第138話 オグマリー市攻城戦 6

文字数 2,332文字

「全軍、突撃!」

 号令一下、全軍が突撃する。
 僕はそれを見送ってからチャールズに魔法を頼む。
 ここ一番のためにクレタ、ソルブに協力を仰ぎ、チカマックの知識を借りて開発してもらった禁断の新魔法……その名も能力向上(ドーピング)
 以前、兵糧焼討ち作戦の際にラバナルが使った加速(アクセル)の魔法は単純に筋肉の運動速度を一定時間強制的に文字通り加速させるものだった。
 これはこれで便利な魔法ではあるのだけれど、動きが速くなるだけだった。
 その際ぼんやり「これって一種のドーピングだよな」って思ったんだ。
 魔法が理だっていうなら運動能力の向上以外に反射速度やパワーも向上させられるんじゃないかと悪魔の思いつきをしてしまったわけ。
 で、前世の解剖知識を完コピしているクレタとこの世界の医学知識を持つソルブに人体構造の確認をしてもらうとびっくりするくらいよく似ていたものだから、チカマックの前世知識を拝借してチャールズにこの世界で利用できる魔法を作ってもらった。
 ここでなぜ「ラバナルじゃないんだ?」って思った人は目のつけどころがシャープだぜ。

(いつのキャッチフレーズよ?)

 変わったのは知ってたけど(前世で)死ぬまで新しいキャッチフレーズ 覚えられなかったなぁ……。
 いや、それはどうでもいい。
 問題はラバナルがナルフ族だってことだ。
 外見的に人族とナルフ族はよく似ているけれど、結構差異があるようだったんだ。
 どうも地球世界以上に生物種の差異が大きいようだ。
 人と猿どころか犬猫より離れているっぽい。
 よく交配できるよな。
 クレタは「面白い」って目を輝かせていたけど、研究者的血が騒いだんだろうか?

 閑話休題。

 能力向上魔法は一時的に筋肉にパワーとスピードを与える魔法と精神に作用させる魔法を組み合わせた複雑な魔法だ。
 この魔法の恩恵を受けると、エンドルフィンやドーパミン的な脳内麻薬が増大して筋肉が熱を持ち、ざっくりいうと強くなる。
 まだ出来上がったばかりの魔法なので微調整が効かないのだけれど、一時間くらいいつもの二割増しで強くなれる。
 僕はホルスから降りて剣を抜く。
 ホルスに乗っているより自分の足で移動する方が魔法の恩恵をより発揮できるからだ。

(リリム、時間を計っていてくれ)

(任され!)

 だっと走り出すと、すぐさま軍に追いついた。
 そのままの勢いで敵兵に斬り込んでいく。
 日々の日課にしている素振りは今では日本刀を模した剣で行なっていたし、ガーブラやルビンス、ドブルたちとの稽古も頻繁にやっていた。
 魔法なしでの素の実力だってたぶん我が軍ではそれなりの順位だと自負している。
 雑兵ごときには負けないぞ!
 魔法による神経作用で視野も広く戦況がよく視える。
 僕は圧され気味の場所を見つけては敵を斬り伏せ、別の場所を探すというのを繰り返す。
 味方兵には疾風(はやて)のように現れては暴風のように敵を撫で斬り、風のように去っていくと見えるらしい。
 そんなヒーローがお館様だってんだから、兵の士気が上がらないはずがない。
 いやさ、それを狙って徒士(かち)で戦っているんだけどね。
 そのうち、僕が現れると「おおっ!」だの「お館様だ!」だの歓声が上がり軍気が熱を帯びる。
 士気が上がるのは願ったりなんだけど「お館様」って呼ばれると、敵が手柄欲しさに集まってくるじゃないか。
 だんだん僕に敵兵が殺到するようになって、助力にいけなくなる。
 もっとも、僕に集中することで敵の全体の圧力が弱まるから劣勢の箇所少なくなって我が軍は有利に展開するんだけどね。

「お館様!」

 腕に自慢の敵兵が僕に斬りかかろうと剣を振り上げたところで首を刎ね飛ばされた。

「ガーブラ」

「やってますなぁ」

 なんて、場違いに呑気な言い方で声をかけながらポンポンと敵兵の首を刎ねるのやめていただけないかね?

「ちょうどよかった。能力向上魔法がそろそろ切れ時だからどうやって退却しようかと思っていたところだったんだ」

「おお! ワシに見せ場をいただけるんですか!? 任せてください。立派にお館様の盾を勤めましょうや!」

 チャールズのところまで行ければあとはチャールズがなんとかしてくれる。
 指揮官が前線を離脱するのはいいことじゃないけれど、これだけ優勢ならよっぽどのことがない限り勝てるだろう。

「お館様」

 そこにルビレルも駆けつける。

「ちょうどよかった。ルビレル。後の指揮は任せる」

「お館様はどうなさるのですか?」

「魔法の効力が切れたら病人同然だから退却させてもらう」

「なるほど、あの獅子奮迅のご活躍は能力向上魔法でしたか」

(あと四半時間で効果が切れるわよ)

「おっと、効力が切れる前に退却だ。ルビレル」

「はっ」

「ガーブラ」

「はい!」

「任せた!」

「お任せあれ!」

 ガーブラに守られながら軍の後方に離脱した僕は、息を整えながら歩いてチャールズが待機している場所へ向かう。
 ガーブラは最後まで追随してきた数人を足を止めて迎え撃っていた。
 たぶん早々にすべて討ち果たして、前線に復帰しているだろう。

「おかえりなさいませ、お館様」

 迎えてくれたチャールズが世話係に用意させてくれていただろう(木工の職人に作ってもらった日本風の)(しょう)()に腰を下ろすと一気に疲れが襲ってくる。

(あー、時間切れね)

 全身を倦怠感が襲い、肺が酸素を求めるので呼吸が荒くなる。
 全身からブワッと汗が吹き、意識が遠くなる。

(まだだ、まだ気を失っちゃダメだ。意識を手放すな)

(なにライトノベルの主人公みたいなこと考えてんのよ?)

 こうでもしないと気絶しちゃうからだよ。

「チャールズ、戦況を報告してくれ」

 息も絶え絶えにか細い声でいう。

「はい」

 戦況は我が軍有利にそのまま経過し、その後一時間足らずで決着した。
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