第161話 病み上がりには色々とキツい

文字数 2,361文字

 熱がひいた翌日、久しぶりに午前中の素振り稽古に出向くと、そこにはすでに何人もの騎士たちが稽古に励んでいた。
 もちろん見知った顔もある。

「お館様」

 最初に声をかけてきたのはルビンスだった。

「もう具合はよろしいのですか?」

「ああ、心配かけた」

「風邪くらいで心配なんてしませんよ」

 と、軽口をいってきたのはサビーだ。
 二人とも最前線がいいと志願してここにいる。
 事実、今年に入って一度、ズラカルト側から威力偵察があったらしい。
 その際は魔道具手榴弾(グレネード)一発で撃退したという。
 おそらく収穫が始まる秋まで、または手榴弾対策がなされるまでは大々的な軍事行動はないだろと見ているんだけど、関を築こうと計画しているから着工が知られれば妨害工作に軍が催されないとも限らない。
 事実、一度測量が邪魔されたらしい。
 「なにかするつもりらしい」と言うことが知られたってことだよね。
 建築妨害は防御側の徒労感が半端ないのよね。

「関の着工、前倒しできないかな?」

 素振りをしながらルビンスに訊ねると、

「測量は済ませていますので始めるのは構いませんが、人足が揃えられないと思います」

 街道整備とため池造成で多町からも徴用してるもんなぁ。
 支出的にもこれ以上は難しいか。

「あ。それとモンスターの報告が」

「ヤバいやつ?」

「『やばい』と言うのがどう言う意味かは測りかねますが、トゥラウラとクチャマチュリですからまぁ危険度的にはそれほどでもありません」

 どちらも植物系か。
 トゥラウラは枝を打ちつけあって音を出し、方向感覚などを撹乱して森をさまよわせるモンスターで、トゥラウラ自体は脅威じゃない。
 森をさまよい続けるとそれはヤバいけどな。
 クチャマチュリは人の背丈よりも低い低木ながら移動ができるモンスターで植物系の中では危険度中程度。
 もっとも、三年に一度と言われる繁殖期以外は単独行動だし、攻撃は枝を振ってくるだけ。
 斧一本あれば勝てるって話なんでこっちが単独行動でもしていなけりゃ大丈夫でしょう。
 ……なんていうか、名前負けだよな。
 移動できないけど枝で絞め殺して根で絡めとり養分を吸収するスクリトゥリの方がよっぽど危険だわ。

「この地域で危険なモンスターといえば、グラーズラくらいでしょうね」

 一度接敵したことがあったな。
 あんなのと頻繁に遭遇するのは願い下げだよ。
 とはいえ一度会っていると言うことはこの地域に生息していると言うことなので無警戒に出歩くわけにはいかないか。

「開墾作業にはちゃんと護衛をつけなきゃな」

「手ぬかりはございません」

 ルビンスの言葉だし信頼しよう。

「話は変わりますが、炭の生産は増やせないのでしょうか?」

「どうした?」

「いえ、贅沢な話なのですが、バロ村とセザン村の生活ですっかり炭を使うことに慣れてしまいまして……特に薪と違って煙がほとんど出ないのと火力の高さ、火持ちの良さから煮炊きには炭がいいと……」

「クレタにせがまれたのか」

「はぁ……」

 と、照れて頭をかく。
 チッ、リア充がッ!

(ジャンだって妻帯者のくせに)

 出張でしばらく留守にしてるからなぁ……。
 あ!

「開墾で大量に木を伐採することもあるし、炭焼きを一人ハンジー町に移住させよう。大きな窯を作って職人も増やせば大量生産も可能になるし各町に炭焼きがいれば遠くから運ぶより効率的だからな」

 バロ村周辺の森をハゲ散らかすこともなくなるだろう。

「それはいい。善は急げです。早速使いのものを遣りましょう」

 とかいって稽古も途中にすっ飛んでいった。
 ……よっぽどせっつかれてたんだな。
 病み上がりなのもあったんで今日は素振りだけにして町に繰り出すことにした。
 護衛はチローとオギンの二人だけ。
 ガーブラは久しぶりに暴れられると稽古場に残って誰彼構わず対戦を申し込んでいた。
 居合わせた人たちには「お気の毒に」と思う以外にない。
 ガーブラなんか僕の部下じゃ五本の指に入るんじゃないかってくらいの武官だからね。
 少なくとも上位十傑間違いなしだ。
 あ、今度武術大会でも開いてみるかな?

 …………。

(……死人が出そうだな)

(……だね)

 町は政策として他町に人材を送った結果、人口が減ったこともあってちょっと賑わいにはかけているけど、活気がないと言うのじゃなかった。
 空き家を積極的に解体しているのはルビレルの指示だと聞いている。
 三町の代官には合併した町を広域かつ包括的に整備せよと命令している。
 ハンジー町では第一段階として城壁の解体から始めているのに対して、外敵の脅威が残っているここオグマリー町では城壁内の再開発から手をつけたってことだろう。
 頑丈でなければいけない城壁と違って法律の都合で木造建築の簡易なものが多かった町の建物は随分と取り壊されていて見晴らしがよくなってる。
 都市計画は一応基本計画が話し合われて申し送りされているけれど、細部は代官の裁量に委ねたのでどんな町になるのか楽しみだ。

「お館様」

 呑気に歩いているとオギンがしなだれるように寄ってくる。

 ???

「気になる男がおります。お気をつけください」

 そうきたか。
 ちょっとドキッとしたじゃないか。
 なんかすげー損した気分だ。

(すけべ)

 なんとでも言え。

「チロー」

「へい」

「聞こえていたか?」

「後方右手の少し離れたところ、八百屋の辺りに挙動の怪しい男がいますね。お館様どうこうとは違うようですが……」

 チローも目端が効くんだな。

「ちょっと探りを入れてきてくれないか?」

「かしこまりました」

 チローがその場を離れると、オギンがさらに擦り寄ってくる。
 うん、腕に当たってる。

「お館様」

「な、なんだ?」

「もう少しそれらしくしていただけませんか?」

 …………。

(くくくっ)

 僕はオギンの肩を抱き寄せる。
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