第254話 これでもまだノーマルですか?

文字数 2,178文字

 ズラカルト男爵たちが退出した後、居残った武将たちとの評定が始まった。

「まずは報告を聞こう」

 最初は軍の被害状況から。
 味方の戦死者二百六十三名、敵軍三百八名。
 この数字だけ見ると我が軍の方が優勢だったように見えるけど、一千対二千の軍勢だからね。
 重傷者の数じゃ、むしろ我が軍の方が多いらしいし、しかも魔道具を使ってさらに主だった武将が能力向上魔法をかけて戦ってなおこれだ。
 味方の損耗率は実に二十六パーセント。
 前世知識からの引用になるけれど、軍は損耗率が三十パーセントを超えると、戦闘力を失い五十パーセントに達すると全滅とみなされるそうだ。
 近代戦における一つの指標みたいなものなのかもしれないけどね。
 率はともかく同程度の死者数で推移すれば、当然最終的にすり潰されてしまうのが数で劣る我が軍なのは火を見るより明らか、薄氷の勝利だったことが判るだろ?
 やっぱり戦は兵力ですな。

「すぐに転戦は可能か?」

 と問えば

「編成次第です」

 との答えが返ってくる。
 つまり歩兵はほとんど使い物にならないってことだ。
 腕組みして難しい顔をしても仕方ないだろ?

「オギン、斥候からの連絡はまだ来ていないか?」

「まだ……。明日か、遅くとも三日のうちには飛行手紙が届くと思うのですが」

 それを待ってから出発となると、砦に着く頃には決着がついてるだろうな。
 それより、軍を差し向けたことで同盟関係が危うくなる可能性も否定できない。
 むーん……外交は難しい。

「東の砦も気になりますが、アシックサル季爵の動向も気になりますぞ」

 確かに気になるところではある。

「お館様。軍議は明日改めてということではどうでしょう?」

「そうだな。今日は疲れたであろう。特に能力向上魔法を使用したものは十分な休息をとるように」

 僕も使ったからかなり気だるくて、活発な議論でもなければ寝落ちてしまいそうだ。
 捕虜の処遇はとりあえず部下に任せるとして、僕は寝ることにする。
 しっかり睡眠を取らないと頭が働かないからね。
 久しぶりのベッドは人のもの(ズラカルト男爵の)だけど、疲労感もあってぐっすり眠れそうだ。
 布団に入ったと思ったらもう朝だって起こされる。
 むくりと上半身を起こすと、確かに朝日が窓辺から差し込んでいた。
 朝の身支度をすませてダイニングルームに降りると、主だった武将が揃っていた。
 食事をとりながら会議を開こうというのだ。
 昨日のうちに輜重隊も入城したらしく、ルダーの顔も見える。

「最初に言っておくけどな」

 そう口火を切ったのはルダーだ。

「これ以上の継戦はできないぞ」

 うっ。
 いきなりの先制パンチだ。
 痛い、痛すぎる。

「それは、ズラカルト男爵の備蓄していた兵糧を接収してもか」

「それが、そもそもの間違いだ。ズラカリー区に兵糧にできるほどの食糧はない」

「どういうことだ?」

「その件はワシが説明いたしましょう」

 と、引き継いだチローの言うことにゃ、ヒロガリー区からずっと各町の備蓄状況を確認させていたらしい。
 その結果、どの町にも兵糧として徴収できるような備蓄の余裕がなかったと言うことだ。

「この城の兵糧蔵にもか?」

「一千の軍勢で五日分」

 ルダーによれば、それしかなかったようだ。
 ってことは、あのまま籠城していても今日明日中には兵糧が尽きていたってこと?
 籠城を選択したの誰?

「ルダー、ヒロガリー区・ズラカリー区の推定収穫高は判っているのか?」

「推計値から考えて三割は少ない計算です」

「それは徴税分で? それとも全収穫量と備蓄の差によるものか?」

「農地の規模から割り出した推定収穫量から各町の備蓄量、消費分の推計結果を差し引きした結果です」

「推計値はあくまでも推計値だよな?」

「それでも誤差で三割も外すことはない」

 どこかで抜かれていた?
 いや、砦に集めているということも考えられるか。

「では、砦が陥落したとして、なすすべなく領内を蹂躙されてしまうではないか」

 東の砦は現在、ドゥナガール仲爵に攻められている。
 万が一砦が抜かれでもしたら、一気に攻め込まれる可能性がある。
 いや、仲爵だけじゃない。
 隣接領主には好戦的なアシックサル季爵がいて、もしかするとハングリー区の砦や西の砦が攻められているかもしれない。
 おおぅ……こうしてみると領地防衛ってかなりハードだな。
 前世の記憶を取り戻した時、リリムが言ってた僕の境遇はノーマルモードだってのは本当だったみたいだ。
 領主は領主で大変だぜおい、まったく。

「攻めることはしないとしても、万が一の時に守備戦力がないではいられなかろう? どうするつもりか?」

 そう問いかけたけど、誰にも妙案は浮かばないらしい。
 重苦しい沈黙がダイニングルームを支配する中、飛行手紙が一通、また一つと舞い込んできた。

「どこからのどんな情報ですか?」

 イラードが訊ねてくる。
 他の武将も身を乗り出して報告を待っている。
 一通目は中の砦から。
 なにもない旨とりそぎ……という短い報告だ。
 二通目は西の砦から。
 領内には動きはないが、ドゥナガール領内の砦にアシックサル軍が攻撃を仕掛けている模様という報告が書き添えられている。

「まずは二正面作戦を強いられることは回避できそうですな」

 チローの安堵感こもった言葉に共感を禁じ得ない。

「当面は東の砦次第ですな」

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