第301話 弾道計算をさせてみる

文字数 2,439文字

 本当はよくないことと判っている。
 判った上で僕はあえて報復に二発の旧式爆弾をカタパルトで城壁内に撃ち込ませた。
 兵器用に改良した爆弾は有効範囲を絞ることで攻撃力を増し、しかも魔法陣の改良で魔力消費を抑えた代物だ。
 さすがに腹いせでそれをぶち込むのは大人気ないと自重した。
 旧式爆弾は土木作業用の魔道具で破壊力と範囲が魔力次第の魔道具だ。
 どれだけの魔力を込めればどれほどの威力になるのか、チャールズなら経験的に判っているだろう。
 あまり盛大に町を破壊するとその後の統治で苦労する。
 それくらいの理性はかろうじて働いた。
 働いたんだけどどうしても報復したくなっちゃったんだなぁ。
 夜、天幕の中で食事も取らずに項垂れて反省していると、ウータが入ってきた。

「お館様。まだお食事を摂っておられないのですか?」

「ああ、ウータか。すまない。今食べるよ」

 せっかく部下が用意してくれた食事だ。
 食べないのは申し訳ないと、食べ始める。
 うん、冷めちゃってる。

「お館様?」

「ん?」

「今日の被害にあまりお心を痛めないでください。戦に兵の死はつきものです」

 うん、そっちも確かに落ち込む理由だけど、絶対に勝ち筋を間違えない戦いなんて不可能だ。
 これまでの戦いでだって……いや、そもそも戦をしている以上人が死ぬたびに飯が食えなくなってたら一軍の将などやっていられない。
 とはいえ、自分の失敗の腹いせで敵に爆弾放り込んだなんて本音ぶっちゃけるわけにもいかないもんだから、

「そうは言ってもな、私の不注意によるものだ。死ななくてもよかった命をあたら無駄に散らしてしまったのだ。責任を感じないわけにもいくまい」

 と、殊勝な領主を演じて見せとく。
 もちろん、こっちも本音の一部だ。

「明日は城門を抜くぞ」

「はい。このウータ、先陣切って内門までの橋頭堡を確保いたしましょう」

 明けて二日目、出来る限り正確に城門に当てるため、今日は大砲を前進させる。
 この世界の技術では砲弾の量産と言ってもすべて手作業で行われるため、精度にはどうしたってばらつきが生じる。
 そりゃ、日本の匠が丹精込めた逸品ならどれも思った通りにコントロール出来るのかもしれないけど、矢と違って砲弾にそこまでは求めていない。
 それでも椎の実型の砲弾を施条(ライフリング)で回転させればジャイロ効果で真っ直ぐに飛んでいく。
 問題は射出時に狙いにどれほどの誤差が生じるかだ。
 仮に角度が一度違っただけでも一メートル先なら二センチ程度の誤差が、百メートル先なら五十メートル以上になる。
 あ、これは前世での計算だな。
 この世界ではまだ上手く計算できないんだよね、単位の都合で。
 計算式はそのまま当てはめてもいい気はするんだけど。
 計算式はすぐ呼び出せる。
 前世の記憶を完璧に呼び出せるのはありがたい転生特典だからね。
 ああ、前世にこの能力があったら高校の数学も赤点と格闘しなくてもよかったのになぁ。
 まぁ、記憶から呼び出した公式に数字を代入したからといって計算が間違いなく出来るわけじゃないのが残念なところなんだけど。
 でも待てよ。
 試しに計算してみるってのもありかもな。
 計算結果が思惑通りなら前世の公式を大量導入可能ってことだろ?
 数学が発展すれば科学技術のさらなる発達にもつながるからな。
 いや、でも待てよ、公式によってはこの世界では通用しないものもあるんじゃないか?
 特に時間関連の計算が壊滅的に流用できない。
 よし、戦況に余裕がある今のうちに試してみるか。
 ついでに集めた人材で最適な単位を作るとっかかりを考えだしてもらおう。

「ウータ」

「は。ここに」

「隊の中に算術に秀でたものはいないか?」

「……探しますのでしばらくお待ちください」

 と、僕の元を離れていくウータの背を見送りつつニヨニヨが止まらない。
 普段キリリとした麗人が目をぱちくりさせる様のかわいさよ。

(…………)

(な、なんだよ。そのじとっとした流し目は)

(なんでも〜)

 …………。
 半時間のうちに集められたのは三人の男たちだった。
 うち一人は魔法使いである。

「お館様。お求めの人材にございます」

「うむ。そなたら算術が得意なのだな?」

 そう訊ねると、男たちは皆かしこまって「はい」と小さく返事をする。

「では」

 と、僕は城門を指差し

「お前たちにあの城門に正確に大砲の砲弾を当てる方法を計算してもらう」

 うーん……突飛だよな。
 みんな(ほう)けた顔をしてる。
 僕は前世の記憶を引っ張り出して計算式を黒板に書く。
 ええと、確か必要になるのは砲弾の重量と発射角と最高到達点と……あれ? 重力とか空気抵抗も考慮しなきゃだっけ。
 こんな状況で計算できるのか?
 ええい、ハッタリかましてしれっと計算させてやれ。

「ものはある角度で打ち上げると一定の高さまで到達した後落下する」

「はい」

「落下する予想着地点を計算するのが、この計算式だ。実際には風の影響などで計算通りにはいかないのだが、まずはどれだけの角度で発射すればよいのかを計算してみよ」

 目標の距離はだいたい判っている。
 規格品である砲弾はばらつき少なく一定の性能を発揮するので、角度と最高到達高度を計算できる。
 何度か試射しないと数字は出せないけどね。sin、cosの公式に代入すればいい。
 ……ああ、高校時代の悲惨だった定期テストの結果を思い出してしまった。

「かしこまりました」

 早速計算に取り掛かった三人は、数度大砲の仰角を変えて発射された砲弾の最高到達高度を確かめながら黙々と計算をする。
 昼を過ぎた頃には三人とも頷き合ってチャールズに指示を出している。
 結果は少し届かないようだった。
 空気抵抗による減速によるものだ。
 こればっかりは現時点ではっきりとした数字が出せないので仕方ない。
 そこで、彼らは次に謎のファクターXの代わりに仰角を調整することで足りない飛距離を補う計算を始めたらしい。
 その結果は、昼を二時間ほど過ぎた頃に城門に見事着弾するという戦果を収めた。
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