第224話 留守を預かる女の凛とした覚悟
文字数 2,171文字
文官名簿をめくってみたが、ぶっちゃけ誰が誰やら判らない。
僕はその場での決定を諦めて、各町の代官を招集することにした。
三日後に改めて、集まったオグマリー町代官オクサ・バニキッタ、ゼニナル町代官サイ・カーク、それにチローとイラードを加えて話し合いを持つ。
前ハンジー町代官であるサイがいれば、不在の現ハンジー町代官ホークがいなくてもなんとかなるだろう。
「──というわけで忙 しなくて申し訳ないが、新人事に知恵を貸してもらいたい」
「はぁ、せっかく引き継ぎも一段落 ついたところだというのにまた移動ですか?」
サイのため息もよく判る。僕だって前世でこんな人事されたら「やってられねぇ!」とか居酒屋でクダまいてたに違いない。
「ワタシはともかくサイの移動はおやめになるがよろしかろう。大人しくなったとはいえ商人どもは一筋縄ではいきませんからな」
ゼニナル町は旧商都ゼニナルを加えた人口千二百人を超えるオグマリー区最大の町である。
「なるほど。ではサイ、お前の部下から信頼のおける文官を二、三挙げてみよ」
「信頼のおける……ミューラー、テッチャー、マルメってところでしょうか?」
「マルメってよくワシのところに遣いに寄越されてくる太めのおばさんの?」
「ええ」
「その女性ならワタシも面識がある。確かに如才ない人物だ」
オクサが言うなら間違いないな。
「ミューラーは知りませんが、テッチャーはサイの右腕とも言われる男じゃないか?」
「ミューラーもテッチャーに負けず劣らずの能吏ですよ」
それだけの人物評価が聞ければ十分だ。
「ならばハンジー町の代官にマルメ。オグマリー町代官にはテッチャーを任命しよう。ミューラーとやらには引き続きサイの補佐をさせるがいい」
「よいのですか?」
サイが怪訝な表情で訊ねる。
「サイのお墨付きだ、信用するよ。ただし、副官にオクサの推薦する人物を充てようと思う」
「では、ワタシはガンドゥとトールを推薦いたしましょう」
「ガンドゥって武官ではありませんか?」
「確かに武官ではあるが、そこらの文官よりよほど為政に通じておる。騎士として分も弁えておるしな」
「それは好都合だ」
と、僕が言ったのでみんなが僕を見る。
女性代官はなにかと風当たりも強かろう。
そんな時、武官が睨みをきかせることで滞りなく施政できるなら万々歳じゃないか。
武威はさじ加減が難しいんだけど、オクサが推薦するんだからやってくれるだろう。
「マルメにはそのガンドゥを副官にする。必然的にミューラーの副官にはトールを任命することになるな」
「で、ワタシはどこへ赴任すればよろしいのでしょうか?」
「ハングリー区だ」
「それは……」
「実は遠征中に飛行手紙が届いていてな……」
と、僕はルビレルの訃報を知らせる飛行手紙を拡げて見せる。
「まさか!?」
「これっきり音信はない。ウォルターの弟子によれば従軍していたウォルターから『帰途につく』と連絡があったそうだが、そちらもそれっきりだそうだ」
評定の間を重い沈黙が支配する。
「ダイモンドは、あれからはなにか連絡はないのですか?」
「隣接するヒロガリー区の町、村に人を送り込んでみたとは報告があった。トゥウィンテルが逃げた先がその町なんだろう? 戦を仕掛けるには少々町の規模が大きすぎるので、ちょっかいを出すのをやめたと書いてあった」
「それだけということは、ダイモンドたちにも知らされていないということなんでしょうな」
「そうなるのだろうな」
「お館様」
「なんだ? チロー」
「ルビンス様にこのことは」
「まだ知らせていない。この手紙一通ではな」
「そうですね」
「そこでオクサ、そなたにハングリー区代官として全権を委任する」
「全権!?」
「オルバックがオグマリーでやっていただろう。もちろん私の指示は絶対だがな。出立はウォルターの話を聞いてのちとするが、よいな」
「かしこまりました」
「同時にヒロガリー区の代官にホーク・サイを任命する。ラビティアには不服かもしれないが、経験を優先した人事だ」
「弟ならば不服など申しません」
「そう願う」
「オグマリーの騎士はすべて連れて行っていい。文官も二、三人連れて行くがよいだろう。サイ、ゼニナルからも数人文官を選んでくれ」
「優秀なものを選びましょう」
「いろいろ大変だろうが、ズラカルト領攻略までは死なない程度に働いてもらうぞ」
「御意」
その人事は翌日には辞令が出てバタバタと慌ただしく官吏たちが雑務に追われ、数日が過ぎた。
月が変わって三日ほどが経った頃、難関門からウォルターが到着したという報せが糸電話 でもたらされた。
僕は館に来るようにと命じて、城下にいる主だったものを集める。
オクサにイラード、チロー、アンミリーヤ、ウータ・マーロー、そしてルビンス・ヨンブラムとクレタ・ヨンブラムとルビレルの妻。
サラとキャラも同席している。
コンドーに案内されてきたのはウォルターと騎士が一人。
見慣れない騎士だ。
「ブドル・フォーク」
小さくルビンスが呟いた。
どうやらオクサも知っているようだが、イラードやチローは知らないようだ。
ということはオルバック家所縁の人物か。
チラリとルビレルの妻をみると泰然としている。
いや、毅然とした態度と見るべきだな。
覚悟の姿だ。
自分が呼ばれた理由に見当がついているのだろう。
たいした女性である。
僕はその場での決定を諦めて、各町の代官を招集することにした。
三日後に改めて、集まったオグマリー町代官オクサ・バニキッタ、ゼニナル町代官サイ・カーク、それにチローとイラードを加えて話し合いを持つ。
前ハンジー町代官であるサイがいれば、不在の現ハンジー町代官ホークがいなくてもなんとかなるだろう。
「──というわけで
「はぁ、せっかく引き継ぎも
サイのため息もよく判る。僕だって前世でこんな人事されたら「やってられねぇ!」とか居酒屋でクダまいてたに違いない。
「ワタシはともかくサイの移動はおやめになるがよろしかろう。大人しくなったとはいえ商人どもは一筋縄ではいきませんからな」
ゼニナル町は旧商都ゼニナルを加えた人口千二百人を超えるオグマリー区最大の町である。
「なるほど。ではサイ、お前の部下から信頼のおける文官を二、三挙げてみよ」
「信頼のおける……ミューラー、テッチャー、マルメってところでしょうか?」
「マルメってよくワシのところに遣いに寄越されてくる太めのおばさんの?」
「ええ」
「その女性ならワタシも面識がある。確かに如才ない人物だ」
オクサが言うなら間違いないな。
「ミューラーは知りませんが、テッチャーはサイの右腕とも言われる男じゃないか?」
「ミューラーもテッチャーに負けず劣らずの能吏ですよ」
それだけの人物評価が聞ければ十分だ。
「ならばハンジー町の代官にマルメ。オグマリー町代官にはテッチャーを任命しよう。ミューラーとやらには引き続きサイの補佐をさせるがいい」
「よいのですか?」
サイが怪訝な表情で訊ねる。
「サイのお墨付きだ、信用するよ。ただし、副官にオクサの推薦する人物を充てようと思う」
「では、ワタシはガンドゥとトールを推薦いたしましょう」
「ガンドゥって武官ではありませんか?」
「確かに武官ではあるが、そこらの文官よりよほど為政に通じておる。騎士として分も弁えておるしな」
「それは好都合だ」
と、僕が言ったのでみんなが僕を見る。
女性代官はなにかと風当たりも強かろう。
そんな時、武官が睨みをきかせることで滞りなく施政できるなら万々歳じゃないか。
武威はさじ加減が難しいんだけど、オクサが推薦するんだからやってくれるだろう。
「マルメにはそのガンドゥを副官にする。必然的にミューラーの副官にはトールを任命することになるな」
「で、ワタシはどこへ赴任すればよろしいのでしょうか?」
「ハングリー区だ」
「それは……」
「実は遠征中に飛行手紙が届いていてな……」
と、僕はルビレルの訃報を知らせる飛行手紙を拡げて見せる。
「まさか!?」
「これっきり音信はない。ウォルターの弟子によれば従軍していたウォルターから『帰途につく』と連絡があったそうだが、そちらもそれっきりだそうだ」
評定の間を重い沈黙が支配する。
「ダイモンドは、あれからはなにか連絡はないのですか?」
「隣接するヒロガリー区の町、村に人を送り込んでみたとは報告があった。トゥウィンテルが逃げた先がその町なんだろう? 戦を仕掛けるには少々町の規模が大きすぎるので、ちょっかいを出すのをやめたと書いてあった」
「それだけということは、ダイモンドたちにも知らされていないということなんでしょうな」
「そうなるのだろうな」
「お館様」
「なんだ? チロー」
「ルビンス様にこのことは」
「まだ知らせていない。この手紙一通ではな」
「そうですね」
「そこでオクサ、そなたにハングリー区代官として全権を委任する」
「全権!?」
「オルバックがオグマリーでやっていただろう。もちろん私の指示は絶対だがな。出立はウォルターの話を聞いてのちとするが、よいな」
「かしこまりました」
「同時にヒロガリー区の代官にホーク・サイを任命する。ラビティアには不服かもしれないが、経験を優先した人事だ」
「弟ならば不服など申しません」
「そう願う」
「オグマリーの騎士はすべて連れて行っていい。文官も二、三人連れて行くがよいだろう。サイ、ゼニナルからも数人文官を選んでくれ」
「優秀なものを選びましょう」
「いろいろ大変だろうが、ズラカルト領攻略までは死なない程度に働いてもらうぞ」
「御意」
その人事は翌日には辞令が出てバタバタと慌ただしく官吏たちが雑務に追われ、数日が過ぎた。
月が変わって三日ほどが経った頃、難関門からウォルターが到着したという報せが
僕は館に来るようにと命じて、城下にいる主だったものを集める。
オクサにイラード、チロー、アンミリーヤ、ウータ・マーロー、そしてルビンス・ヨンブラムとクレタ・ヨンブラムとルビレルの妻。
サラとキャラも同席している。
コンドーに案内されてきたのはウォルターと騎士が一人。
見慣れない騎士だ。
「ブドル・フォーク」
小さくルビンスが呟いた。
どうやらオクサも知っているようだが、イラードやチローは知らないようだ。
ということはオルバック家所縁の人物か。
チラリとルビレルの妻をみると泰然としている。
いや、毅然とした態度と見るべきだな。
覚悟の姿だ。
自分が呼ばれた理由に見当がついているのだろう。
たいした女性である。