第56話 みんな酒が好きすぎるでしょ

文字数 2,834文字

 僕の村に三年目の春がきた。
 野盗に村を焼かれてから三度目の春。
 この世界は冬の終わりが一年の始まりだ。
 冬の間に村の人口が一人増えた。
 ママイと名付けられたルダーとヘレンの娘。
 そういえば、アニーが絶対妹ができるって言ってたな。
 すげー予知能力だ。
 これで村の総人口は四十一人になったぞ。
 村に生まれたのはママイだけじゃない。
 フレイラで穀物酒を醸造することに成功した。
 ところがこれが原酒のままだとあまり美味しくない。
 そこで蒸留を試してみたらクセの少ないアコール度数高めの焼酎原酒になった。
 この他にポモイトとマルルンでも酒を作ってみたところ。
 ポモイトは独特の香りが立つクセの強い味に、マルルンは甘みが強くてまろやかな喉越しの酒になっていた。
 どちらも蒸留して焼酎にしたところ、今まで味わったことのない酒に村人が大喜び。
 試作の分は三種類とも一晩のうちに飲み干されてしまった。
 むむ……。
 ちなみに、翌日は村人全滅の二日酔いに見舞われている。
 そりゃそうだ。
 蒸留するとアルコール度数が高くなる。
 その蒸留原酒を今までのダリプ酒なみにガバガバ呑むんだから。
 その点、前世持ちはその知識から割って呑む。
 ルダーはクセが強く好みの分かれそうなポモイト焼酎をお湯割で、ジョーはクセの少なくスッキリした飲み口のフレイラ焼酎を水で半分に割って呑むのがお好みのようだ。

「原酒で持ち運んで、現地の水で割って売るのが正解だな」

 とか、さすが商売人だ。
 確かに前世で売られていたのは度数二十度くらいに調整されたものだった。
 僕はそれ単体で十分味わい深いマルルン焼酎を水で二対一に割るくらいが好きだな。
 前世持ち三人それぞれ好みが被ってないのが嬉しいよ。
 でも、売るとなったら確かにフレイラ焼酎だな。
 クセが少ないから果汁で風味をつけたりできる。
 いわゆるチューハイ的な売り方だ。
 ……炭酸はないけど。
 蒸留酒最大の特徴は何と言っても長期保存ができることだ。
 醸造酒であるダリプ酒は刻々と酸化して一年と持たない。
 前世でも果実酒は未開封のボトルでさえ適度な湿度の冷暗所で保存しなきゃわりと簡単に酸化してしまうなかなか手のかかる酒だった。
 ここでは密封技術も未熟だしワインセラーなんて望むべくもなく、村で消費するだけなら次の仕込みまで()てばいいけど売りに出すとなったら荷車の振動も大敵で……とか、なかなかハードルが高かった。
 ワインのように熟成を試したいところなんだけどねぇ……。
 多分深みが出て高値で売れると思うんだよなぁ。
 ……おっと、酒にばかり使ってたら備蓄食料がなくなっちゃうじゃないか。
 ヤベーヤベー。
 冬の間、鋳物のおじさんに協力してもらって鉄瓶を作ってもらった。
 囲炉裏にはやっぱ鉄瓶だよね。
 おじさんも気に入ったらしく量産をおっぱじめて各家庭に一個配られてる。
 ……凝りすぎだろ。
 そして、その出来にジョーが目をつけたもんだから、おじさんは鋳物師(いもじ)として晴れて専門に。
 専門職として量産を始められると鉄と炭が足りなくなるので、ジョーと話し合って銅製品にしてもらうことにする。
 鉄は融点が高くて炭を大量に消費するし、武具防具のために使いたい。
 この辺はありがたいことに北に岩塩の他に鉄鉱石が取れる場所があるんだけど、そんなに大量に産出する鉱床じゃあない(塩はすげー取れる)。
 じゃあ銅は? っていうと、これが実は西の山にわりと大きな鉱床が見つかったんだ。
 もっとも西の山は切り立った崖になっていて村からは遠回りしなきゃ登れないのと、植物型の怪物スクリトゥリがいてちょっと危険なのよね。
 まぁ、村人の戦闘訓練に定期的に登っていることだし、取って来れないわけじゃないんだけど。

 …………。

 そうだ、崖の上に滑車かなんかを取り付けて釣瓶というかエレベーター的な運搬装置を取り付けよう。
 人が登る用の階段とかハシゴ的なものも作れればいいんだけど、ちょっと大工事すぎだよねぇ……。

「また、的的言ってる」

 うっさいなぁ、リリムのやつ。

 そうだ。
 冬の間に村に少しづつ貨幣を流通させ始めた。
 これまで村は復興のために配給制度にしていた。
 均等に食料を分配し、それ以外の必需品は基本自給自足。
 お隣さんと物々交換(ゆうずう)しあって暮らしてきた。
 そこにキャラバンが冬ごもりを始めたのを機に、ジョーにお願いして貨幣も配給することにしたわけだ。
 配給というか、給金と言うべきかな?
 今年の秋までは村の経費として持ち出しになる。
 村の資産である農作物を貨幣にしてもらってその貨幣を食料と一緒に村人に渡しているわけだ。
 ただし、貨幣は食料と違って、均等じゃない。
 ベーシックインカム的に最低額は設定しているけど、村人の生産品を買い取る形で金額を上乗せしている。
 この処置は秋まで続けて、それ以降の労働対価は基本的に貨幣で支払うと村人には通告している。
 ちなみにこの世界はすでに金銀銅の三種類を貨幣に安定した交換レートで取引されているようだ。
 物価自体は変動するわけだけど、貨幣価値は百年以上一金貨(ガルド)=四銀貨(シェルブ)=六千銅貨(コッポ)で固定されているんだって。
 貨幣経済導入と並行して算数も教えることになる。
 まぁ、さすがに足し算引き算くらいは無学でもある程度できるみたいだけど、お金のやり取りをするようになると掛け算や割り算も大事になるからね。
 最初のうちはキャラバンの人たちの手を借りてたけど、やがて大多数の人たちが「計算」できるようになった。
 必要ら迫られると人間それなりに覚えるもんだね。
 そしてなんと春になる頃には、店ができた。
 自炊の苦手な一人暮らしの人のためにヘレンがあったかいスープの提供を始めた。
 食べ物は配給制だから物々交換と併用なんだけど、これきっとルダーの入れ知恵だべな。
 貨幣経済促進のためにはありがたいアシストだけどさ。
 それに触発されたのか、最近ではいろんな商売があちこちで行われている。
 僕は今のところによによしながら見守るだけだ。
 詐欺まがいの商売でもしない限り取り締まる気はない。

 春になって雪解けが進んだことで開墾作業と建設ラッシュが始まった。
 冬の間中断していた北の森開墾作業は雪解けで地盤が緩くなっていることもあってそこそこ快調。
 冬の間に村の建物は簡易宿泊所、ダリプ酒醸造所から離れたところに焼酎の蒸留所。
 (ぼく)の《ん》()の近くに学校、それから革(なめ)しは臭いがきつくて不評なので、炭焼き窯付近に専用の工房が作られた。
 牧場にはクッカーの小屋が増設され、ホルスとジップの小屋が新設された。
 さらに食肉加工場が建設中だ。
 ここでベーコンやハム、干し肉などが作れるようになる。
 まだ着手していないけど、乳製品の加工場も計画してる。
 そして、貨幣経済が怖いくらい順調に浸透しているので計画を一部変更して、「長屋」を建設することにした。
 村の町化計画の新展開だ。
 賃貸住宅があるって町っぽくね?
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