第59話 開いた口が塞がらないとはまさにこのこと

文字数 1,911文字

「そこの男、止まれ!」

 と、使者の一人が鋭く僕を呼び止める。
 肩をすくめてビクリとこわばる。
 あ、これは演技じゃない。
 なにせこちらは丸腰の農夫、向こうはホルス上で帯剣した男爵の部下だ。
 こわごわとゆっくり振り向くと、相手は紅顔のでっぷり肥えた少年と白髪交じりのおじさんだった。

「この村のものだな?」

 高圧的な態度なのは少年の方。
 いやいや、使者なんて仕事についてることを考えれば成人してるか。
 一年目の新兵か、いいとこ自分と同年ってとこだろうな。

「はぁ……」

 と、曖昧に応えとこう。
 リリムが僕の横で腹を抱えて笑ってる。
 チッ、いい気なもんだよ。

「村長を呼べ!」

 おやおや、それでいいんですか?
 どうやって、中に入れずに済ますか考えてたのに。

「あー、それ、僕です」

 ここは素直に答えとくべきだろう。

「なに!?

 あー……いつものリアクションですね。
 いいんですよ、慣れてますから。

「この村の唯一の生き残りで、それが縁で村長させてもらってます」

「そうか」

 と応えたのはおじさん使者の方。
 鞍や身につけているものが若い方より質素なのは身分の差だろうか?
 だとすれば

のお目付役ってとこか。
 交渉の一切は若様がやるらしい。

「なら話が早い。村が復興したと聞いてきた。事実か?」

 下手か?
 交渉ド下手か!?

「……復興ってのがどういうものか知りませんがね、野盗や戦を避けてやってきた人たちが住み着いてるのを復興っていうならそうなんでしょう?」

 リリム、気になるから僕の視界に入らないで。
 できれば笑い声も抑えてくんないかな?
 今後を左右する大事な駆け引きやってんだからさ。

「では、今年から税を納めてもらおう」

 オフゥ……なんだその説明一切吹っ飛ばした結論のみの伝達は。
 交渉にもなってない。
 まあ、領主からの(じょう)()()(たつ)と言えばそれまでだけど。

「え? いや、そんなこと急に言われても……」

「これは決定である。収める額は過去の事情を考慮し、特別に前回並とする。ありがたく思え」

 それをどうやってありがたく思えってんだ?
 阿呆か? ばかちんか?
 あまりにひどい物言いに心の声が顔に出たらしい。
 おじさん使者が若様の前に出て僕にいう。

「政情不安はこの辺境の地にも及んでおる。昨年から領内の納税額が一律で二割上がっておるのだ。この秋はさらに一割上がる予定だ」

 村の税は秋に穀物で納税していた。
 収穫量ではなく畑の大きさで収める量が決められていて、例年だと収穫量の四割くらいを納めていたはずだ。
 これが不作の年なら収穫量が減るわけで、僕が十二歳の年は総収穫量の六割近くを徴税されて大人たちが青くなってた。
 納税額が三割り増しになったら平年どおりの収穫量だったとしても半分以上をもっていかれることになる。
 数字でしかものを見ていないだろ。
 こっちは生活がかかってんだ。
 そんな横暴許されると思ってるんなら、早晩下から追い落とされるんだからな。

「しかと申し渡したぞ」

 若様はそれだけ言い残してとっとと帰っていく。
 お連れのおじさんはじっと僕を見下ろしてこう言った。

「これでも他領に比べるとましな方と聞いた。戦をしているところなど……いや、お前に言っても詮ないな」

 この人は話が通じそうだ。

「あの、お名前は?」

「ワシか? ズラカルト男爵様の側近オルバック様に使えるルビレルだ。お世継ぎ様の失礼はワシが謝る。では」

 と、頭を下げて後を追う。
 苦労してるんだな。
 うん、ありゃあ典型的な世間知らずの坊ちゃんだ。
 都市からも出たことがないと見た。
 この旅が初めてで田舎のあばら家(この村は違うけど)は汚くて入りたくないとか思ってたんだろ?
 だからって野宿もできそうにない。
 てか、そもそも野宿の準備をしてたように見えないからな。
 隣村まで歩きで三日くらいだったろ?
 ホルスを飛ばしゃ日暮れまでには着くはずだ。
 だから用件だけ済ましてとっとと帰ったんだぜ、きっと。

 さて。

 僕はリリムを見る。

「なに?」

「秋までの時間が稼げた」

「うそ? あんなやり取りで?」

「な? あんなやり取りでさ」

「でも、秋までなのね?」

「それは仕方ないな。覚悟してたことだ。だけど、デッドラインが決まったことは悪いことばかりじゃない」

「そうなの?」

「やることをデッドラインから逆算してスケジュールを決められる。あれもこれもと欲張れないから優先度の低いものを切り捨てることになるけど、優先度の高いことに集中できるから効率が上がる」

「なにをするの?」

 可愛い顔で指を口元に当てて小首を傾げるとか、反則だろ。
 僕はちょっと引きつった

を作って芝居がかった言い方をしてみせる。

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