第296話 一戦

文字数 2,428文字

 冬が来たと気づかされる。
 夜明け前の吐く息は白く、兵士たちが踏みしめる足元は霜柱がサクサクと音を立てていた。
 砦には日が昇る前につくことだろう。
 トーハに先導を任せ、僕はドブルとルビンスを連れて砦の望める場所へ移動する。
 もちろん、一隊の槍隊は連れてきた。
 山間部に朝日が差し込み始めたところでドォンという爆音がこだまする。
 ラバナルの先制攻撃だ。
 投石機(カタパルト)から投擲された攻城魔道具爆弾(ボム)の炸裂音を合図にサビーの軍が鬨の声を上げる。
 間隔をあけて計五度、爆弾による攻撃音が響く。
 火薬と違って爆発に伴う光と熱が出ないのが魔道具の特徴だ。

「やはり、爆弾といえども城壁を破壊するのは難しいようですな」

 と、ルビンスがとなりでつぶやく。
 ズラカルト男爵が籠城した城でも爆弾は使われている。
 あの時も巨岩の投石と差のない破壊力しか与えられなかった。
 本来なら地面に大穴開けられるほどの威力があるのだけれど、最大威力を発揮させるには壁面に接触すると同時に爆発しなくちゃいけない。
 しかし、爆発のタイミングがうまく調節できないから本来の威力が発揮できないのだ。

「判っていて最初の攻撃に利用しているんでしたっけ?」

「その通りだドブル」

「じゃあいよいよ新兵器の試し撃ちですな」

 そこ、ワクワクでキラッキラの目をこちらに向けない。
 まぁ、その気持ちは判らないでもないけどな。
 次に放たれたのは小銃(ライフル)の弾丸を大きくしたような椎の実型砲弾だった。
 新兵器大砲(キャノン)から放たれた改良型爆弾である。
 砲口装填式をすっ飛ばして近代化してやったぜ。
 魔道具である大砲から旋転して射出された砲弾はジャイロ効果による高い精度と飛距離を持って敵の城壁に突き刺さる。

「さすがに貫通することはありませんか」

 ドブルは貫通すると思ってたのか。
 その上で戦闘ができるほどの幅を確保されている城壁が貫通できる威力なんて物語だけの世界だろうに。
 落胆するドブルはしかし、次の瞬間少年のような笑顔でこちらを振り向くことになる。
 大砲の砲弾は爆弾の改良モデルだ。
 当然、爆発する。
 そう、城壁に突き刺さった状態で爆発するのだ。
 大きく抉れる城壁に目をキラッキラさせて指をさすいかつい中年に苦笑いを浮かべる僕を誰が非難できるだろう、否、誰も否定し得ないはずだ。

(なに小難しいこと思ってんのよ)

 む・むむむ。
 立て続けに砲撃される大砲攻撃は確実に分厚い城壁を抉り崩していく。
 ドブルが声に出して数えるところ実に十三発。
 門扉に命中した砲弾が爆発したことで城門は無惨にも吹き飛ぶ。
 この機を逃すサビーじゃない。
 ずんと槍隊が前進を開始する。
 もちろん相手だって黙って接近を許すわけはなく、弓兵が矢の弾幕を張ってくる。

「弓兵隊はざっと百人規模といったところですかね」

 戦慣れしていると打ち上げられる一斉射で判るもんなのかね?
 さすがはルビンスだな。
 こちらからは同規模の銃兵が応射したようだ。
 弓対小銃。
 速射性でも飛距離でも、命中精度に至るまでなに一つ負ける要素がない射撃戦を制して槍隊が砦に迫ったところで相手の反撃がこちらを襲う。

「あ、弾ける球が!」

 ルビンスの言う通り、城壁の上から転がされた大きな球が槍隊にせまる。
 なるほど、これは厄介だ。
 砦の内側で壁に守られているのと攻め込んでいる軍に向かって転がってくることにここまで心理的負荷が違うとは、想像以上だ。
 高みの見物である僕でさえ、味方の軍にあれを向けられているということに精神的圧迫を受けているのだから、現場で、最前線で今まさに迫り来る弾ける球を見ている兵士たちの恐怖はいかばかりか。
 しかぁし!
 僕はその対策をしっかり取ってある。
 無策で兵士を送り込むほど無能な指揮官じゃあないぞ。
 サッと飛び出した軽装の兵士が二人、革の幕をパッと広げて弾ける球にバッと被せる。

(サッとかパッとか)

(いいじゃない)

(で、あれが完成した秘密兵器なのね?)

 そう、リリムの言う通りあれがかねてより開発を依頼していた対手榴弾用防御魔道具保護(プロテクト)(カーテン)だ。
 硬化(ハードニング)の魔法陣が刻まれた革製の幕は魔力を通すと硬くなって破裂する手榴弾を押さえ込む。
 実験の結果、手榴弾を七回までは完全に押さえ込むことができるとチカマックが太鼓判をおしていた。
 残念ながら爆弾を抑え込めるほどの強度はないと言うことで、さらなる改良を続けているそうだが、敵の弾ける球に手榴弾以上の破壊力がないのだから今はこれで十分だ。
 今ある弱点は魔法陣に魔力を流し込む魔法兵が必要なことくらいだろうか?

「走れ!」

 弾ける球を完全に抑え込めたのを見て下知がとんだのだろう、歩兵が砦に向かって走り出す。
 弾ける球は魔法陣の消費魔力が手榴弾より大きいそうで手榴弾以上に連射が効かず、我が軍と違って他領には魔法使いも少ないため一度防いでしまえば次が来るまでに猶予がある。
 その間に少しでも距離を詰めて砦に取り付きたい。
 崩れた城壁の上から撃ち下ろす矢を銃兵が敵弓兵を狙い撃ちすることでできる限り減らす。
 兵装に隔世の差があるからできる優位な戦況を頬を緩めながら見ている。
 相手と同等の兵装だったなら多くの犠牲者が出ていたに違いない。
 おそらく数百人単位で死者が出たんじゃないだろうか?
 大穴の空いた城門前でしばらく揉み合っいてた白兵戦は、我が軍が押し切ったのか、場内へと呑み込まれていく。

「最後まで見届けないのですか?」

 陣まで引き返そうと来た道を降りて行こうとしたら、ルビレルが声をかけてきた。

「敵守兵の数倍の兵で攻めているんだ。あれで負けるようなら我が軍がこの先の戦に勝てようはずがない」

 そう言って改めて眼下の砦を見下ろすと、左翼に配していたアンデラス軍が突撃を始めていた。
 ルビンスもそれを確認したのだろう

「そうですな」

「陣へ戻ってなにをするおつもりで?」

 と、ドブルが訊ねるので、こう言ってやった。

「陣を払って砦に入城 する準備だ」
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