第277話 いざ、同盟領と言う名の敵地へ

文字数 2,865文字

 感想を言わせて貰えば、兵士たちの実力は「まあまあ」だった。
 ただし、持久力はたいしたものだった。
 こっちは、僕が長旅で鍛錬不足だったからなおのことそう思ったのかもしれない。
 なんにせよ、午後を丸々使っての撃剣稽古はちょっとやり過ぎだったかもしれない。
 一夜明けて鈍い筋肉痛を全身に感じながらホルスにまたがった僕はそんな後悔を覚えている。
 筋トレはずっとやっていたのにこの筋肉痛……負荷が足りてなかったのか、それとも使う筋肉が違っていたのか。
 ちょっとトレーニングメニューを考え直さなきゃダメかも。
 砦の兵士に先導役を頼み、ドゥナガール仲爵領の砦に向かう。
 同じ王国内だってのに各領主がそれぞれに自領に砦を作っているのはいつ頃からなのか?
 王権が強力だった頃からのものだとしたら、そもそも王権が強力ではなかったということになる。
 王位継承問題から乱世になったことで砦を作らざるを得なくなったのだという事なら国内はどんな状況になっているのかと、ちょっと背中が薄ら寒い。
 仲爵領の砦は僕の砦とそれほど変わらない外観をしていた。
 まぁ、同国内ならそんなもんか。
 出迎えの中にケイロの姿がある。

「お待たせして申し訳ありませんでした」

「いや。すぐ出発か?」

「はい。申し訳ございませんが、このまま領都までお連れいたします」

 ドゥナガール領の移動は十二日かかった。
 その間、ケイロに騎乗でいろいろとレクチャーを受ける。
 ドゥナガール仲爵領は僕の領を含めて五つの領と領境を接し、北面はハッシュシ王国との国境という結構厳しい立地にあるらしい。
 まぁ、そのうち三領と同盟を結び、もう一箇所とは不可侵協定を結んでいるらしいので、当面は国境警備とアシックサル季爵への対応に注力できているのだという。

「では、アシックサル対策で呼び出されたと考えてよいのだな?」

「複雑な思惑もあるのですが、概略ではその通りです」

 気になる言い方だな。

「ハッシュシ王国は、リフアカ王国に侵攻してきていないのか?」

 ちなみに忘れているかもしれないけれど、僕はリフアカ王国のズラカルト領を実効支配している下剋上領主だからね。

(誰に言ってるの?)

(リリムだよ)

(へー)

「裏では暗躍しているかもしれませんが、表立っての侵攻は聞いておりません。ハッシュシ王国も東にラシュリアナ王国、西にブチーチン帝国と国境を接しています。特に長い国境線を接している帝国は領土的野心の強い国だと聞いておりますから、下手には動けないのでしょう」

 国境線といえばズラカルト領も、実はハッシュシ王国、ブチーチン帝国と国境を接している。
 もっとも、どちらとも高い山脈で隔てられているので襲われる可能性はまずない。
 二つの山脈は高いというだけじゃなく亜人種や怪物のテリトリーでもあるからだ。

 ドゥナガール領の街道を進む。
 道は我が領内の方が整備されているけれど、それは僕が公共事業として領内整備のために拡幅したからであって、元々の道は荷車が一台通るのが精一杯のでこぼこ道だったことを考えれば、ずっといい道だ。
 これが本来の王国の街道だというのなら、男爵は内政の能力が低かったというかなにもしていなかったと言ってもいいかもしれない。
 増税ばかりだったし、戦も強くなかったな。
 というか、最奥の領地という地の利を無為に放置して自分の享楽を優先していただけの無能領主だったのかもしれない。
 最初の攻略対象が領主としての振る舞いだけは見事な無能だったというのは、幸運以外のなにものでもないんじゃないか?
 これはある意味神様からもらえた主人公補正ってやつだ。
 そうに違いない。
 ……それでも結構危ない橋渡ってきた気がするけどな。
 街道沿いの村は総じて百人規模。
 オグマリー区の村はどこも三十人からせいぜい五十人規模だったから、領地面積を無視して単純計算四、五倍の人口規模ってところか。
 ま、だからと言ってその四、五倍の人口で抱える戦力を隣接する他領や他国からの防衛に振り分けるんだから、おいそれと戦争を仕掛けられるわけじゃあない。
 事実、同盟を結んでいるズラカルト領との領境にだけでも二箇所の砦が築かれていて、百人規模で兵が詰めている。
 王国の町はどこも農村の繁忙期に手伝うための労働力を抱えている。
 城壁に囲まれている町は、ズラカルト為政下の各町同様衛生的にも治安的にも安全とは言い難かった。
 これは、前世を基準にしているからそう思うだけで、この国の水準で言えば一般的と言えるかもしれない。
 農作物の生育状況はこれもまた並……いや、今年は豊作寄りかな?
 なんにせよ単位面積あたりの収穫量は現在の僕の領内の七割くらいだろうか?
 ほんと、ルダーの持っている前世知識と技術はえげつないね。
 そして、一部機械化したことによって作付け面積が大幅に増えたことも相まっておそらく仲爵領と同程度、いや、ひょっとすると仲爵領より収穫量があるんじゃないかな?
 開墾地が肥沃になればもう少し収穫量も増やすことができる。
 ズラカルト攻略戦で消費した備蓄もこの二年で戦前より増やすことができたくらいだ。
 さすがに毎年の出兵は難しくても、何年かに一度の大規模戦争ができるくらいには食糧事情が改善している。
 増税なしにこれができるのだからありがたい。
 聞くところによればドゥナガール領では収穫物の七割、アシックサル領では八割もが徴税されているとか。
 うちも農作物による徴税は本来八割だ。
 けれど賦役に就けばその分を労働対価として免除する制度なので、収められているのは全体の六割余りになっている。
 労働が嫌なら全額農作物で納税することも可能なんだけど、比率ギリギリまで労働で納税するものが多い。
 農業労働をしない商人は雇っている労働者やその家族も対象とした人頭税と商売許可制度に対して支払わせる商い税を金銭で支払わせている。

 旅はなんのかんのと順調で、予定通りにドゥナガール仲爵の領都にたどり着く。
 威圧するような高い外城壁。
 下町と中層を区別するための中城壁。
 ドゥナガール城を守る最後の内城壁とくぐり抜けて数百年は経過した風格のある城に入る。
 居館としての建物はやたらと広く大きいルンカー造りで、これは冬の暖房費が半端ないんじゃないか?
 案内されたのはホテルのスイートルームみたいな広い部屋で、きれいどころが数人、身の回りの世話をすると言う名目で侍っている。

「監視役でしょうな」

 と、セイが耳元で囁く。

「気にするな。やましいことがなければどうと言うこともあるまい」

 と、言っておく。
 ま、心の中では居心地悪いなぁくらいには思っているけどね。
 従ってきた騎兵は大部屋に案内されたみたいだし、献上品を積んだ荷車も怪しいものがないか確認されたものの問題なく運び込まれている。
 二人の魔法使いと護衛名目で組長級の騎士三人が詰めている。
 と言っても、実際のところ騎士なのはセイだけで、残りの二人はニンジャー隊の組頭サイゾーとセーカイの二人だったりするんだけど。
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