたいな派手な斬り合いなんてまずないし、時代劇の殺陣 みたいな見とれる太刀筋なんてのもまずお目にかからない。
ただただ膂力に任せて武器が振るわれ、斬られ、撃たれ、殴られて人が死んでいく。
武将は少しでも自軍に有利な条件で戦うために知恵を絞り、まぁ守勢はほとんどが城壁を頼って籠城する。
しかし、籠城戦ってのは実はそう簡単なものじゃあない。
まず、城壁を頼ったとしてもそれで鉄壁とはいかない。
一般に近代化以前の籠城戦闘は守勢有利と言われるが、それだって戦力差次第だ。
次に籠るだけで勝てるわけじゃないと言う問題がある。
日本史上の主な籠城戦は最終的にほどんどが陥落している。
籠城側の勝利条件は大きく三つ。
敵を撃ち破るか、援軍が到来して敵を撃ち破るか、攻勢側が諦めて撤退するまでひたすら耐えるかだ。
籠城戦で長期に渡って耐え切った数少ない事例である楠木正成の千早城の戦いだって、地の利を生かし様々な仕掛けをしての百日籠城だ。
それだって京で足利尊氏が六波羅探題を、鎌倉で新田義貞が執権北条家を滅ぼしていなければやがて落城していただろう。
そもそも討って出て撃ち破れるのなら籠城などしないだろうし、我が軍の別働隊が別の町を攻めているため援軍も期待できない。
最後の諦めて撤退してくれる可能性ってのは、残念ながら今回に関してはない。
確かに兵糧問題や今回の作戦期間に限りはあるけど、その間を耐え切れるほどの町の戦力はないはずだ。
「しかし、当初の予定ではワングレンの町は別働隊が攻略する予定でしたよね」
そうだね。
「といいますか、もしかしたら別働隊と挟撃することになるかもしれません」
と、チャールズが会話に入ってきた。
「行軍速度を考えるとこちらの方が一日以上先行すると思われます」
と、オギンも混ざってきた。
「予定通りなら今頃は開戦しているでしょう」
とすれば、数百人単位の合戦が数日に渡るなんて考えられないし、早ければ昼過ぎには大勢が決まるはずだな。
トゥウィンテル軍がどう潰走するか……って、勝つ前提で考えるのは取らぬ狸のってやつか。
でも、対峙している軍と同数が伏勢になっているんだから、よっぽど致命的な失敗か不測の事態でもなければ負ける要素はないと思うんだよね。
最初の均衡さえ崩れれば、一気に敗走させられるだけの戦力差があるはずだ。
「どの軍が町を攻略するんでも私は構わないのだが」
「兵の立場では戦功の多い方がいいものですから、わたしとしてはこのまま本軍が町を落とす方が嬉しいです。なにせ、リゼルドとの合戦には参加できませんでしたからね」
ああ、そうだね。
チカマックと一緒に陣の始末を任せたからな。
それも重要な仕事だけれど、やっぱ合戦の戦功の方がそりゃあ評価高いか。
その日も何事もなく行軍しさらに翌日の昼過ぎ、前方に数騎の斥候を確認した。
「追いますか?」
と、ウータが訊ねる。
「いや、そのまま返す。無理に戦闘に及ぶことはない。むしろ必要以上に警戒されても困るからな」
斥候は十分な距離をとって僕らの行軍をしばらく観察した後、引き返して行った。
それと入れ違いになるように飛行手紙が届く。
「ラビティア殿からですか?」
「いや、ダイモンドからだった」
そう言いながら訊ねてきたウータに手紙を手渡す。
「ティブルックの町を落としたという戦勝報告ですね。ずいぶん簡単に落としたみたいですね」
報告には非常に簡潔ながら概略が記されていた。
それによると一昨夜未明に町を急襲、事前に潜り込ませていた味方兵に門を開けさせて町中に乱入し、一気に庁舎を占拠したという。
「想定では百人ほど兵がいたはずですが、この手紙からは二、三十ほどしかいなかったように思われますね」
「チャールズの言う通りだ。報告には『ティブルックは取り逃した』とあるが、いなかったのではないかと思う」
「すると、トゥウィンテルが集めた六百人の軍勢というのは」
「ああ、周辺から集められるだけ集めた軍なのかもしれない」
「難関門戦には二千五百もの軍勢を動員したズラカルト軍が、わずか一、二年で六百しか集められなくなったというのですか?」
「んーん……あの時はおそらく領境の砦詰め以外の兵を領内全域から集めたんじゃないか?」
「あたしもそう思います」
「オギンがいうなら間違いないでしょうね」
「あの戦では敵戦力を半減させた。本当ならヒロガリー区でももっと兵を集められたに違いない。いや、我が軍のように募れるだけ徴兵すればまだまだ互角以上の戦力をかき集められるだろう」
「かもしれませんね」
「人数は集められても練度のない兵は戦力として勘定できません」
ま、ウータの言う通りだな。
我が軍は領民皆兵ってことで頻繁に軍事調練を課しているから、いつ徴集されても即兵士だ。
急募兵とは比べ物にならないくらいの強兵だぞ。
先陣は僕が指揮する三隊百五十人で魔法部隊なし。
魔法を使えるのはチャールズだけだ。
これに副官としてウータを諜報員にオギンと数名がついている。
第二陣はチカマックを大将に四隊二百人、副官にザイーダをつけて先陣の後方一時間半の距離を進軍させる。
第三陣は残りの三隊百五十人をイラードに任せた。
ここにはガーブラを副官にトビーを連絡係としてつけ、遊軍として好きに動いていいと命じてある。
「せっかくの軍勢をずいぶん細かく分けるのですね」
行軍中、ウータがホルスを寄せて訊ねてきた。
「敵の倍以上だったからね。町に籠城されない工夫が必要なのさ」
「なるほど、戦力が拮抗していると思わせなければ籠城されますね」
戦争ってのは実際やってみると案外地味なものだ。
武将同士の一騎討ちみたいな派手な斬り合いなんてまずないし、時代劇の
ただただ膂力に任せて武器が振るわれ、斬られ、撃たれ、殴られて人が死んでいく。
武将は少しでも自軍に有利な条件で戦うために知恵を絞り、まぁ守勢はほとんどが城壁を頼って籠城する。
しかし、籠城戦ってのは実はそう簡単なものじゃあない。
まず、城壁を頼ったとしてもそれで鉄壁とはいかない。
一般に近代化以前の籠城戦闘は守勢有利と言われるが、それだって戦力差次第だ。
次に籠るだけで勝てるわけじゃないと言う問題がある。
日本史上の主な籠城戦は最終的にほどんどが陥落している。
籠城側の勝利条件は大きく三つ。
敵を撃ち破るか、援軍が到来して敵を撃ち破るか、攻勢側が諦めて撤退するまでひたすら耐えるかだ。
籠城戦で長期に渡って耐え切った数少ない事例である楠木正成の千早城の戦いだって、地の利を生かし様々な仕掛けをしての百日籠城だ。
それだって京で足利尊氏が六波羅探題を、鎌倉で新田義貞が執権北条家を滅ぼしていなければやがて落城していただろう。
そもそも討って出て撃ち破れるのなら籠城などしないだろうし、我が軍の別働隊が別の町を攻めているため援軍も期待できない。
最後の諦めて撤退してくれる可能性ってのは、残念ながら今回に関してはない。
確かに兵糧問題や今回の作戦期間に限りはあるけど、その間を耐え切れるほどの町の戦力はないはずだ。
「しかし、当初の予定ではワングレンの町は別働隊が攻略する予定でしたよね」
そうだね。
「といいますか、もしかしたら別働隊と挟撃することになるかもしれません」
と、チャールズが会話に入ってきた。
「行軍速度を考えるとこちらの方が一日以上先行すると思われます」
と、オギンも混ざってきた。
「予定通りなら今頃は開戦しているでしょう」
とすれば、数百人単位の合戦が数日に渡るなんて考えられないし、早ければ昼過ぎには大勢が決まるはずだな。
トゥウィンテル軍がどう潰走するか……って、勝つ前提で考えるのは取らぬ狸のってやつか。
でも、対峙している軍と同数が伏勢になっているんだから、よっぽど致命的な失敗か不測の事態でもなければ負ける要素はないと思うんだよね。
最初の均衡さえ崩れれば、一気に敗走させられるだけの戦力差があるはずだ。
「どの軍が町を攻略するんでも私は構わないのだが」
「兵の立場では戦功の多い方がいいものですから、わたしとしてはこのまま本軍が町を落とす方が嬉しいです。なにせ、リゼルドとの合戦には参加できませんでしたからね」
ああ、そうだね。
チカマックと一緒に陣の始末を任せたからな。
それも重要な仕事だけれど、やっぱ合戦の戦功の方がそりゃあ評価高いか。
その日も何事もなく行軍しさらに翌日の昼過ぎ、前方に数騎の斥候を確認した。
「追いますか?」
と、ウータが訊ねる。
「いや、そのまま返す。無理に戦闘に及ぶことはない。むしろ必要以上に警戒されても困るからな」
斥候は十分な距離をとって僕らの行軍をしばらく観察した後、引き返して行った。
それと入れ違いになるように飛行手紙が届く。
「ラビティア殿からですか?」
「いや、ダイモンドからだった」
そう言いながら訊ねてきたウータに手紙を手渡す。
「ティブルックの町を落としたという戦勝報告ですね。ずいぶん簡単に落としたみたいですね」
報告には非常に簡潔ながら概略が記されていた。
それによると一昨夜未明に町を急襲、事前に潜り込ませていた味方兵に門を開けさせて町中に乱入し、一気に庁舎を占拠したという。
「想定では百人ほど兵がいたはずですが、この手紙からは二、三十ほどしかいなかったように思われますね」
「チャールズの言う通りだ。報告には『ティブルックは取り逃した』とあるが、いなかったのではないかと思う」
「すると、トゥウィンテルが集めた六百人の軍勢というのは」
「ああ、周辺から集められるだけ集めた軍なのかもしれない」
「難関門戦には二千五百もの軍勢を動員したズラカルト軍が、わずか一、二年で六百しか集められなくなったというのですか?」
「んーん……あの時はおそらく領境の砦詰め以外の兵を領内全域から集めたんじゃないか?」
「あたしもそう思います」
「オギンがいうなら間違いないでしょうね」
「あの戦では敵戦力を半減させた。本当ならヒロガリー区でももっと兵を集められたに違いない。いや、我が軍のように募れるだけ徴兵すればまだまだ互角以上の戦力をかき集められるだろう」
「かもしれませんね」
「人数は集められても練度のない兵は戦力として勘定できません」
ま、ウータの言う通りだな。
我が軍は領民皆兵ってことで頻繁に軍事調練を課しているから、いつ徴集されても即兵士だ。
急募兵とは比べ物にならないくらいの強兵だぞ。