第194話 嗚呼、敵兵卒に憐憫を
文字数 2,957文字
「来ました!」
の報は朝靄 煙 る早朝の櫓の上で受け取った。
ここは関門全体を見渡せる指揮者のための櫓だ。
本来の僕の持ち場じゃないけれど、ルビレルに無理を聞いてもらってここにいる。
百 聞 は一見 に如 かず
と言うからね。
一度体験・経験しておけば、伝聞でも想像ができるだろ?
敵軍は朝靄に紛れて接近することで関門への距離を詰めてきた。
なるほど理に適っている。
特に今日みたいな靄の濃い日は弓の射程のだいぶ内側に突如として現れて見せられるんだから、こんな有効な戦術を使わない手はない。
ちなみにこの国の一般的な弓の射程はおそよ百五十シャル。
我が軍は城壁の上からの打ち上げ射撃になるから場合によっては二百シャル先まで届くかもしれない。
有効射程だと強弓の射手で八十シャルに届くかどうかって話だ。
今日の視 程 はおよそ九十シャル。
矢の弾幕で敵を近づけさせないという、守備側の基本戦術を無効化してきやがった。
ルビレルの指示で銅鑼がジャンと鳴る。
開戦の合図だ。
合図に合わせて弓兵の一斉射撃が始まる。
中央ばかりではなく、左右の陣からも矢が放たれた。
敵だってバカじゃあないから鉄製大楯に身を隠しながら前進してくるので致命的ダメージを与えるのは難しい。
なるほど、対手榴弾とルビレルが形容する代物だ。
去年、一昨年と攻めてこなかったのはこの準備に時間をかけていたからなんだろう。
けど、こっちだって二年分の兵器開発期間をもらったんだぜ。
「お館様、お試しになりますか?」
ルビレルが訊ねてきたのは新兵器使用許可だろう。
「いや、もう少し効果的な時期を選ぼう。ところで矢の打ち下ろしであの大楯貫通できそうか?」
「手榴弾が防がれるのですから、貫通は難しいのではないでしょうか?」
「それでもある程度まで近づけば貫けよう?」
「貫けたとしても持ち主まで届くまい」
そう言ったのはまだ櫓にとどまっていたラバナルだった。
なんでも手榴弾がどう防がれるのかを観察したいのだという。
ラバナルと魔法部隊が新兵器を持って到着したこともあって、旧型手榴弾は早々に全弾使い切ってしまうように指示が出ている。
投擲兵器である魔道具の手榴弾は矢の有効射程の半分以下の射程しかない。
かの沢村栄治が肩を壊したと言う逸話もあることから「無理して遠くに投げなくても良い」と命じてあるので、投擲兵は両手で放り投げるからせいぜいが三十シャルってところだろうか?
敵が効果範囲に入ってくるまでにはもう十シャルほど前進してもらわないといけない。
矢の弾幕の中、重い鉄製の大楯を持って身を隠しながら前進してくるわけだからその歩みはなかなかに鈍い。
とはいえ、四百ばかりの弓兵では釘付けにできるほどの圧はなく、やがて手榴弾の有効射程に敵が入ってきた。
ルビレルの合図でジャンジャンと銅鑼が鳴らされると、待ってましたとばかりに手榴弾が空中に放り投げられる。
重そうなその塊はゆっくりと放物線を描いて敵の密集する場所に落ちていき、敵の頭上で炸裂する。
飛び散った石はガンガンと大楯に叩きつけられるが、びくともしない。
「なるほど、なるほど」
ラバナルは移動電話に手を伸ばし、前線の魔法部隊を呼び出した。
「投げるのを早くして、地面に落ちてから炸裂するようにしてみろ」
意図が伝わったらしく次の手榴弾は空中で炸裂するのではなく地面に落ちてから炸裂した。
敵の陣形がグラりと崩れ出すのが見て取れる。
考えればなんてことはない。
矢も、炸裂して飛び散る手榴弾の中身も上から降ってくるから、敵軍は鉄製の大楯を傘のように使って防いでいた。
じゃあ、下から炸裂したらどうなるか?
盾は上から降ってくるものは防いでも下から爆 ぜてくるものは防げない。
今の攻撃でずいぶんな数の兵が負傷したに違いない。
地球の諺に曰く「コロンブスの卵」、発想の転換の大勝利だ。
我が軍の兵士はよく訓練されている分マニュアル通りに手榴弾を扱い過ぎていたのだろう。
敵は兵の損耗を減らすために密集陣形から散開する。
でも、そうすると密集して盾を重ね合わせていた防御網に穴ができるんだよね。
大楯がいかに硬くても盾と盾の間に隙間ができちゃあ完全防御とはいかない。
つくづく飛び道具ってのは厄介な兵器よね。
これ、攻守逆の立場だったらどう攻めようか?
弓矢だけならズラカルト軍の大楯は有効だろう。
あるいは一気に走り抜けて壁に取り付くか。
壁に張り付いてどうする?
はぁ、攻城戦って人海戦術以外でどうやって攻略すんの?
いや、待て。
便利な魔道具があるだろ、色々と。
なんて考えていると、伝令からの報告が。
攻城戦攻略法は今は置いておくとして、伝えられたのは手榴弾を使い切ったという報告だ。
ルビレルが僕をチラリと見る。
僕は頷く。
無言の会話だ。
「通信兵」
ルビレルが魔法使いを呼び出す前にラバナルが移動電話で魔法部隊に連絡を取る。
「許可が出たぞ。お披露目だ。ワシが行くまで誰も撃つなよ」
通信を終了したラバナルはホクホクしながら櫓を降りていく。
ああ、前線に出向くのね。
許可を出したのは新兵器魔道具小銃 。
魔法陣を刻んだ鉄の筒の内側に旋条 を施した銃身に、椎の実型の鉄の弾を込めて射出する魔法の銃だ。
撃ち出された弾は旋条によって旋回することでジャイロ効果が生まれ、まっすぐ飛ぶだけじゃなく飛距離も抜群に伸びるし貫通力も上がる。
そんな戦争の仕方を大きく変えてしまう兵器をラバナルは作ってしまった。
もちろんその昔、ヒントは与えている。
あれはハンジー町からオグマリー市へ運ばれる年貢を奪ったときだったっけか。
あのときラバナルは魔法として前へ飛ばす力と旋回させる力を一つの魔法陣に組み込もうとしていた。
その魔法陣は完成し、試射に立ち会いその威力をこの目で見たのは二年前。
ラバナルはそのとき魔法それ自体には納得していたけれど、実用に適さないと判断していた。
「戦場でこんな魔法陣描いてられん」
と言うのが、そのときの感想だ。
あれから二年。
彼は、二つの異なる作用を一つの魔法に組み込むと言う発想から片方の作用を道具に任せるという手段に変え、実に恐ろしい兵器を開発してしまった。
まず、魔道具なので魔法適性を持っていれば使うことができる。
次に三シャル足らずの鉄の筒と親指ほどの鉄の弾丸という非常にシンプルで場所を取らない構成は形態性にも優れているし、銃身は接近戦での殴打武器としても利用できる。
そして、魔法によって発射するので弾を元込めしてすぐ撃つことができ、弓と同等以上に連射ができる。
なにより
ダァーン!
という火薬の炸裂音がない。
空気鉄砲みたいにシュポッって音がする程度。
それでいて目視できないほどの速度で飛んでいくのだから、撃たれた相手はなにが起きたか判らないうちに倒れていくことになる。
有効射程百八十シャル。
二十シャル以内に近づいている敵兵に当てられないわけがなく、ここまで近ければ鉄の大楯だって貫通させられる。
ラバナルの第一射は敵小隊の指揮官らしき男に命中し、それを合図に魔法部隊による一斉射がなされると、敵兵がバタバタと倒れていくという手榴弾とは違った衝撃を敵味方に与えることになった。
の報は
ここは関門全体を見渡せる指揮者のための櫓だ。
本来の僕の持ち場じゃないけれど、ルビレルに無理を聞いてもらってここにいる。
と言うからね。
一度体験・経験しておけば、伝聞でも想像ができるだろ?
敵軍は朝靄に紛れて接近することで関門への距離を詰めてきた。
なるほど理に適っている。
特に今日みたいな靄の濃い日は弓の射程のだいぶ内側に突如として現れて見せられるんだから、こんな有効な戦術を使わない手はない。
ちなみにこの国の一般的な弓の射程はおそよ百五十シャル。
我が軍は城壁の上からの打ち上げ射撃になるから場合によっては二百シャル先まで届くかもしれない。
有効射程だと強弓の射手で八十シャルに届くかどうかって話だ。
今日の
矢の弾幕で敵を近づけさせないという、守備側の基本戦術を無効化してきやがった。
ルビレルの指示で銅鑼がジャンと鳴る。
開戦の合図だ。
合図に合わせて弓兵の一斉射撃が始まる。
中央ばかりではなく、左右の陣からも矢が放たれた。
敵だってバカじゃあないから鉄製大楯に身を隠しながら前進してくるので致命的ダメージを与えるのは難しい。
なるほど、対手榴弾とルビレルが形容する代物だ。
去年、一昨年と攻めてこなかったのはこの準備に時間をかけていたからなんだろう。
けど、こっちだって二年分の兵器開発期間をもらったんだぜ。
「お館様、お試しになりますか?」
ルビレルが訊ねてきたのは新兵器使用許可だろう。
「いや、もう少し効果的な時期を選ぼう。ところで矢の打ち下ろしであの大楯貫通できそうか?」
「手榴弾が防がれるのですから、貫通は難しいのではないでしょうか?」
「それでもある程度まで近づけば貫けよう?」
「貫けたとしても持ち主まで届くまい」
そう言ったのはまだ櫓にとどまっていたラバナルだった。
なんでも手榴弾がどう防がれるのかを観察したいのだという。
ラバナルと魔法部隊が新兵器を持って到着したこともあって、旧型手榴弾は早々に全弾使い切ってしまうように指示が出ている。
投擲兵器である魔道具の手榴弾は矢の有効射程の半分以下の射程しかない。
かの沢村栄治が肩を壊したと言う逸話もあることから「無理して遠くに投げなくても良い」と命じてあるので、投擲兵は両手で放り投げるからせいぜいが三十シャルってところだろうか?
敵が効果範囲に入ってくるまでにはもう十シャルほど前進してもらわないといけない。
矢の弾幕の中、重い鉄製の大楯を持って身を隠しながら前進してくるわけだからその歩みはなかなかに鈍い。
とはいえ、四百ばかりの弓兵では釘付けにできるほどの圧はなく、やがて手榴弾の有効射程に敵が入ってきた。
ルビレルの合図でジャンジャンと銅鑼が鳴らされると、待ってましたとばかりに手榴弾が空中に放り投げられる。
重そうなその塊はゆっくりと放物線を描いて敵の密集する場所に落ちていき、敵の頭上で炸裂する。
飛び散った石はガンガンと大楯に叩きつけられるが、びくともしない。
「なるほど、なるほど」
ラバナルは移動電話に手を伸ばし、前線の魔法部隊を呼び出した。
「投げるのを早くして、地面に落ちてから炸裂するようにしてみろ」
意図が伝わったらしく次の手榴弾は空中で炸裂するのではなく地面に落ちてから炸裂した。
敵の陣形がグラりと崩れ出すのが見て取れる。
考えればなんてことはない。
矢も、炸裂して飛び散る手榴弾の中身も上から降ってくるから、敵軍は鉄製の大楯を傘のように使って防いでいた。
じゃあ、下から炸裂したらどうなるか?
盾は上から降ってくるものは防いでも下から
今の攻撃でずいぶんな数の兵が負傷したに違いない。
地球の諺に曰く「コロンブスの卵」、発想の転換の大勝利だ。
我が軍の兵士はよく訓練されている分マニュアル通りに手榴弾を扱い過ぎていたのだろう。
敵は兵の損耗を減らすために密集陣形から散開する。
でも、そうすると密集して盾を重ね合わせていた防御網に穴ができるんだよね。
大楯がいかに硬くても盾と盾の間に隙間ができちゃあ完全防御とはいかない。
つくづく飛び道具ってのは厄介な兵器よね。
これ、攻守逆の立場だったらどう攻めようか?
弓矢だけならズラカルト軍の大楯は有効だろう。
あるいは一気に走り抜けて壁に取り付くか。
壁に張り付いてどうする?
はぁ、攻城戦って人海戦術以外でどうやって攻略すんの?
いや、待て。
便利な魔道具があるだろ、色々と。
なんて考えていると、伝令からの報告が。
攻城戦攻略法は今は置いておくとして、伝えられたのは手榴弾を使い切ったという報告だ。
ルビレルが僕をチラリと見る。
僕は頷く。
無言の会話だ。
「通信兵」
ルビレルが魔法使いを呼び出す前にラバナルが移動電話で魔法部隊に連絡を取る。
「許可が出たぞ。お披露目だ。ワシが行くまで誰も撃つなよ」
通信を終了したラバナルはホクホクしながら櫓を降りていく。
ああ、前線に出向くのね。
許可を出したのは新兵器魔道具
魔法陣を刻んだ鉄の筒の内側に
撃ち出された弾は旋条によって旋回することでジャイロ効果が生まれ、まっすぐ飛ぶだけじゃなく飛距離も抜群に伸びるし貫通力も上がる。
そんな戦争の仕方を大きく変えてしまう兵器をラバナルは作ってしまった。
もちろんその昔、ヒントは与えている。
あれはハンジー町からオグマリー市へ運ばれる年貢を奪ったときだったっけか。
あのときラバナルは魔法として前へ飛ばす力と旋回させる力を一つの魔法陣に組み込もうとしていた。
その魔法陣は完成し、試射に立ち会いその威力をこの目で見たのは二年前。
ラバナルはそのとき魔法それ自体には納得していたけれど、実用に適さないと判断していた。
「戦場でこんな魔法陣描いてられん」
と言うのが、そのときの感想だ。
あれから二年。
彼は、二つの異なる作用を一つの魔法に組み込むと言う発想から片方の作用を道具に任せるという手段に変え、実に恐ろしい兵器を開発してしまった。
まず、魔道具なので魔法適性を持っていれば使うことができる。
次に三シャル足らずの鉄の筒と親指ほどの鉄の弾丸という非常にシンプルで場所を取らない構成は形態性にも優れているし、銃身は接近戦での殴打武器としても利用できる。
そして、魔法によって発射するので弾を元込めしてすぐ撃つことができ、弓と同等以上に連射ができる。
なにより
ダァーン!
という火薬の炸裂音がない。
空気鉄砲みたいにシュポッって音がする程度。
それでいて目視できないほどの速度で飛んでいくのだから、撃たれた相手はなにが起きたか判らないうちに倒れていくことになる。
有効射程百八十シャル。
二十シャル以内に近づいている敵兵に当てられないわけがなく、ここまで近ければ鉄の大楯だって貫通させられる。
ラバナルの第一射は敵小隊の指揮官らしき男に命中し、それを合図に魔法部隊による一斉射がなされると、敵兵がバタバタと倒れていくという手榴弾とは違った衝撃を敵味方に与えることになった。