第262話 親娘宿を救え 2
文字数 2,009文字
「まずは難関門の責任者に連絡をつけなきゃダメだな」
「そいつはあっしが繋ぎをつけやしょう」
ヤッチシはそう言って入ってきた窓から出ていった。
「しかし、一度はこの宿を救えたとしてもまた第二第三の地上げが起こらないとも限りませんよ」
カクさんの言う通りだ。
根本的に解決しなきゃいけない問題がある。
むむむ、と腕を組んで考えていると宿の娘のオーミッツが四人分のお膳を抱えてやってきた。
「こんなものしか用意できなくて申し訳ありません」
と、恐縮するのも無理はない。
今では見ることも少なくなった無発酵パン と椀いっぱいの汁物に漬物がついているだけ。
この宿の苦境が手に取るように判るってもんだ。
「いえいえ、野宿を覚悟していた身ですから、温かいものが食べられるだけでも充分です」
不服そうなハッチを視線で嗜めながら笑顔で応えると、安堵の表情を浮かべる。
「ロチャティムはおかわりもできますので、お気軽にお声がけください」
と、言い添えて部屋を出ていった。
「いい娘ですね」
と、スケさんが言う。
やっぱスケさん担当だな。
「じゃ、いただきましょう」
と言うが早いか汁物に手をつけるハッチ。
そうだね、腹が減ってはなんとやらだ。
出てくるのが思いのほか早かったところを見ると、おそらく自分たちが食べる分だったんだろう汁物に口をつける。
具こそ少ないが味は悪くない。
その具にもしっかり味が染みているし、柔らかいけど決してクタクタにはなっていない。
親父なのか娘さんの方かは判らないけど、ちゃんと具材が揃っていればそこらの飯屋よりよっぽど美味い料理が作れるに違いない。
素朴な味わいのロチャティムは焼きたてなのだろう。
パサパサした感じはないし、汁を吸わせると程よく染み込んで噛むたびに旨味を優しく感じさせてくれる。
漬物もいい塩梅に浸かっているから適度な酸味がちょうどいい箸休めになる……箸は使ってないけどな。
あー、こう書くと頭の中にはけんちん汁とかたくあんだとかがイメージされるかと思うけど、実際は野菜スープであり酢漬けである。
おかわりでもしようかと思った頃、階下が少し騒がしくなった。
「うるさいですね」
と、ハッチが言う。
確かにな。
「少し様子を見に行きましょうか」
と、僕が席を立つと、スケさんもカクさんもなにも言わずについてくる。
ついてこないのは食べる前は不満顔だったハッチだけ。
美味しそうに食うよな。
階段を降りていくと、怒鳴り声がはっきり聞こえてくる。
なるほど。
後ろをついてくる二人に目配せすると、二人とも無言でうなずきかえして僕の前に出る。
ガラの悪い男どもが今にも娘に殴りかかろうとするすんでのところでスケさんがその腕を鷲掴み。
「なんだこの野郎?」
といういかにも三下然とした男に向かって
「この宿の客だよ」
と、答えるあたり判ってるねぇ。
するとこの一団のリーダーらしい男が
「客だぁ!? 誰がこの宿に泊まっていいっつったんだ」
「逆に聞くが、宿の親父以外の誰にそんな権限があるんだ?」
「うるせぇ! かまわねぇ。おい、こいつらやっちまえ」
だって。
いいよ、いいよ。
お約束だねぇ。
殴りかかられたスケさんは握っていた男の腕をブンと振って回し倒すと、殴りかかってきた男の胸に水平チョップ。
カクさんは別の二人を手刀二発で床とお友達にする。
最後に残った兄貴分のアゴに拳を添えたスケさんが言う。
「まだやるか?」
「お、覚えてろよ!」
清々しいほど完璧な捨て台詞を吐いて男たちは逃げていった。
領民たちは皆兵制度のために軍事訓練を義務付けられているので、みんな素人とは言えない実力を持っているはずだ。
他の区ならいざ知らず、オグマリー区の領民ならまず間違いなく一度や二度は戦に駆り出されている。
そんな彼らをものともしないスケさんとカクはやっぱ相当の腕前だ。
…………。
まぁ、あいつらくらいなら僕も束になってかかってこられても問題なく片付けられるけどな。
(…………)
疑いの眼差しを向けるリリムは無視して、僕は宿屋の親娘に声をかける。
「大丈夫ですか?」
「娘が危ないところを助けていただいて、なんとお礼を申し上げてよいやら」
「それはいいんですが、あいつらはいったいなんですか? もしよければ事情をお聞かせいただけませんか? お力になれると思いますよ」
「この若旦那、頼りになりますよ」
申し出に困惑の表情を浮かべて互いの顔を見合う親娘に、いつの間に降りてきたのかべハッチが二人に声をかける。
「なにせこの方は……」
と、正体をバラしそうになったのでわざとらしい大きな咳払いで牽制する。
「どうでしょう?」
と、できる限り穏やかな笑みを浮かべてみせる。
「はぁ……」
「おとっつぁん」
「そうだな」
意を決してくれた親父さんが話しはじめようとしたところでハッチが
「あ、お話の前におかわりを」
と、娘さんに汁椀突き出すんだから大物だよ。
「そいつはあっしが繋ぎをつけやしょう」
ヤッチシはそう言って入ってきた窓から出ていった。
「しかし、一度はこの宿を救えたとしてもまた第二第三の地上げが起こらないとも限りませんよ」
カクさんの言う通りだ。
根本的に解決しなきゃいけない問題がある。
むむむ、と腕を組んで考えていると宿の娘のオーミッツが四人分のお膳を抱えてやってきた。
「こんなものしか用意できなくて申し訳ありません」
と、恐縮するのも無理はない。
今では見ることも少なくなった
この宿の苦境が手に取るように判るってもんだ。
「いえいえ、野宿を覚悟していた身ですから、温かいものが食べられるだけでも充分です」
不服そうなハッチを視線で嗜めながら笑顔で応えると、安堵の表情を浮かべる。
「ロチャティムはおかわりもできますので、お気軽にお声がけください」
と、言い添えて部屋を出ていった。
「いい娘ですね」
と、スケさんが言う。
やっぱスケさん担当だな。
「じゃ、いただきましょう」
と言うが早いか汁物に手をつけるハッチ。
そうだね、腹が減ってはなんとやらだ。
出てくるのが思いのほか早かったところを見ると、おそらく自分たちが食べる分だったんだろう汁物に口をつける。
具こそ少ないが味は悪くない。
その具にもしっかり味が染みているし、柔らかいけど決してクタクタにはなっていない。
親父なのか娘さんの方かは判らないけど、ちゃんと具材が揃っていればそこらの飯屋よりよっぽど美味い料理が作れるに違いない。
素朴な味わいのロチャティムは焼きたてなのだろう。
パサパサした感じはないし、汁を吸わせると程よく染み込んで噛むたびに旨味を優しく感じさせてくれる。
漬物もいい塩梅に浸かっているから適度な酸味がちょうどいい箸休めになる……箸は使ってないけどな。
あー、こう書くと頭の中にはけんちん汁とかたくあんだとかがイメージされるかと思うけど、実際は野菜スープであり酢漬けである。
おかわりでもしようかと思った頃、階下が少し騒がしくなった。
「うるさいですね」
と、ハッチが言う。
確かにな。
「少し様子を見に行きましょうか」
と、僕が席を立つと、スケさんもカクさんもなにも言わずについてくる。
ついてこないのは食べる前は不満顔だったハッチだけ。
美味しそうに食うよな。
階段を降りていくと、怒鳴り声がはっきり聞こえてくる。
なるほど。
後ろをついてくる二人に目配せすると、二人とも無言でうなずきかえして僕の前に出る。
ガラの悪い男どもが今にも娘に殴りかかろうとするすんでのところでスケさんがその腕を鷲掴み。
「なんだこの野郎?」
といういかにも三下然とした男に向かって
「この宿の客だよ」
と、答えるあたり判ってるねぇ。
するとこの一団のリーダーらしい男が
「客だぁ!? 誰がこの宿に泊まっていいっつったんだ」
「逆に聞くが、宿の親父以外の誰にそんな権限があるんだ?」
「うるせぇ! かまわねぇ。おい、こいつらやっちまえ」
だって。
いいよ、いいよ。
お約束だねぇ。
殴りかかられたスケさんは握っていた男の腕をブンと振って回し倒すと、殴りかかってきた男の胸に水平チョップ。
カクさんは別の二人を手刀二発で床とお友達にする。
最後に残った兄貴分のアゴに拳を添えたスケさんが言う。
「まだやるか?」
「お、覚えてろよ!」
清々しいほど完璧な捨て台詞を吐いて男たちは逃げていった。
領民たちは皆兵制度のために軍事訓練を義務付けられているので、みんな素人とは言えない実力を持っているはずだ。
他の区ならいざ知らず、オグマリー区の領民ならまず間違いなく一度や二度は戦に駆り出されている。
そんな彼らをものともしないスケさんとカクはやっぱ相当の腕前だ。
…………。
まぁ、あいつらくらいなら僕も束になってかかってこられても問題なく片付けられるけどな。
(…………)
疑いの眼差しを向けるリリムは無視して、僕は宿屋の親娘に声をかける。
「大丈夫ですか?」
「娘が危ないところを助けていただいて、なんとお礼を申し上げてよいやら」
「それはいいんですが、あいつらはいったいなんですか? もしよければ事情をお聞かせいただけませんか? お力になれると思いますよ」
「この若旦那、頼りになりますよ」
申し出に困惑の表情を浮かべて互いの顔を見合う親娘に、いつの間に降りてきたのかべハッチが二人に声をかける。
「なにせこの方は……」
と、正体をバラしそうになったのでわざとらしい大きな咳払いで牽制する。
「どうでしょう?」
と、できる限り穏やかな笑みを浮かべてみせる。
「はぁ……」
「おとっつぁん」
「そうだな」
意を決してくれた親父さんが話しはじめようとしたところでハッチが
「あ、お話の前におかわりを」
と、娘さんに汁椀突き出すんだから大物だよ。