第210話 意外に大事になった件

文字数 2,386文字

 その日、館をジャスが訪れた。
 ジャスは始まりの七人の一人で今は大工の棟梁として公共建築の差配を担ってくれている。

「ついに出来たか」

 出迎えた僕は、開口一番こう言った。

「二年もかけて申し訳ございません」

「いやいや、人の手の足りない中任せきりで申し訳なかった。感謝する」

 ジャスに頼んでいたのは僕の新しい館の建設だった。
 関門の北東、少し勾配のきつい山の中腹にレンガで補強した石垣に見立てた基礎の上に日本の城を参考にした三階建ての館。
 五百人規模の軍を留め置ける兵舎を隣接し、兵糧蔵を二棟。
 蔵を満たせば()(つき)は籠城できるだろう。
 館の一階は大会議室(「評定の間」と名付けた)の他、台所や風呂、使用人の寝室などを設け、二階には客室と僕らの寝室。
 三階は天守になっている。

「いつからお住まいに?」

 と、聞かれて少し悩む。
 すぐにでも引っ越したいところなんだけど、今は雪深い冬の盛り。
 今の住まいは小さな館なので荷物などそう多くはないけれど、規模に見合った使用人などを引き連れて行こうとなるとやっぱり大所帯にならざるをえない。
 雪解けの頃だと道がぬかるんでいたりして往来に難儀しそうだとも思うし、春になると畑仕事が始まる。
 じゃあ、春の農作業が終わった後はといえば、実はズラカルト領に戦を仕掛けようと思っている。
 だからと言ってぐずぐずと引っ越しを先延ばしにしているといつまで経っても新居に住めなさそうだ。

 この館には使用人筆頭だったイゼルナを出産の際、(いとま)に出したので使用人が現在二人。
 新しい館には十人くらい必要だと以前から領内に人を探していたので新しい使用人はあらかた内定している。
 あとは彼らに辞令を出せばすむ。
 内装はジャスが手配してくれているだろうから家財道具など買い足さなくてもいいに違いない。

「善は急げと言うからな。準備出来次第移るとしよう」

「ぜんは……?」

 あー、このことわざはこの世界にはないのか。

「気にするな」

「しかし、戦のことはよく判りませんが、日ごろ暮らすには少々不便すぎやしませんか?」

 んーん、確かに。
 新しい館からオグマリー町まで昼に出て日暮れまでには到着する距離、関門までは二時間半ほどだろうか。
 道が整備されればもっと早く移動できるかも知れないけど、ジャスの言う通りだ。

「城下町でも作るか」

「なんですか? それ」

「新しい館の麓に町を作ろうって話だよ。手すきの武将や商人が住む場所を用意するんだ」

 最初から考えとけばよかった。

「誰を呼ぶんですか?」

 ジャスに聞かれて僕は指折り数えてみた。

「ジャリにイラード、ガーブラだろ。キャラもいて欲しいな」

「お館様? お手を付けられたのにお館には住まわせないのですか?」

 …………。

「なんです? こんな綺麗な奥方がいるのに他に女作ったんですか」

 …………。

「そ、そうだ。もののついでだ。大きく配置転換することにしよう」

「話をそらすんですね。ま、オレには関係ないですけどね」

 …………。

 館を移動するにあたって、僕は各役職を配置転換することにした。
 まず、代官ルビレルが現在ハングリー区の町の占領統治で不在のため、ルビレルの息子ルビンスが代官代行を務めているオグマリー町の代官にオクサを。
 オクサが務めているゼニナル町の代官にサイを。
 そのサイが代官を務めているハンジー町の代官に新たにホークを任命する。
 ついでにルビレルには今いる町の代官を正式に任命することにした。
 城下町には大臣職の全員を呼び寄せる。
 もっとも、仕事柄いつも城下にいるとは限らない面々もいるだろうけどね。
 カシオペア隊、電撃隊、フィーバー隊も城下町に住まわせる。
 今後は三ローテ持ち回りで領内巡検に回ってもらう予定だ。
 ガーブラには正式に僕の身辺警護役を任命しよう。
 相談役としてジョーにも城下に拠点を作ってもらうのがいいな。
 城下町の管理はルビンスに任せれば問題はないだろう。
 などなど、僕は独断で決めた人事異動を飛行手紙で内示する。
 次々に了解の返事が戻ってくる。
 正式な任命は春(この世界は春分の日が新年)からであると、改めて正式な辞令を書いていると、ラバナルから立て続けに飛行手紙が届く。
 なんだなんだと開いてみたら、そこには

『ワシもそっちに行かせろ。チャールズとチカマックがいなければ魔法の研究が捗らん』

『だが、人の中で暮らすのはまっぴらごめん』

『ついでだから魔法の研究を進めるための環境を用意しろ』

 的なことが書かれていた。
 ラバナル、ついに動く。
 か。
 ありがたいのか?
 まあ、今現在魔法の発展にはラバナルの協力が必要不可欠だからな。
 でも、城下町の人といざこざが起きないようにしないと。
 ……城下町とは別に研究所でも作るか。

 今や領内では名の知れた武器鍛治師となったジャンとサイコップ。
 今回、サイコップには、鉄鉱石を取引しているグリフ族との交易拠点である四の宿で官製品量産を頼み、ジャンを城下へ引き連れてくる予定だ。
 どちらも良質な武具を作ることで評判になったのだけれど、サイコップの方が製作速度が速いのと、ジャンには前世知識で色々と試作を頼んでいる兼ね合いがあるからである。

 僕は館の完成報告の後、二、三日で諸々の手配を済ませて館を出発した。
 道々で身の回りの世話係や料理人などの使用人を拾い上げつつ雪道を進む。
 蒸気機関アシストのホルス車は薪を燃やす副産物として出る排熱を車内の暖房に利用でき、なかなか快適に旅がてきた。
 オグマリー町でルビンス、クレタ夫妻一家を迎え入れ、館に向かう。
 館の麓ではすでに森の開拓が始まっていた。
 城下町構想は辞令を出した一部の人物にしか話していないはずだけどな。
 まぁ、移動準備を始めれば必然知れ渡るとはいえ、目敏い耳聡いね。
 「機を見るに敏」ってやつか。
 いやいやみんな商魂逞しいよ。
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