第157話 苦労は つづくよ いつまでも

文字数 2,422文字

 再交渉のせいで僕は十日近くも四の宿に居続けなくちゃいけなくなった。
 まぁ、有意義な通商条約が締結できたし苦労は報われたからいいけどさ。
 この条約は即日発効された。
 互いの取引は割符を持つ代表者のみが行えるとし、取引場所はこの四の宿の商館で人族の暦で毎月五のつく日、月に三度と決める。
 取引単位はこれも人族側の度量衡を採用させてもらった。
 代わりに貨幣を用いないグリフ族のためにフレイラ本位制を採用した。
 これにはちょっと難色を示したんだけど、他に基本単位になりそうなものがなかったんで仕方ない。
 これから農地を開拓して増産をはかる計画があるからこちら側でフレイラの価値は確実に下がると思うんだよね。
 それ以上に米相場みたいに投機に使われないように細心の注意を払わなきゃな。
 そして、できるだけ早いうちにグリフ族に貨幣を導入してもらうように働きかけなきゃと思う。
 もっとも、人族の側でも貨幣経済は普及しているとは言い難いから無理強いはできないんだけど。
 貨幣経済といえば、ようやくお金を払って物を買うという習慣が庶民にも理解され始めてきたらしく、商人たちが物々交換から解放されたと喜んでいた。
 ほんとは一手間増えるんだけどね。
 なにかを売って金に替え、それで必要ななにかを買うんだから。
 でも、銭金を価値の基準に置くことで、ある人にとっては酒一杯の価値しかないものが別の人にとっては酒三杯分の価値がある、なんていう物々交換で起きる不公平感は少し解消されるからね。
 僕は通商条約を締結した後、思い立って領内漫遊の旅に出ることにした。
 飛行手紙でその旨サラに詫び状を送り、一路ハンジー町へ。
 お供は旅が続くってんでニコニコ顔のチローと、余計なお守りが増えたとでも思っているのかいつもの仏頂面したオギンに用心棒を自認するガーブラの三人に絞って、他の人員を解放する。
 ぶっちゃけそれ以外の随行員はグリフ族との交渉のための体裁作りに連れてきただけで、いらないっちゃあいらない人たちだったからね。

「旅にはいい季節ですねぇ」

 なんて、のんびりホルスにゆられて街道を行く。
 こちらの道はまだ本格的な整備を始めていないのでこれまでの道すがらと違って快適とは言い難い。
 にもかかわらずルダーはハンジー町から開拓を始めるという。
 早い段階で僕に帰順したためそもそもの計画が早かったとか、三町で一番規模が小さく手がつけやすいとか、水の確保の都合で下流にオグマリー町のある流域農地の広い側から手をつけようってのもあるんだけど、一番はゼニナル町にネックになっている問題があるからだ。
 はぁ……頭の痛い問題だよ、ホントに。

 町(と言ってもまだ旧第三中の村村域だけど)に入るとそこにはジョーのキャラバンが店を開いていた。

「おや、お館様」

 とか、番頭格のブローに声をかけられてしまう。
 小さな領地だし、某(さきの)中納言(黄門様)のようなお忍び旅とはいかないよね。
 つか、声をかけてきたのがブロー・スッケサンってところがエスプリが効いてるってもんだ。

「ご視察ですか?」

 とこれまた番頭格のノーシに訊ねられたのでいよいよこそばゆい。

「お忍び旅だよ」

 と、答えたら

「忍ばれてませんよ?」

 と、返される。
 ……自覚し(わかっ)てるよ。
 とりあえず和やかに談笑してるとカーゲマンがジョーを呼びに行ってくれてたらしく、のっそりと現れた。

「よぉ、どうしたい?」

「どうもこうもちょっと諸国漫遊を……」

 なんて言ってみる。

「国って規模じゃねーよ」

 と、軽く返される。

「それにしてもずいぶん板についてきたじゃないか」

 と、仕事に戻るカーゲマンを見やりながらいう。
 カーゲマンは僕の一つ年下で、僕の村で初めて元服した一人だ。
 ちなみに僕の領内での成人儀式(イニシエーション)烏帽子(えぼし)(おや)真名(まな)をつけてもらうことだ(エピソード「色々とびっくりだよっ!」参照)。

「何年やってると思ってるんだ、もうじき五年だぞ」

「そうだっけ」

「ところで、町を回るのは単なる思いつきじゃないんだろ?」

「思いつきといえば思いつきなんだけどさ……あ、そうだ。ちょっと知恵を貸してくれよ」

「構わんよ。だが、今は商売の時間だ。明日には店を畳んで町に行くから明日でどうだ?」

「判った。旧町域で待ってるよ」

「じゃあ、連絡係にノーシとブローをつけよう」

 と、ジョーはニンマリ笑う。
 僕も

「じゃあ、代わりにガーブラを残すよ」

 と、にへらと笑い返す。
 前世が日本人だからできる以心伝心よね。
 これでうっかり枠がチローじゃなくベハッチなら完璧だったのにね。
 ま、だからと言って御隠居さんみたく行く先々で厄介ごとに首突っ込むわけじゃないんだけどさ。
 町に着いた翌日は代官屋敷には近寄らないで町ブラして過ごす。
 お忍び旅なんだからバレなきゃいいよね。
 その間、オギンとチローに町の様子を探らせるのも忘れない。
 夕方になってジョーのキャラバンが町に入ったと連絡を受けたので、ホイホイとフットワーク軽くキャラバンに出向く。

「待たせて悪かったな」

「こちらからのお願いなんだから、謝ることはないさ」

「で? 相談ってのはなんだ?」

 単刀直入だな。
 うだうだと他愛のないこと話して腹の探り合いするよか全然いいけどね。

「ゼニナルのことなんだ」

「ああ。やっぱり問題か」

 ジョーも問題だと認識してたようだ。

「あれだろ? 領主が替わってやり方が変わったってのに、いつまでも商人組合(ギルド)が自治振りかざしてるのをどうにかしたいってんだろ?」

「ご明察。困るんだよねぇ……考えあって旧一町四ヶ村にゼニナルを編入したってのに『旧商都は治外法権でござい』みたいな顔されると」

 治外法権なんてこの世界にはまだない概念だから一種の比喩なんだけど、あからさまに「町の中のいざこざは町の中で処理する」という態度を取られると領主としては「いつまでも甘い顔は見せませんよ?」と、言いたくなる。

「で、俺になにをさせたい?」

 ははは、察しがいいね。
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