第332話 二度目のスカウト
文字数 2,388文字
植物学者のデミタは当初ルダーのもとで前世知識をベースにこの世界に適した農業を行う手伝いをしていたが、ルダーの弟子が独り立ちするようになる頃から本業である植物学者に戻っていた。
というか、日々集まってくる標本の整理でてんてこまいになっていると言った方がいい。
そんなデミタに教授として教鞭をとってほしいと頼みにきたのは、大学新設の件をアンミリーヤに指示した三日後のことだ。
「自分の好きな研究をしているだけでお金までいただけるのですか?」
と、一も二もなく快諾してくれた。
この世界での学者はパトロンがいなければ、研究に没頭できない。
デミタも例外ではなくルダーの要請を受けて食い扶持を稼ぎながらの研究なので成果は遅々としてあげられないでいる。
「知識ではルダー殿の足元にも及びませんが、それでもよろしいのですか?」
「かまわん。ルダーには大臣として、また現場指導者として働いてもらわねばならんからな」
やはり、フィールドワークは重要だ。
もちろん教育も研究も負けず劣らず不可欠だ。
前世も含めて六十年七十年と経験を積んだ百姓であるルダーが現地で農業改革を行い、収集品の分類整理と知識の体系化は学者のデミタが担当するんだからこの場合は適材適所だと思うぞ。
次に訪問したのは歴史学者のウォルター。
彼にはナートとヨーコという助手がいたが、彼らは独立して別々の町で初等教育の教師をしている。
代わりに新しい助手(というか、もう内弟子だな)が十人以上いて、歴史研究に精を出している。
ウォルターはこの世界では珍しい研究で飯が食えている学者の一人だ。
僕の遠征について従軍記者の役割を果たし、読み物としての歴史本を出版して生計を立てている。
人気はやっぱり軍記戦記もののようだ。
試しに何冊か読んでみたが、かなり脚色されていたので、それを指摘したことがあるのだけど
「歴史に興味を持ってもらうために面白おかしく書くのは当たり前ではないか。歴史書と読み物は違って当然である。が、歴史的事実で嘘は書いておらんぞ」
と言われてしまった。
僕も前世で歴史好きになったのは時代小説の影響が大きいからその主張を否定できない。
「ほう、大学とな。正しい歴史を学び研究するのは大事なことだ。その要請、受けよう。いやいや、やはりあの日ゼニナルからお館様について行くことにして正解であった」
うん、正しい歴史ってのはちょっと危うい考え方だと思うけど、史実の探究は大事だよ。
「いつできる? いつから始められるのだ?」
「あ、いや。事業はアンミリーヤ教育大臣に任せているので私には答えられぬ」
「では、早期実現のためにアンミリーヤに協力しよう。デミタには声をかけたか?」
前のめりに教授候補の名前を次々と挙げて指折り数えている。
アンミリーヤには酷かもしれないが、ウォルターが彼女の尻を叩く形で色々と決まって行くだろう。
医者のドーザー夫妻も現在、城下町に居を構えている。
クレタが厚生大臣をしている関係上、医療に専従できないため彼らが領内最高峰の医者なのだ。
「ご無沙汰しております、お館様」
「こういう言い方は不謹慎かもしれないが、盛況のようだな」
「予防医学ですか? 検診というので訪れる患者が多いので人が多いだけですよ。怪我は魔法使いが治癒してくれますし、検診のおかげで皆劇的に病気にかかりにくくなっております。医者としては救えている命が多くてありがたい限りです」
医者の鑑だね。
異世界赤ひげ先生だ。
これでもう少し医療の高度化が実現できればいうことはない。
だからこそ二人にはクレタとともに医学の発展のために大学で研究してもらいたいのだ。
「医学が発展するのは願ったり叶ったりなのですが、今現在もワタシたちを必要としているものたちの支えになってあげたいという気持ちが強く……」
そういうと思っていた。
僕には彼らを説得するための前世知識がある。
「大学に病院を作ろう」
「今、なんと?」
「大学に病院を作ると言っているのだ。実際の患者を診ねば判らぬこともあろう。病に苦しんでいる患者に処方しなければ薬が効くかどうかを試すこともできまい」
「患者で薬の効き目を試す!? なんと人 非 人 なお言葉か!」
「しかしなソルブ。その方が患者に処方している今の薬も先人が効き目を確かめたからこそ、薬として処方できているのではないか?」
「そ、それは……」
「私はなにも患者の同意なしに非人道的な実験をしろとは言っていない。だがな、臨床試験は避けては通れないのではないか? どんな道具も初めて作ったものは強度や取り回しなど安全に、有効に利用できるか必ず試すものだ」
「あなた。理論として大丈夫だからと目の前に置かれた薬を自信を持って処方はできませんよ」
「ジャンヌの言う通りか」
いや、そこは「お館様の言う通り」でしょうよ。
「判りました。医学の発展と人材育成に身命を捧げましょう」
いちいち大仰だなぁ。
(さて、文学部、史学部、医学部、農学部と化学部はなんとかなったな。科学部はチカマックに丸投げしとけばいいし、あとは……何学部があるといい?)
(私に訊かないでよ。てゆうか、農学部ってデミタに任せるつもりの学部でしょ? 植物学部のつもりでいるわよ、きっと)
(あー、いずれな。農学部と植物学部に分けてもいい)
(魔法学部は?)
(もうあるようなものじゃない)
(でも科学部は正式に作るんでしょ?)
(その方が予算つけやすいからね)
(そう言う問題?)
(そりゃそうだ。領土は拡大したと言ってもその分必要経費も増大している。アシックサル領に侵略したことで防衛戦は確実に増えるだろう。今までのように何年も地力を蓄えている時間的余裕はなくなるだろうからね。専門の研究機関で専門の研究員を常時研究に従事させる……大学に期待している最大の機能は一も二もなく文明進歩の推進力なのさ」
というか、日々集まってくる標本の整理でてんてこまいになっていると言った方がいい。
そんなデミタに教授として教鞭をとってほしいと頼みにきたのは、大学新設の件をアンミリーヤに指示した三日後のことだ。
「自分の好きな研究をしているだけでお金までいただけるのですか?」
と、一も二もなく快諾してくれた。
この世界での学者はパトロンがいなければ、研究に没頭できない。
デミタも例外ではなくルダーの要請を受けて食い扶持を稼ぎながらの研究なので成果は遅々としてあげられないでいる。
「知識ではルダー殿の足元にも及びませんが、それでもよろしいのですか?」
「かまわん。ルダーには大臣として、また現場指導者として働いてもらわねばならんからな」
やはり、フィールドワークは重要だ。
もちろん教育も研究も負けず劣らず不可欠だ。
前世も含めて六十年七十年と経験を積んだ百姓であるルダーが現地で農業改革を行い、収集品の分類整理と知識の体系化は学者のデミタが担当するんだからこの場合は適材適所だと思うぞ。
次に訪問したのは歴史学者のウォルター。
彼にはナートとヨーコという助手がいたが、彼らは独立して別々の町で初等教育の教師をしている。
代わりに新しい助手(というか、もう内弟子だな)が十人以上いて、歴史研究に精を出している。
ウォルターはこの世界では珍しい研究で飯が食えている学者の一人だ。
僕の遠征について従軍記者の役割を果たし、読み物としての歴史本を出版して生計を立てている。
人気はやっぱり軍記戦記もののようだ。
試しに何冊か読んでみたが、かなり脚色されていたので、それを指摘したことがあるのだけど
「歴史に興味を持ってもらうために面白おかしく書くのは当たり前ではないか。歴史書と読み物は違って当然である。が、歴史的事実で嘘は書いておらんぞ」
と言われてしまった。
僕も前世で歴史好きになったのは時代小説の影響が大きいからその主張を否定できない。
「ほう、大学とな。正しい歴史を学び研究するのは大事なことだ。その要請、受けよう。いやいや、やはりあの日ゼニナルからお館様について行くことにして正解であった」
うん、正しい歴史ってのはちょっと危うい考え方だと思うけど、史実の探究は大事だよ。
「いつできる? いつから始められるのだ?」
「あ、いや。事業はアンミリーヤ教育大臣に任せているので私には答えられぬ」
「では、早期実現のためにアンミリーヤに協力しよう。デミタには声をかけたか?」
前のめりに教授候補の名前を次々と挙げて指折り数えている。
アンミリーヤには酷かもしれないが、ウォルターが彼女の尻を叩く形で色々と決まって行くだろう。
医者のドーザー夫妻も現在、城下町に居を構えている。
クレタが厚生大臣をしている関係上、医療に専従できないため彼らが領内最高峰の医者なのだ。
「ご無沙汰しております、お館様」
「こういう言い方は不謹慎かもしれないが、盛況のようだな」
「予防医学ですか? 検診というので訪れる患者が多いので人が多いだけですよ。怪我は魔法使いが治癒してくれますし、検診のおかげで皆劇的に病気にかかりにくくなっております。医者としては救えている命が多くてありがたい限りです」
医者の鑑だね。
異世界赤ひげ先生だ。
これでもう少し医療の高度化が実現できればいうことはない。
だからこそ二人にはクレタとともに医学の発展のために大学で研究してもらいたいのだ。
「医学が発展するのは願ったり叶ったりなのですが、今現在もワタシたちを必要としているものたちの支えになってあげたいという気持ちが強く……」
そういうと思っていた。
僕には彼らを説得するための前世知識がある。
「大学に病院を作ろう」
「今、なんと?」
「大学に病院を作ると言っているのだ。実際の患者を診ねば判らぬこともあろう。病に苦しんでいる患者に処方しなければ薬が効くかどうかを試すこともできまい」
「患者で薬の効き目を試す!? なんと
「しかしなソルブ。その方が患者に処方している今の薬も先人が効き目を確かめたからこそ、薬として処方できているのではないか?」
「そ、それは……」
「私はなにも患者の同意なしに非人道的な実験をしろとは言っていない。だがな、臨床試験は避けては通れないのではないか? どんな道具も初めて作ったものは強度や取り回しなど安全に、有効に利用できるか必ず試すものだ」
「あなた。理論として大丈夫だからと目の前に置かれた薬を自信を持って処方はできませんよ」
「ジャンヌの言う通りか」
いや、そこは「お館様の言う通り」でしょうよ。
「判りました。医学の発展と人材育成に身命を捧げましょう」
いちいち大仰だなぁ。
(さて、文学部、史学部、医学部、農学部と化学部はなんとかなったな。科学部はチカマックに丸投げしとけばいいし、あとは……何学部があるといい?)
(私に訊かないでよ。てゆうか、農学部ってデミタに任せるつもりの学部でしょ? 植物学部のつもりでいるわよ、きっと)
(あー、いずれな。農学部と植物学部に分けてもいい)
(魔法学部は?)
(もうあるようなものじゃない)
(でも科学部は正式に作るんでしょ?)
(その方が予算つけやすいからね)
(そう言う問題?)
(そりゃそうだ。領土は拡大したと言ってもその分必要経費も増大している。アシックサル領に侵略したことで防衛戦は確実に増えるだろう。今までのように何年も地力を蓄えている時間的余裕はなくなるだろうからね。専門の研究機関で専門の研究員を常時研究に従事させる……大学に期待している最大の機能は一も二もなく文明進歩の推進力なのさ」