第276話 外交はめんどくさいもの
文字数 2,419文字
オクサのスパルタマナー講座をなんとかくぐり抜けた僕は、午前中いっぱいを出発の準備に費やした。
立ち居振る舞いは一朝一夕で身につくものじゃないから侮られても仕方ないけど、身なりはどうとでもなるものだ。
時間さえあればな。
なにせ商家の若旦那という体でお忍び旅をしていたところを同盟相手に呼び出され、館に戻っている余裕もなく旅の目的を切り替えてここまできたのだ。
相手に対して失礼のない格好ができていない。
貴族の礼服は諦め、軍服に身を包むことにした。
軍の礼装なら言い訳も立つ。
「お館様は、体格もいいので軍装が似合いますな」
とか、オクサにおだてられれば、悪い気はしない。
これも日々の鍛錬の賜物だな。
館にいる間は午前中を剣の鍛錬に費やしていたし、旅の間も筋トレだけは朝晩の日課として過ごしてきた。
上背は成長期の栄養状態からか人並みだけど、筋肉のつきかたは剣術のための十分な量をまとっている。
「お館様の愛刀、カタナでしたか? は、ございませんのでズラカルト家より接収した剣からお選びください」
故ズラカルト男爵は百本以上の剣を蒐集していた。
僕に降った次男のアンデラス・ズラカルトのために数振り残して接収したものがここにはあったのだ。
正直、華美なばかりで目を見張るほどの業物 はなかったのだけれど、儀礼用としては見栄えのするものがいくつもあったし中には十分に実戦で使える剣も何振りかあったので、道中の戦闘用に二 振 り、儀礼用に品のいい一振りを選んで持っていくことにした。
道中は騎乗での移動。
これは、軍装で移動することの口実も兼ねている。
供周りは騎兵一隊に魔法使いが二人。
我が軍の編成は五人一組、十組で一隊だ。
少し多くないかと訊ねてみたが、オクサがこれ以上減らすわけには行かないと突っぱねてきた。
機動力を考えれば少数の方が早いだろう。
けれども同盟相手とはいえ、他領へ出向くのだから安全を考えると五人十人というわけにもいかないと家臣が思うのも理解できる。
だからと言って、百人を超えるようならこれも相手を警戒させかねない。
まぁ、兵制を言い訳にできる最低ラインってことで妥協できる範囲がこの一隊五十騎ってあたりなんだろう。
騎兵隊長にはホーク・サイ。
組長の一人にセイ・シャーラックがしれっといる。
いやいやいや、隊長クラスの騎士じゃないだろ!
いわんや組長?
ほらほら、平騎士たちが萎縮してる。
「それと、ノーシとブローともどもヤッチシをジョー殿にお返しする代わりにニンジャー隊から人を出すよう言いつけております」
と、オクサ。
ノーシ? プロー?
(スケさんとカクさんのことでしょ?)
ああ、ノーシ・カーススにプロー・スッケサンって名前だったな。
ずっとスケさんカクさんって呼んでたから、すっかりそっちに慣れちゃってたよ。
「残念ながらただいまこの町からは出払っておりますので、道々か、少なくとも次の町で合流するはずです」
「それは助かる」
情報戦には忍者が必要不可欠だからな。
トーハ・マウンタースの直弟子で構成されたニンジャー隊はヒロガリー区でも活躍してもらったニンプー隊、現在オグマリー区、ハングリー区の諜報を担当しているニンニン隊と合わせてとても優秀な忍者部隊だ。
僕の元々の子飼いのくの一忍者部隊と合わせて、おそらく王国でもトップクラスの諜報部隊じゃないかと自負してる。
「それと、外務大臣が年の半分を他領で過ごすというのはいかがなものかと思いまして、チロー殿とも図り誠に勝手ながら優秀な外交官を三名選んでおきました。アシックサル季爵との戦ともなれば外交戦も相談役が必要でしょう?」
確かにそうだ。
っていうか、任せっきりだったのも悪いけど、ケイロ・ボットも全部自分で抱えるんじゃなくて人に任せることを覚えなきゃね。
「それじゃあ、後の事はよろしく頼む」
「ご武運を」
二つの町を経由して三日目に領境の砦に到着した僕は、砦の守備兵の中から二人を選んでドゥナガール仲爵領の砦に使者を送る。
わずか一隊とはいえ騎兵で他領に入るのだから、先触れもなしというわけにもいかない。
それが先方からの招 請 であったとしてもだ。
もしかしたら、連絡が砦まで届いていない可能性だってあるのだから。
到着してすぐにたてた使者は翌日の昼少し前に戻ってきた。
慣例として歓待を受けるのだという。
酒を呑ませてじっくり話し合うことで裏がないか探りつつ、然るべき立場の人物にお伺いを立てるためのようだ。
なるほどね。
うちの領内でも砦には武将はいるけど政治向の判断を下す文官はいない。
勝手に判断を下されては困るからだ。
前世でいうところの文民 統制 的な仕組みとして採用している制度である。
実のところ、政治的な判断もできるような優秀な武官をただの砦の大将にして置けないという切実な台所事情もあったりするんだけど。
仲爵の方でも似たり寄ったりの状況なんだろうか?
戦は金がかかるからなぁ、勝手に仕掛けて損害だけ増えるのは領主としても困るんだろう。
アシックサル季爵んとこはしょっちゅう仕掛けてくるけどな。
「で? どうであった?」
使者を引見する。
「は。本日中にケイロ殿がご到着になるという事ですのでお館様には本日はこのまま砦にお留まりいただき、明日、領境を超えることを許可するとのことでございました」
言っている事は理解できたけど、敬語の使い方がちょっと間違ってるような気がする。
まぁ、使い慣れないと難しいよな。
自分も正しく使えるかどうか正直自信がない。
「ご苦労であった。さがって休むがよい」
「お館様」
使者がさがると、ホークが声をかけてきた。
「半日暇ができてしまいましたが、いかがいたしますか?」
「そうだな、剣術の稽古にでも充てようか」
久しぶりにガッツリ撃剣の稽古ができそうだ。
さて、僕の剣術は鈍 ってないかな?
砦の兵士たちはどれくらい強いだろう?
立ち居振る舞いは一朝一夕で身につくものじゃないから侮られても仕方ないけど、身なりはどうとでもなるものだ。
時間さえあればな。
なにせ商家の若旦那という体でお忍び旅をしていたところを同盟相手に呼び出され、館に戻っている余裕もなく旅の目的を切り替えてここまできたのだ。
相手に対して失礼のない格好ができていない。
貴族の礼服は諦め、軍服に身を包むことにした。
軍の礼装なら言い訳も立つ。
「お館様は、体格もいいので軍装が似合いますな」
とか、オクサにおだてられれば、悪い気はしない。
これも日々の鍛錬の賜物だな。
館にいる間は午前中を剣の鍛錬に費やしていたし、旅の間も筋トレだけは朝晩の日課として過ごしてきた。
上背は成長期の栄養状態からか人並みだけど、筋肉のつきかたは剣術のための十分な量をまとっている。
「お館様の愛刀、カタナでしたか? は、ございませんのでズラカルト家より接収した剣からお選びください」
故ズラカルト男爵は百本以上の剣を蒐集していた。
僕に降った次男のアンデラス・ズラカルトのために数振り残して接収したものがここにはあったのだ。
正直、華美なばかりで目を見張るほどの
道中は騎乗での移動。
これは、軍装で移動することの口実も兼ねている。
供周りは騎兵一隊に魔法使いが二人。
我が軍の編成は五人一組、十組で一隊だ。
少し多くないかと訊ねてみたが、オクサがこれ以上減らすわけには行かないと突っぱねてきた。
機動力を考えれば少数の方が早いだろう。
けれども同盟相手とはいえ、他領へ出向くのだから安全を考えると五人十人というわけにもいかないと家臣が思うのも理解できる。
だからと言って、百人を超えるようならこれも相手を警戒させかねない。
まぁ、兵制を言い訳にできる最低ラインってことで妥協できる範囲がこの一隊五十騎ってあたりなんだろう。
騎兵隊長にはホーク・サイ。
組長の一人にセイ・シャーラックがしれっといる。
いやいやいや、隊長クラスの騎士じゃないだろ!
いわんや組長?
ほらほら、平騎士たちが萎縮してる。
「それと、ノーシとブローともどもヤッチシをジョー殿にお返しする代わりにニンジャー隊から人を出すよう言いつけております」
と、オクサ。
ノーシ? プロー?
(スケさんとカクさんのことでしょ?)
ああ、ノーシ・カーススにプロー・スッケサンって名前だったな。
ずっとスケさんカクさんって呼んでたから、すっかりそっちに慣れちゃってたよ。
「残念ながらただいまこの町からは出払っておりますので、道々か、少なくとも次の町で合流するはずです」
「それは助かる」
情報戦には忍者が必要不可欠だからな。
トーハ・マウンタースの直弟子で構成されたニンジャー隊はヒロガリー区でも活躍してもらったニンプー隊、現在オグマリー区、ハングリー区の諜報を担当しているニンニン隊と合わせてとても優秀な忍者部隊だ。
僕の元々の子飼いのくの一忍者部隊と合わせて、おそらく王国でもトップクラスの諜報部隊じゃないかと自負してる。
「それと、外務大臣が年の半分を他領で過ごすというのはいかがなものかと思いまして、チロー殿とも図り誠に勝手ながら優秀な外交官を三名選んでおきました。アシックサル季爵との戦ともなれば外交戦も相談役が必要でしょう?」
確かにそうだ。
っていうか、任せっきりだったのも悪いけど、ケイロ・ボットも全部自分で抱えるんじゃなくて人に任せることを覚えなきゃね。
「それじゃあ、後の事はよろしく頼む」
「ご武運を」
二つの町を経由して三日目に領境の砦に到着した僕は、砦の守備兵の中から二人を選んでドゥナガール仲爵領の砦に使者を送る。
わずか一隊とはいえ騎兵で他領に入るのだから、先触れもなしというわけにもいかない。
それが先方からの
もしかしたら、連絡が砦まで届いていない可能性だってあるのだから。
到着してすぐにたてた使者は翌日の昼少し前に戻ってきた。
慣例として歓待を受けるのだという。
酒を呑ませてじっくり話し合うことで裏がないか探りつつ、然るべき立場の人物にお伺いを立てるためのようだ。
なるほどね。
うちの領内でも砦には武将はいるけど政治向の判断を下す文官はいない。
勝手に判断を下されては困るからだ。
前世でいうところの
実のところ、政治的な判断もできるような優秀な武官をただの砦の大将にして置けないという切実な台所事情もあったりするんだけど。
仲爵の方でも似たり寄ったりの状況なんだろうか?
戦は金がかかるからなぁ、勝手に仕掛けて損害だけ増えるのは領主としても困るんだろう。
アシックサル季爵んとこはしょっちゅう仕掛けてくるけどな。
「で? どうであった?」
使者を引見する。
「は。本日中にケイロ殿がご到着になるという事ですのでお館様には本日はこのまま砦にお留まりいただき、明日、領境を超えることを許可するとのことでございました」
言っている事は理解できたけど、敬語の使い方がちょっと間違ってるような気がする。
まぁ、使い慣れないと難しいよな。
自分も正しく使えるかどうか正直自信がない。
「ご苦労であった。さがって休むがよい」
「お館様」
使者がさがると、ホークが声をかけてきた。
「半日暇ができてしまいましたが、いかがいたしますか?」
「そうだな、剣術の稽古にでも充てようか」
久しぶりにガッツリ撃剣の稽古ができそうだ。
さて、僕の剣術は
砦の兵士たちはどれくらい強いだろう?