第286話 グリフ族との外交 1

文字数 2,382文字

 秋の収穫を終えてそろそろ雪の便りが届く頃、グリフ族との閣僚級会談が行われた。
 場所は四の宿に設けられたグリフ族との交易拠点として建てられた商館
 こちらから出席したのは僕と通商大臣チロー、外務大臣ケイロ、農林大臣ルダーの四人。
 一方のグリフ族代表団は若き族長リュ・ホゥを筆頭に二人の女軍師チョ・リョとシッ・ポゥ、大将軍に昇進したアン・カィと女武将のショ・カとナン・シン。
 初めて会った時の顔ぶれだ。
 あの時はもう一人ルゥ・アンという武将がいたのだけれど、彼はグフリ族との戦で受けた怪我がひどく隠居したらしい。
 グリフ族は亜人(ちなみに「グリフ」とは彼らの言葉で「人」を意味する単語であり、グリフ族は人族のことを亜人と呼ぶ)の中では非常に特徴的な外見をしている。
 全身が静脈が透けて見えているような青白い肌で覆われていて、足が短く手が地面に届くほど長い。
 九十年代に流行ったアニメのキャラのように顔の半分くらいあるんじゃないかっていう大きな目をしていて、頭の上にケモ耳が乗っている。
 しかも、女性はみんな風船おっぱいだ。

「久しぶりだな」

 人族が言語体系の参考にしたというナルフ語と違ってグリフ語は起源がまるで違っている。
 そんなグリフ族の代表が流暢な(ひと)()を話してくるのが相変わらずすごい。
 僕なんていまだに挨拶程度の会話しかできないよ。
 もっとも、交渉はすべて部下に任せているのも言語習得が遅れている要因だろうけど。

(本当にそれだけ?)

(それだけだろ? 僕は神様からちょっぴり優秀に転生させてもらっているって言ったのはリリム、君なんだぞ)

(でも、ジョーはペラペラよ)

 む。

(ジャン、前世でも外国語できなかったんじゃないの?)

 むむむ……。

 外交儀礼としての通り一遍の挨拶を済ませ、チローとチョによるそれまでの交渉の経緯と成果が参加者に語られる。
 大筋では合意できるようだけど、まだまだ詰めなきゃダメなところが多い印象だなってのが現時点での感想だった。
 交渉の最初はフレイラの交換比率について話し合われる。
 フレイラは主食となる麺やパンなどにする穀物で、グリフ族とは基軸通貨代わりに使われている。
 言うなればフレイラ本位制だな。
 だからここが妥結できなければその後の交渉自体ができないと言っても過言ではない。
 国内の生産力と需要、グリフ側の需要など考慮する要素は多い。
 特にこれからアシックサル領を攻略しようと考えている現状、決して生産力に余裕があるわけでもないという事情がある。
 一方のグリフ族でも耕作するようになって久しいけど領地が山岳高地のため耕作地は狭小で土地柄から生育環境がよいとはいえず、作柄も収穫量も食味もグリフ族の満足できる状況とは程遠い。
 そんなこともあって交渉はなかなか難航することになった。

「グリフ側の要望も理解はするが、こちらとしても余剰生産力は残っていないから譲歩できる余地の少ないことは理解してもらいたい」

 農林大臣として開墾事業を取り仕切っているルダーがいうのだから間違いない。

「そんなことはないでしょう。チロー殿からはまだまだ開発余地が残っていると聞いています」

 そんなこと言ってたのか?
 と、チローを一瞥するとバツの悪そうな表情で視線を泳がせていた。
 ルダーもそれを視界の端で捉えていたに違いない。
 薄くなり始めている髪の毛を金田一耕助よろしくわしゃわしゃと掻きむしり、大きくため息をつく。

「確かに農地を拡げる余地はまだまだある。しかしな、人手が、労働力が足りない。よしんば開墾できたとしても畑ってのはそう簡単に出来上がるもんじゃないんだ。お前さん方だって土のできていない畑じゃ満足な作物が育たないことくらい判っているんじゃないのか?」

「確かに農業が大変なことはフレイラを育ててみてよく判った。しかし、人族はこと農業に関しては()(ひと)(しゅ)を圧倒する技術を持っていると聞いているぞ。どうとでもなるのではないのか?」

 人種はそれぞれに特技と言える種族固有の能力がある。
 ナルフ族なら誰でも精霊と交流を持ち精霊魔法を行使できるし、グリフ族やドゥワルフ族は鉱物知識に長けているなどだ。
 ちなみに余談だけど、グリフ族はその圧倒的フィジカルで鉱夫として、ドゥワルフ族は無骨な見た目に反して器用な手先で鍛冶や彫金に秀でたものが多い。

「あの……」

 と、丁々発止の間に割って入ったケイロ。

「もう少し互いに交流ができないものかとずっと考えていたのですが……」

「交流?」

「はい」

「交流というのは人的交流のことか?」

「その通りですお館様」

 うん、考えたことなかったなぁ。

「ケイロ殿、交流ならこの十年ずっと続けてきたではないか。今さらなにをしろというのか」

 と、シッが訊ねてきたのだけれど、族長のリュが「いや」と大きな目を細めてこちらを見てくる。

「面白いな。問題は双方にとってどれだけの利点があるかだ。得られる利益次第でその話乗ってもいいぞ」

「ケイロ、その案はフレイラの交換比率と関係のある話題なのだろうな?」

「はい。発言、お許しいただけますか?」

「いいだろう」

 ケイロの言うことにゃ、長年交流のある両種族だけどグリフ族はもっぱらこの四の宿の商館を利用するだけ、こちらからは節目の挨拶にケイロやチローが使節団としてリュの館を訪れるだけだった。
 いい機会だからこれを機にもっと広く交流するのはどうだろうか?
 そうすれば互いにより大きな利益になるのではないか?
 というなんかすごくざっくりした主張だった。

「ケイロ殿、それでは抽象がすぎてまるで要領を得ないぞ」

 リュの言う通りだ。
 しかぁし!
 僕にはいい糸口になったぞ。
 もしかしたらリュの方でもそれに思い至っているかもしれない。
 なんかニタニタしてるからたぶん間違っちゃいないと思う。

「では、こう言うのはどうだろう?」
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