第315話 砦の守将
文字数 2,249文字
明日には出発しようと決めた日の昼過ぎ、オクサから飛行手紙が来た。
定時連絡は毎日行軍終了後と決めているから夜のうちに到着する。
つまり、この手紙は緊急案件だということだ。
要件は二つ。
数日中にルダー率いる輜重隊が僕に合流するだろうということとオクサが町に入った翌日に(つまり今日)タイクバラ率いるドゥナガール仲爵軍が町についたらしい。
一悶着起きたから一応報せるという程だ。
手紙のやり取りなんてしていたら交渉が拗れる恐れもあるのでささっと「任せる」とだけ書き記し、飛行手紙を送り返す。
「よろしいのですか?」
と、ウータが聞いてくる。
「オクサなら上手に始末をつけられるだろう」
それくらい信頼してる。
一夜明けて、陣を払って砦に向けて出立し、日暮までに砦を望む丘陵地まで辿り着いた。
だいぶ南下したとはいえ季節が季節なので日が暮れるとかなり寒い。
だからと言って限りある薪を景気よく焚 べるわけにもいかない。
とはいえ風邪を引かれるとかてる戦も勝てなくなる。
悩ましいよ、ほんと。
農民兵を動員するには農閑期であるこの時期しかないから仕方ないことなんだけど、寒い地域は不利だよなぁ。
早く兵農分離させなきゃ。
早暁、霜を踏んで天幕を出ると丘から見下ろす砦は夜中中焚かれていた篝火がぷすぷすと煙を上げて見えた。
この距離では大砲 は届かない。
さて、どう攻めようか?
「トーハ」
呟きほどの声に反応してさっと現れるから、流石に驚くことは無くなったけど、普段どうしてるのか滅茶苦茶気になるのよね。
「砦の情報で判っていることを報告せよ」
「は。砦に籠る兵、約五百。アシックサル軍は弾ける球を戦術に組み込んでおりますので、魔法使いの人数は他領に比べて倍ほど配置されておりますが、それでも十人」
我が軍がここまでくる間にそこそこの軍勢を蹴散らしてきたことを考えると、侵略拠点とはいえまだずいぶんと兵が残っているものだ。
勝てないことはないないんだけど、今の戦力じゃちょっと味方の損害が大きくなりそうだな。
確認のため各隊から昨日届いた飛行手紙を天幕の中に用意されている卓の上に開く。
それぞれの手紙には当日の報告と翌日の予定が書かれている。
明日にはガーブラが、おそらく明後日にはサビーの部隊が到着するだろう。
本格的な砦攻めはサビーが到着してからにするとして、黙って対峙しているのも良くないだろうな。
というわけで、午前のうちに丘を下って砦に兵を近づかせてみる。
矢の射程に入っても射ってくる気配はない。
用心の上に盾を構えた歩兵をさらに前進させる。
それでも砦は沈黙を守っていた。
「なにかの策でもあるのでしょうか?」
心配そうにチャールズが訊ねてくる。
考えられるのは……矢が乏しいか、罠がある……あたりか。
砦に籠るくらいだ、矢がないなんてことはないだろう。
もちろん砦攻めにそれなりに消費しているだろうし、各町に攻め込ませた軍にも一定数持たせていただろうから何日も籠城戦を展開できるほど潤沢とはいかないに違いない。
とすれば、効果的なタイミングを見計らっているという線はある。
それはどんなタイミングだ?
僕ならどうする?
そうだな……
過去に使った戦術だと、しっかり引きつけてからの手榴弾 、落とし穴も使っていたな。
でも落とし穴?
あれは攻めくることが前提の戦術だ。
一方的に攻めていたアシックサル軍が守りの戦術を取るだろうか?
そこまで考えていたのだとなれば、容易ならざる軍師として十分警戒にあたるべき人物だ。
「お館様」
思考の海に沈んでいると、ウータが声をかけてくる。
「最前線が予定のラインまで到達しました、いかがなさいますか?」
「最前線を維持して矢の一斉射。相手の反応をうかがおう」
「かしこまりました」
ウータの下知で合図の喇叭 が吹き鳴らされる。
我が軍の音による命令は大きく二つ。
銅鑼と喇叭だ。
銅鑼は前進、後退、停止、退却の合図。
喇叭は攻撃、突撃、斉射、乱射、部隊単位に集合・散開、全軍集合・散開を命令する合図である。
弓兵が揃って弓弦を引き絞り。隊長の合図で一斉に解き放つ。
天に向かって放たれた無数の矢は放物線を描いて砦の城兵の向こうへ吸い込まれていく。
しばらく様子を見ていたけれど、砦側からはなんの反応もない。
「お館様」
「今日は引き上げさせろ」
ウータに退却の合図を出させて僕は天幕の中へと入る。
「お館様」
最初に天幕に入ってきたのはトーハだった。
「もぬけの殻、というわけではないのだな」
「はい、確実に兵が詰めております」
「敵の大将は判るか?」
「アシックサルの右腕とも言われるグンソックです」
アシックサル本人が主力軍を率いて本命のヒョートコ男爵領を攻めている。
二正面作戦をとる以上、こちらの大将も相当の武将が当てられていて当然だ。
搦手で攻略するのは難しかろう。
むしろ僕らの方が相手の罠を警戒しなきゃいけない。
「性格や実績などは判るか?」
と訊けば
「性格は慎重。攻勢より守勢を得意としていると言われておりますが、あの砦はわずか半日で落としている由」
「半日?」
「はい」
それは早いな。
いくら手榴弾由来の魔法兵器弾ける球を駆使していたとしても正攻法では半日でなんか陥せないだろう。
これはやはり敵方も搦手を得意としていると考えるべきだな。
「トーハ」
「は」
「ガーブラに到着をサビー隊と合わせるようにお前直々に出向いて伝えよ」
「かしこまりました」
今夜から夜警を厳しくしないとな。
定時連絡は毎日行軍終了後と決めているから夜のうちに到着する。
つまり、この手紙は緊急案件だということだ。
要件は二つ。
数日中にルダー率いる輜重隊が僕に合流するだろうということとオクサが町に入った翌日に(つまり今日)タイクバラ率いるドゥナガール仲爵軍が町についたらしい。
一悶着起きたから一応報せるという程だ。
手紙のやり取りなんてしていたら交渉が拗れる恐れもあるのでささっと「任せる」とだけ書き記し、飛行手紙を送り返す。
「よろしいのですか?」
と、ウータが聞いてくる。
「オクサなら上手に始末をつけられるだろう」
それくらい信頼してる。
一夜明けて、陣を払って砦に向けて出立し、日暮までに砦を望む丘陵地まで辿り着いた。
だいぶ南下したとはいえ季節が季節なので日が暮れるとかなり寒い。
だからと言って限りある薪を景気よく
とはいえ風邪を引かれるとかてる戦も勝てなくなる。
悩ましいよ、ほんと。
農民兵を動員するには農閑期であるこの時期しかないから仕方ないことなんだけど、寒い地域は不利だよなぁ。
早く兵農分離させなきゃ。
早暁、霜を踏んで天幕を出ると丘から見下ろす砦は夜中中焚かれていた篝火がぷすぷすと煙を上げて見えた。
この距離では
さて、どう攻めようか?
「トーハ」
呟きほどの声に反応してさっと現れるから、流石に驚くことは無くなったけど、普段どうしてるのか滅茶苦茶気になるのよね。
「砦の情報で判っていることを報告せよ」
「は。砦に籠る兵、約五百。アシックサル軍は弾ける球を戦術に組み込んでおりますので、魔法使いの人数は他領に比べて倍ほど配置されておりますが、それでも十人」
我が軍がここまでくる間にそこそこの軍勢を蹴散らしてきたことを考えると、侵略拠点とはいえまだずいぶんと兵が残っているものだ。
勝てないことはないないんだけど、今の戦力じゃちょっと味方の損害が大きくなりそうだな。
確認のため各隊から昨日届いた飛行手紙を天幕の中に用意されている卓の上に開く。
それぞれの手紙には当日の報告と翌日の予定が書かれている。
明日にはガーブラが、おそらく明後日にはサビーの部隊が到着するだろう。
本格的な砦攻めはサビーが到着してからにするとして、黙って対峙しているのも良くないだろうな。
というわけで、午前のうちに丘を下って砦に兵を近づかせてみる。
矢の射程に入っても射ってくる気配はない。
用心の上に盾を構えた歩兵をさらに前進させる。
それでも砦は沈黙を守っていた。
「なにかの策でもあるのでしょうか?」
心配そうにチャールズが訊ねてくる。
考えられるのは……矢が乏しいか、罠がある……あたりか。
砦に籠るくらいだ、矢がないなんてことはないだろう。
もちろん砦攻めにそれなりに消費しているだろうし、各町に攻め込ませた軍にも一定数持たせていただろうから何日も籠城戦を展開できるほど潤沢とはいかないに違いない。
とすれば、効果的なタイミングを見計らっているという線はある。
それはどんなタイミングだ?
僕ならどうする?
そうだな……
過去に使った戦術だと、しっかり引きつけてからの
でも落とし穴?
あれは攻めくることが前提の戦術だ。
一方的に攻めていたアシックサル軍が守りの戦術を取るだろうか?
そこまで考えていたのだとなれば、容易ならざる軍師として十分警戒にあたるべき人物だ。
「お館様」
思考の海に沈んでいると、ウータが声をかけてくる。
「最前線が予定のラインまで到達しました、いかがなさいますか?」
「最前線を維持して矢の一斉射。相手の反応をうかがおう」
「かしこまりました」
ウータの下知で合図の
我が軍の音による命令は大きく二つ。
銅鑼と喇叭だ。
銅鑼は前進、後退、停止、退却の合図。
喇叭は攻撃、突撃、斉射、乱射、部隊単位に集合・散開、全軍集合・散開を命令する合図である。
弓兵が揃って弓弦を引き絞り。隊長の合図で一斉に解き放つ。
天に向かって放たれた無数の矢は放物線を描いて砦の城兵の向こうへ吸い込まれていく。
しばらく様子を見ていたけれど、砦側からはなんの反応もない。
「お館様」
「今日は引き上げさせろ」
ウータに退却の合図を出させて僕は天幕の中へと入る。
「お館様」
最初に天幕に入ってきたのはトーハだった。
「もぬけの殻、というわけではないのだな」
「はい、確実に兵が詰めております」
「敵の大将は判るか?」
「アシックサルの右腕とも言われるグンソックです」
アシックサル本人が主力軍を率いて本命のヒョートコ男爵領を攻めている。
二正面作戦をとる以上、こちらの大将も相当の武将が当てられていて当然だ。
搦手で攻略するのは難しかろう。
むしろ僕らの方が相手の罠を警戒しなきゃいけない。
「性格や実績などは判るか?」
と訊けば
「性格は慎重。攻勢より守勢を得意としていると言われておりますが、あの砦はわずか半日で落としている由」
「半日?」
「はい」
それは早いな。
いくら手榴弾由来の魔法兵器弾ける球を駆使していたとしても正攻法では半日でなんか陥せないだろう。
これはやはり敵方も搦手を得意としていると考えるべきだな。
「トーハ」
「は」
「ガーブラに到着をサビー隊と合わせるようにお前直々に出向いて伝えよ」
「かしこまりました」
今夜から夜警を厳しくしないとな。